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月光浴  作者: 高倉 壮
6/10

二人で宿へ

その町もやはり住人も少なく、

夜も早いのにほとんど人々の活気というものが感じられませんでしたが、

彼女がとっておきの宿と言った宿がありました。

 

 そこは海岸線から見上げることのできる丘の上にあるようで、

あの人は昔駅のホームだった今はコンクリートの粗大ごみにしか見えない塊の上に立って僕に示すように指差しましたが、

その方向には大きな真っ暗な闇の塊しか見えませんでした。


 その駅のあった場所からその丘の頂上へはその丘をぐるりと廻るようにして上がっていきました。

 あの津波にも何一つ被害を受けなかったそうです。

 水泳ばかりしている僕は、歩いたり走ったりするのはあまり得意ではないのです。

 そんな僕もその人のおかげで昼間から相当の距離を歩いても疲れは感じていませんでした。

 それでもさすがにその宿へ通じる坂道を登っていると、息が切れ、背負ったリュックの重みが感じられてきていました。


 一方で、その人は相変わらずとても身軽でシャツを時折風にひらひらさせながら歩いています。

 宿の入り口が見えるところまで来ると、

半歩先を歩いていたその人は僕の方に向き直り、一緒に泊まっていいかと訊きました。

 

 その時の言い方も、相変わらず飄々としていて、意思の在り処をその言葉から探ることは出来ず、


一緒にという意味がよく分からないまま、

僕はその日彼女の提案に全てそうしてきたようにこくりと頷きました。


 受付で、今から泊まれるかと訊くと、夕食は出ないが部屋は空いていると言われ、部屋の場所と鍵を渡されて、

今ちょうど食事の支度で手が離せないから一人で部屋へ行ってほしいと告げると、その年配の女性は厨房のある奥へ消えました。


僕は、その女性は僕と後ろに立っているその人が当然同じ部屋へ泊まるものと思って、

黙って一つの部屋を指定したことに小さな感動を思えていました。 

 

 大人というものは野暮なことは訊かず、

すべきことを淡々とこなすものなのだなと。


もし、受付で部屋は二つか一つかと訊かれてしまえば、僕は彼女のほうを困った顔で見て、

指示を仰いでしまったかもしれません。


 二階の部屋は両横の大きな部屋に挟まれた古い畳の傷みが激しい部屋でした。


その人がとっておきだと言ったのは、

津波の被害を受けなかったというただそれだけの意味だったのだということが、

その時初めて分かりました。


僕は重くなったリュックを置いて、

一言疲れたと言って、

壁にもたれて膝を抱えて坐りました。


その人は音を立てずに畳みの上を歩き、

僕が点けたばかりの電気を消しました。


                 つづく

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