複合魔物
帰りは、『表大明』を食べ歩く。表・裏と失礼なネーミングと思っていたが、帝都・寅神・赤兜と行ったことがある大都市は皆んな表の海沿いだし、他の大都市も殆どこちら側で、街道の整備、港の規模と比べモノにならない感じだった。
のんびりは変わら無いが、治安も良いので盗賊の類に会わないのと、道路が整備されているお陰で、少しペースアップ。グルメと温泉、時々観光。途中、赤兜では笠本さんオススメのお好み焼き、寅神では真弓さんオススメのお好み焼きを食べた。やはりどちらも美味しく甲乙付けることは出来なかった。
帝都に向かう街道を進んで、寅神から帝都のほぼ中間の古龍に近付いた。観光の前に、面倒を片付ける。
寅神を出て直ぐから妙な視線を感じていた。気配を読みながら早めに宿を取ったり、夜中まで馬車を進めたりして確かめたが、明らかに尾行されていた。街道から人気のない海岸に入って結界で隠れた。程なく、オンボロの荷馬車が通過、気配を消した地点で、キョロキョロ。荷馬車はフェイクで、荷台に見える所から、4人の男が降りて、辺りを調べていた。一人が近付いて来たので、【隷属】を掛けて、結界に引き込んだ。
隷属のまま暗示を掛ける、
『ターゲットは寅神に戻ったようだ。』
軽く【媚薬】を漂わせ、順に呼び込んで、全員に暗示を掛けた。
「四元様は、寅神戻られたと思う。我々も戻って見よう。」
ん?『四元様?』もしかして、ワルモノじゃないの?まぁ、3時間程で正気に戻る筈だからま、気付かなかっ事にしておこう。
改めて古龍を目指す。スイスイと馬車は進み、市街地に入る関所に着いた。階級符でほぼフリーパスだったが、門番達の様子が可怪しかった。周りを気にする感覚なので、
「僕等だけですよ。他に誰も居ないのってヘンですか?」
「い、いいえ、そ、そ、そんな事はありません、四元様、き、気のせいっす!」
「あれ?階級符だけで名前解るんでしたっけ?」
「あ、はい、いいえ!あの・・・」
階級符はランクが判るだけで、ギルドや役所等の照合器で見ないと詳細を知ることは出来ない筈。
「大変失礼致しました。」
奥の建物から、(多分)偉い人が出て来て、応接室に通された。
「申し遅れました、私、小野と申します。古龍領主の星松家の家臣で主に警護を任されております。」
丁寧な挨拶に、
「寅神から護衛してくれてたんですね?」
ちょっと惚けて見せると、
「重ね重ね申し訳ございません!実はですね・・・」
小野さんの話によると帝都では、新旧大明と北道を更に強く結びつける為に、入出国を自由にしたり輸出入の規制撤廃等を提案しているそうだ。更には連合で軍を組織して大陸で軍事大国に急成長した歳名を牽制したり、災害級魔物の対策にあたる計画があるそうだ。
「それで、軍のトップには四元様と帝が推しているんです。実は四元様のご活躍を眉唾物と思っている者も少なくはなく、当家もそれを確かめるために失礼は承知の上偵察隊を派遣させていただきました。」
「いや、気分の良いモンじゃないけど、そんな重大な問題なら、慎重になるのも理解出来ます。こちらも良い情報を得られましたから、お互い気にしない事にしておきましょうね。」
その後は尾行の中止と、古龍領内での干渉をしないことを約束を取り付けて解放してもらった。お陰でゆったり古龍を楽しめた。
グッと内陸に入り込んだ迂回ルートで帝都に近寄らないようにして北上した。帝都の北部を掠めて海沿いに戻って、予定のコースを辿る。
帝都以北で最大の街、金鷲に到着、目指すは松岩。無数の小島や大小の奇岩に、盆栽の様に松が生い茂っている風光明媚な観光地らしい。
岸からの景色も勿論だが、遊覧船で島々を巡りながら、牡蠣鍋で一杯。優雅に過ごしていると、いきなりの大波にテーブルの食器が雪崩れになってしまった。
「食べ終わっていて良かったね!」
呑気な事を言っていたが、波は更に強くなり座っていられず、救命胴衣を探したが、コッチの世界では、そういった準備は無いらしい。浅瀬に打ち上げられて傾いた遊覧船から、小島に跳び移った。
沖を見ると、大波の発生源が直ぐに解った。波を立てながら近づくのは、魔物の塊?相当な数の魔物がくっついて居るのか、融合しているのか全く解らないが、腕のようなモノや触手的なモノ、枝や蔓とか、羽根やヒレ、ありとあらゆる魔物が1つになっている。取り敢えず『複合魔物』と呼んでおこう。色や、見掛けの質感も継ぎ接ぎっぽく、丸い塊の真ん中に真っ黒の穴。口だろうか?逃げ遅れた遊覧船を飲み込んでしまったり、黒い何かを吐くと、大きな岩が海に沈んでしまった。
半魚魔獣の調査に来ていた冒険者が攻撃したが全く効果は無かった。なんとか上陸は阻止したい。
「岸で結界を張って!」
妻達に護りを任せ、折っておいた鶴をありったけ出して鵠にして、複合魔物を取り巻いた。ヒットアンドアウェイを繰り返し、ほぼダメージゼロで足留めに成功している。数えていないが百羽程出せるので、殺られた分を補充して2時間経過、分体達は逃げ遅れた人や、船ごと襲われて、海に投げ出された人達を全員とは行かないだろうが沢山救出、騎士隊や冒険者達が港に集結した。
「北道の四元殿とお見受けする、ご協力感謝致す、これよりは我々が対処致す故、戈をお収め下され。直に騎龍隊も合流します!」
旧大明のモノとも違う大砲がズラリ港に並んだ。式神の包囲を解くと、金鷲自慢の(?)大砲が火を吹いた。全弾命中、当たった所は剥がされた様に傷付いたが、その内側も別な魔物になっていてそこから腕や触手な生えてくるので、ダメージは大した事無さそうだ。ジワジワと距離が詰まって来ている。冒険者達の攻撃も複合魔物の進軍を留めることは叶わなかった。
「これ以上近付いたら、あの黒い攻撃が岸に届いちゃいます、加勢しますね?」
騎士の御偉いさんは、渋々首を縦に振った。
式神の波状攻撃での足留めはまだ有効で、大砲や、ボートでの接近戦で少しずつ外殻を魔物を剥がしていった。続けていれば、消耗してスケールダウン、パワーダウンすると期待して攻撃を続けていた。帝都から新造の戦艦が到着、更に魔物を削っていった。
「あのサイズっていうか、あの色になってから、全く効いて無いんじゃない?」
「うん、しかもあの黒い攻撃の射程距離が伸びて、係留している船がボロボロだよ!」
初めは海面から出ている部分が半径5メートルは超える半球に手や触手などの突起が無秩序に生えていたが、半径で半分以下の2メートル程、全体が艶消しのモスグリーン、頭頂部(?)に4対の腕、その少ししたには触手が20本。黒い穴は開閉するようになり、閉じたときに黒い攻撃のエネルギーを溜めているように見えた。凝縮された黒い攻撃は、市街地迄届く様になった。大砲の弾も尽き、魔物は更に距離を縮める。
接近戦しかないか?リスクは大きいが、やむを得ない。魔力増強のネックレス、身代わりの指環、反射の指環を装着した。その時、帝都軍最強の騎龍隊が到着。あっという間に腕や触手を落とし、本体に斬り掛かった。一気に倒してしまいそうな勢いだったが、腕や触手の跡が黒い穴になり、小規模な黒い攻撃が四方八方に飛び、攻撃を阻んだ。
そのうち、1体の龍が黒い攻撃を喰らい、海面に墜落。魔物は黒い穴に吸い込んだ。新たに出来た穴も含め全て閉じ、モスグリーンの球体になった。騎龍隊の総攻撃は、表面を傷だらけにしたが、全く反応は無かった。10分程経過すると球体が伸びて尖る。徐々に飛龍の形になっていった。変化が終わると、魔物は翼をはばたいて飛ぼうとしたが、元の形のまま人間をひと飲みしそうな程に拡大コピーしているので、増えた重量に翼のチカラが追い付いておらず、飛ぶ事は出来なかった。それでも脚は機能していて、ノシノシと上陸。結界で足留めしているが、いつまでも持ちそうに無い。ポーチからバスタオルとタオルを4枚、グッと魔力を込め、ひかりバージョン、光樹バージョンの分体を出した。直ぐに鵠になって、式神に紛れて襲いかかった。蝿の群れに蜂が混ざり込んだ攻撃は、充分に撹乱して、脚を潰し、市街地への接近を阻止した。
視覚系のスキルを総動員して探していた弱点を遂に発見。喉の奥にある黒い魔石が、黒い攻撃の発生源だった。鵠をもう一体出してそれに乗って上空へ、他の式神の総攻撃に紛れて、魔物の目の前に降下、雄叫びの瞬間に魔力弾を撃ち込むつもりが、黒い攻撃を浴びてしまった。身代わりの指環でなんとか生き延びたが、安心する間もなく飲み込まれてしまった。
結界のカプセルで胃酸をガード、結界越しの攻撃では胃壁が揺れる程度、胸焼け位にしかなっていないだろう。結界を解いて、意識のある内にターゲットを破壊するのが唯一可能性のある選択肢だろう。意識のリンクで分体達に攻撃の継続を伝え、念話で妻達に、
「今は、魔物の胃袋に居るよ。結界のカプセルに入っているから生きてるけど、このままじゃ埒が明かないからイチかバチか、喉の奥の魔石を攻撃する。失敗しても、ダメージはある筈だから
トドメ、お願いね!」
一方的に話して念話を切った。
『マタ、オマエラカ?コンドハ、オレノカチダ!』
やはり尊村だった。半魚魔獣を食った魔物達を寄せ集めて出来た魔物だろう。届いた念話は無視して、魔力を練り上げ、結界を解いた瞬間にありったけの魔力を弾にして魔石の気配を目掛けて放った。