取り残された町
取り残された町
その人とて、深い考えがあって僕を誘ったわけではないと、僕は浮き足立つ自分に言い聞かせました。
本当にその町には案内してもらうような場所は全くといってよいほどなく、
町の真ん中を流れる川に沿って数えれば数え切れてしまうのではないかと思うほど少ない民家が点々と建っている道を、
彼女は僕の半歩前を歩くだけでした。
そこはまだ僕が小さい頃にあった地震のあとに襲ってきた津波に多くの人が流されて命を落としたということは僕も知るともなくしっていました。
当時鉄筋コンクリートでできていた町役場や町に一つずつあった小学校と中学校を残してそれ以外の建物は全てなくなってしまったと彼女は話しました。
その後、国の復興計画から外されてしまったその町は、再び一部の住民が戻ってきてから、
一層ひっそりと息をこらすように息づいてきたのだそうです。
堤防も建たず、完全に見放されたようになったので、住人の多くは、他の土地へ移り住み、一握りの戻ってきた人は、
もうあんな大きな津波は来るはずもないと思い切れる楽天家か、この土地を愛してやまない物好きな人間のどちらかだと、その人は笑いながら話してくれました。
あなたはどちらなのですかという問はついに僕は訊かなかったけれど、その人はどちらでもない別の理由があるような気がしていました。
旅は道連れ世は情けとか、旅のはじは掻き捨てと言いますが、
僕は旅先で誰かと知り合うという、こんな経験は初めてでした。
そんな僕の新鮮で無防備な気持ちがそう感じさせるのか、
その人が話してくれること一つ一つが僕の中に実に滑らかに真っ直ぐに入ってくるのです。
まるで語らずとも分かってしまう旧知の友人同士のように、
僕はその人の言葉をいつも他の人の言葉を理解するよりも深いところで受け入れることができているように感じられるのです。
その人はこの町で生まれ育ち、家族も友人もあの大津波で失ったのでした。
津波で、その人が自分ひとり生き残ったということを、その他の取り留めのない話と同じような面持ちで語るので、
僕にはその事件の話をまるで日常のありふれた風景を語るのを聞いているような錯覚に陥ってしまったくらいでした。
何事も包み隠さず話してくれるその人に、僕も何とか応えたくて、僕の今までのことを話しました。
しかし、小学生からこの春卒業する大学の今の今まで、水泳をしてきた。
高校からスポーツ推薦で大学へも水泳をするために入学した。
高校三年でインターハイに出場したが、予選であっさり負けた。
そんな奥行きのない水泳に関する話ばかりをするほどに、
その人の話とはあまりに釣り合いが取れない、
取るに足らない話であることがあからさまになるばかりで、
申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで一杯になってきました。
嬉しいことに、そんな話でもその人はとても興味深く聞いてくれるのでした。
特に、僕が大学一年の初めての夏合宿の打ち上げで、
厳しい合宿から解放される嬉しさに慣れない酒の酔いも手伝って、
最後に全員で上げるためにとっておいた打ち上げ花火を余興代わりに自分の肛門に詰めて発火させてしまい、
救急車で運ばれたエピソードを聞いたときなどは、
細いからだが壊れてしまうのではないかと怖くなるくらいの大笑いをしていました。
つづく