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月光浴  作者: 高倉 壮
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夕陽を背に

夕陽を背に


 陽が西に傾き始めた頃、その人はとっておきの宿を紹介してくれると言い出しました。


民宿はその町にはなく、その宿は隣町にあるとのことでした。

僕らはそこから少し離れた隣町まで歩くことにしました。

隣町へは震災後に開通したモノレールを使うこともできましたが、

モノレールの駅までは距離があることと、お互いもう少し話がしたかったのでしょう、

そういうこともどちらも言わずに通じてしまう経験は初めてでした。


彼女は隣町まで歩くのに良い道があると教えてくれました。

それは津波の来る前は鉄道が通っていた線路の上でした。

もうレールは潮風に朽ち果ててなくなっていましたが、石が小さな山脈のように海岸沿いにずっと遠くまで伸びていました。


その鉄道は昔は太平洋を眺めながら海岸線を走る鉄道として全国的にも名の知れた鉄道だったそうなのですが、

その津波に列車ごとさらわれてしまい、そのまま廃止されたそうです。


僕たちは右手に海を見、背中に夕陽を背負って石の下から生え始めた緑の草をよけながら歩きました。


春初めの夕陽はリュックを背負った僕の背中をやわらかに照らしました。

斜め前に僕と彼女の影が長く伸びています。


その影を見ていると自分がその人と歩いていることがより本当のこととして感じられ、

また落ち着いたはずの緊張感が蘇えり、

少し僕は言葉に詰まりました。


その時、その人は、今日も明日も実は予定はないから、

日が暮れても宿までは連れて行ってあげるといいました。


そこから宿までの距離を聞いた僕はこのまま行くと、

宿に着く前に日は完全に暮れるだろうと思いました。


その人は理知的なルックスとは裏腹に、

もしかして案外おっちょこちょいで、

目先の計算などが不得意な人なのではないかという思いが僕の中に湧きました。


すると今まで感じなかった彼女への慕情が心の真ん中から広がりました。

それと同時にその人の左手が僕の右手を握りました。


初めて触るその人の手は、

温かくも冷たくもなく丁度僕の体温と同じで、

同じ体温の細い指が僕の右手を握っていました。


その時の僕は、

上手に地面を踏みしめていることが自分では確認できないくらいふわふわとどこかを浮いているようでした。


宿に着いてしまうことが、

とても嫌なことに思えて、

僕はその人に気づかれてしまうのを覚悟で歩みを遅らせました。


その人は何も言わずにそれに付き合ってくれているようでした。


しかし、

気の早い星が出始めて、夕陽が消え、

代わりに真ん丸い月が海原を照らし始めた頃、

僕たちは隣町に着いてしまいました。


              つづく

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