悲哀と歓喜
僕は一瞬ハッとしましたが、彼女がすることを黙って見守りました。
あの人は薄い白い外光が窓から目一杯差し込んでいる障子を静かに開けました。
月の光が僕たちのいる部屋に差しました。その人も窓がある壁にもたれて坐りました。
差し込む月の光が彼女の右側の横顔を静かに照らしていました。
昼間の太陽や沈みかけの夕陽よりも、その光はずっと上手に彼女を照らしてくれていました。
その光に浮かび上がった彼女の顔はそれまでよりもずっと悲しそうに見え、
あまった空間を仕方なく部屋にされたような大きな部屋に押し潰されそうになりながら僕たちを受け入れている惨めな小さな部屋いっぱいに悲哀を漂わせていました。
その人の、若くて何も知らない僕など手の届かない深い場所に沈めている悲しみを、
僕はいともあっさりと確かめることができました。
そのとき、ふと彼女は本当はいくつなのだろうという問が浮かびました。
しかし、そんな問ほど今この瞬間に無意味でぶち壊しなものはないだろうと思い、黙ってそれを飲み込みました。
不思議なことにあれほど歩いたにも拘わらず、大食漢の僕は空腹を覚えていませんでした。
初めて訪れた旅先での夢のような出会いは、落ち着いて自分の空腹を認識させる余裕すら与えず、絶えず僕は何かに踊らされていたのかもしれません。
もっと不思議なことに、女性との経験がほとんどない僕でしたが、
体が強張るような緊張を感じることすらなく、
月明かりの幻想さも手伝って、
予めそうと決められていたかのように、
とても自然に押入れに一枚しか入っていない布団を引きずり出し、
彼女と二人でその中に入りました。
これ程までに簡単に、
綺麗な女性と夜を共にできるのだという発見は、
僕の胸の中で大喝采を受けて迎えられました。
きっとアメリカ大陸から帰ったコロンブスはスペインに帰ったときこのように迎えられたのだろうなどと、
この時の僕はあまりに現実離れした嬉しさに、半ば自分を失っていました。
もしかしたら次の町でも自分を誰か他の女が待ち受けているかもしれないという思いが
布団の中で服を脱ぐ僕の胸を膨らませました。
つづく