第二章 鉢かつぎ姫
オキタとナツメは取り留めのない話をしながら旅を続けていた。ナツメはオキタの家族が別居しているのを知っていたのでそのことには触れなかったが、そうすると話のネタが限られてくるので苦労していた。
「そんなに気を遣わなくていいですよ、ナツメ君。わたしとしては別れる気はないのですから。何か改善できることや、歩み寄れることを学ぼうと思います。」
「オキタは浮気とかしてないよね。別に別れなきゃいけないような理由はなさそうだけど。」
「世の中の離婚の原因の大半は『お金』です。うちもそうです。家計はいつも火の車で、妻と子供たちには苦労を掛けてきましたからね。」
「お金ねえ。ボクも結婚したら、今のままではダメだろうな。プラモも買えなくなるな。この旅で嫁さん見つかればいいな。」
「ナツメ君はどんな人を奥さんにしたいんですか?」
「そうねえ。面白い人がいいな。よく笑う、笑わせてくれる人。同世代の女の子たちはボクのネタ、誰も理解してくれないんだよね。古いからかもしれないし、マニアックだからかもしれないし。多分両方だ。みんなから変な目で見られてるのを感じるよ。」
「ナツメ君の家の見た目も変わってますからね。それの影響はかなりありますよ。まあ、わたしは結構好きですが。わたしの妻も、あなたに良い印象を持ってますよ。年上でよければ紹介しようかなどと言っていたような気もしますし・・・」
「ええ?それってだいぶ上だよね。親子とまではいかないけど。」
「結婚相手に恵まれない人は多いんですよ。なにせクニ国の影響が大きいです。男は女に養ってもらうっていう態度の人が多いんです。女は田んぼ仕事に家事、育児に追われ、男は朝から酒飲んでる人が大勢いるんです。」
「クニ国がそれを流行らせたってわけ?」
「そうですね。ただ、男にそういう願望があったのが問題でしょう。ただ、ヲニ国とクニ国の二国となって以来、クニ国がどうなっているのかの情報はありません。そして今回の玉手箱の件、危険な匂いがしますね。」
二人はとある川を渡しの船で渡っていると、上流から何か丸くて黒い物が流れてきた。
「何かな?あれれ!?もしかしてアッガイじゃないか!?船頭さん、あの黒いものに近寄ってくれないかな。」
近づいてみると、それは黒い鉢だった。
「不思議だな。なぜ伏せた状態で浮いてるんだろう?空気が入っているにしても、バランスとって浮かんでいるなんて、あり得ないけど。」
そう言いながらもナツメは鉢に手を掛け、引っぱり上げようとした。
「何かやたら重いな。やっぱりアッガイなのかな。って、あれ、人だ。人が鉢を被って沈んでるよ。生きてるのかな?」
オキタも手を貸して二人で鉢を被った人を引き上げた。どうやら気を失っているらしい。船頭に頼んで岸に着けてもらい、平らな地面にとりあえず寝かせた。鉢が頭をすっぽり覆っているので顔がまったく見えないが、服装からして女性のようだ。ナツメが興味深々で声をかける。
「もしもし、アッガイさん?」
「黙れ!俗物!」
「かわいい声だね。濡れた服を着替えないと風邪ひくよ。」
「しかし、なんでしょう、このすっぽりかぶさった鉢は?」
「あ、そうだ。ハマーン様だ!この女の人、ハマーン様だよ。髪の毛が鉢に引っかかって取れないんだよ。」
その途端、彼女が突然飛び起きて怒鳴りつけた。
「誰がハマーン様だ!なにが髪の毛がひっかってるだ。よくもズケズケと。恥を知れ、俗物!」
「やっぱりハマーン様だ。その鉢はキュベレイ、じゃなくてアッガイなんだ。」
「アッガイだと!貴様、無礼を許すわけには行かないな。ってしつこいんだよ。ハマーンじゃねえって言ってんだよ。」
オキタが二人の会話にはいってきた。
「あなたはひょっとして鉢かつぎ姫ですか?」
彼女の返事を待たずにナツメが言う。
「え?鉢かつぎ姫って、心の優しい娘さんで、真実の愛に触れたときに鉢が取れてジオンを再興するっていう?」
「なんでジオンの再興の話が入るんだ!?いい加減ハマーンから離れろ。」
「う~ん、じゃあ君の名前はなんていうの?ボクはナツメ・デーツ。クワトロ・バジーナと呼んでくれていいよ。こちらはオキタ。」
「じゃあ、貴様は俗物と呼ぼうかな今度ハマーンなどと呼んだらこの鉢で頭突きしてやる。それはそうと、鉢が取れなくて困っているんだ。硬くてまったく傷もつかない。」
「ガンダリウム鋼板でできているんじゃない?」
「それじゃあ、ちょうどいい。貴様に頭突きを食らわせてやる。キュベレイをなめるなよ!」
『ドゴン!』
「あいたたたた・・・キュベレイを見くびっていたよ。ってやっぱりハマーン様じゃないか。」
「とにかく服を着替えたほうがいいですよ。」
「そうだね。ボク服もってるよ。」
「なんで男のお前の服を着なきゃいけないんだ。」
「女性の服だよ。あ、ボクの着る服じゃないよ。妹に買ってあげた服がサイズが大きすぎて使えなかったんだ。誰か使う人いないかなと思って持って歩いてたんだよ。」
そういってナツメは荷物入れから女物の服を取り出した。黒っぽい服だった。彼女は嫌な予感がしたが、濡れた服が嫌だし、近くに服屋があるとは思えないので、しぶしぶナツメのニコニコした顔に腹を立てながらも受け取ることにした。
二人から離れて彼女は茂みの中で着替えてきたが、かなり腹を立ててナツメのところに走ってきた。
「何だこの服!アクシズぶつけられてえか!」
要するに、ナツメが持っていた服は、妹に買ってあげたハマーン様コスプレ服だった。しかもなぜか『アクシズ』という言葉を発した途端に鉢が割れて、彼女の顔があらわになった。
「あらまあ、アクシズって言葉はバルスと同じ効果があったのかな?よかったね、鉢が割れて。アッガイが壊れちゃって残念だったけど・・・」
「アッガイじゃねえってんだよ。しつこいぞ。・・・あれ、鉢の中に何かはいってる。」
それは黒い生地に鋭角的な金色の飾りの付いた公国服だった。
「どこまでハマーンにこだわってるんだ!」
「ねえ、その服に対して、もしかして怒ってる?でもこれってジオン再興は決定的じゃないの?その気がないのだったら、よかったらこの服くれないかな?これは貴重品だよ!」
ナツメの申し出にイライラしながら彼女は答えた。
「てめえはものの頼み方を知らないようだが、勝手にしろ!わたしはハマーンでもないし、ジオン再興って、なんだそれ。」
ナツメが服を持って自分の荷物入れに入れようとしたところ、服の中からころっと指輪が転がり落ちた。
「ん?指輪が出てきたよ。これはキミが持っとくべきじゃないかな。」
そう言ってナツメは彼女に指輪を渡した。指輪はいくつか宝石の付いたデザインで、彼女はこれが気に入ったようだ。
「これはなかなかいい感じだよ。これは指にはめておこうっと。」
オキタが彼女に尋ねる。
「清い心の持ち主に会ったわけでもないのですが、鉢が割れてよかったですね。結婚してめでたしめでたしとはいきませんでしたが。ところで、お名前は?」
「アルファ・イージス。」
「へ~、アルフォンス・エルリックっていうんだ。」
「そういうてめえは水を怖がる機関車だな。」
「それ、エドワードじゃなくてヘンリーだよ~・・・手を合わせたところを突っ込んでほしかったのに・・・ねえ、あーちゃんって呼んでいい?」
「てめえ、今なんつった!よくもずけずけと人の心の中に入る。恥を知れ、俗物!」
「そ、そんなに怒らなくても・・・ごめんなさい。」
険悪になりつつある二人の間を取り持とうと、オキタが助け船を出した。
「ところで、わたしたちは玉手箱を探して、クニ国を目指して旅をしています。」
「面白そうね・・・付いていってもいい?」
「うおっ!来てくれるの!嬉しいな!お美しいハマーン様が一緒だ!見て見て、これボクが作ったお椀だよ。旅のお供にあげるよ。」
「この俗物め。」
アルファがナツメのガンダム(ハマーン)ネタを懲らしめてやりたいと思った途端、ナツメが持っていたお椀が急に重くなった。
「うわっ!急になんだ!?」
ナツメは重くなったお椀を支えきれず、地面に這いつくばってしまった。
「だれだ~?スリーフリーズなんかかけたの?シアーハートアタックなんか出してないぞ。ってアルファ、なんで靴ひもを固結びするんだよ。」
「めっちゃ親切だろ。」
オキタが二人をなだめる。
「まあまあ、二人とも、仲良くしましょう。アルファさん、その指輪、いろんな能力を使えそうですね。スタンドとか、コスモとか、オートメイルとか。一緒に来てくだされば、心強いです。」
こうしてアルファが仲間になった。
「チャラララララララ、チャラララララララ、チャララララララララーラーラー」
ナツメが「仲間になった」の音楽を口ずさんだ。