熊の魔物
街や人への被害は無いが、動物や、魔物の群れが襲われる事件(?)が、数件発生していた。捕食であれば、食べる分だけ狩るのが、動物でも魔物でも一般的だが、小鳥になった折り鶴からの情報では、エサになったのかどうか解らなく、ただ殺されているように見えた。
発生地点は根路付近から街道等とは無関係に北上、ただただ森林の山の中を北に移動、途中か、やや西に方向が変わった。
「このルートなら、旭武に向かってるんじゃ無いかな?尊村なら、逆恨みで、狙いそうじゃない?常雪山を避けたら最短でしょ?」
春菜の読みに一同納得した。直ぐに元村副団長に連絡して、加勢に向かった。
尊村が滅茶苦茶にした旭武は、豊岡さん、永山さんが中心になって復興、新しい領主は置かず、王家の直轄地になっている。インフラは回復済みで、ほぼ元の生活に戻っているらしい。
騎士と冒険者を元村副団長が指揮して魔物を迎撃する体勢を整えていた。市街地から南西方向の丘陵地に陣を構えている。魔物の予想進路で、木々が少なく、見通しが確保出来、緩やかな坂を登る魔物を包囲する作戦。式神での調査からの推定到達日は明後日なので、戦闘シュミレーション中。
式神を更に飛ばして、魔物の調査。根路での経験を活かして、小鳥にしている。今まで、気配だけだった魔物の姿が見られるようになった。
サイズ感は微妙だが、半人半熊的な容姿。下半身は熊、上半身は人間風だが、背中と、肘から先が黒い剛毛に覆われている。顔は、どっちかな?耳は横に付いているが、毛むくじゃらだし鼻や口なんかは熊のようにも見える。胸や膝下、肩、肘、手の甲が鎧熊の様に覆われて黒光りし、両手の爪は凶暴に光っていた。
街道を横切る地点で待ち伏せする。式神で挑発して、戦力を分析しつつ、崖や急勾配を登らせたり、足場の悪い所に誘い出しで落下させたりしながら体力を奪った。繰り返し同じ手に嵌ってくれるので、ボロボロになるまで繰り返した。爪が折れ、脚を痛めて、二足歩行が出来なくなった時、攻め時と読んで総攻撃。至近距離からの氷の矢は、弾かれてはいるが、ボディーブローにはなっているようだ。動きが鈍くなった所で接近戦でトドメを狙う。援護射撃を貰いながら間を詰める、思いきり大剣を振り下ろすと、キンと金属音。折れた爪は生え替わっていて剣を受け止めた。春菜の槍も夏果の剣も決定打は奪えなかったが、足留めには成功。冬実が足元を泥濘にすると、片脚が嵌り、そこを岩して、動きを封じた。因みに、魔物自身に【岩】を使ったが、魔力を吸い取った感じで効果は無かった。
片脚を固定して、ギリギリの至近距離から矢や刃を浴びせる。鎧が割れたり、剛毛を突き破る事も出てきて、やや優勢と思われたが、いつの間にか魔物の群れに囲まれていた。ディアン達が気付いて応戦しているが数が多いので、尊村らしき熊はワタシが対応して、妻達と分体達も周囲の魔物対策に当たった。周囲が収まるまでの時間稼ぎ的に剣を振るい、魔法を飛ばしていたが、折れた爪はまた生え替わり、鎧や傷も再生してしまった。
『コロス、コロス、ジャマモノ、コロス!』
念話が届いた。
「オマエ、尊村なんだな?」
『コロス、コロス、オレノクニ、トリカエス!』
「オマエの国って旭武の事か?」
『コロス!』
会話は成立しないが、やはり尊村だろう。ポーチから緊急用のバッグを4つ出して、光樹バージョンの分体を出した。
分体達は緊急用のバッグから衣類や武器を出して装着、尊村を包囲した。回復速度を上回るダメージを与え続け、なんとか片腕を落とした。一気にキメに掛かったが、尊村は残った手で、岩に固定された脚を斬り、片腕片脚になって敗走。こちらも体力、魔力とも限界だったので、式神の見張りを付けて深追いはしなかった。
尊村の支配が消えたせいか、粗方倒して残っていた魔物達は逃げ出し、長かった戦闘が一先ず終了した。
元村さんの陣に戻って報告した。
「やはり尊村が同化した魔物ですね。ただ記憶とか知能とか、百パー引き継がれない様で、念話がカタコトだったり、同じ作戦に繰り返して嵌ったりするんです。」
鎧と剛毛で守りが強力なこと、魔物を使役すること、再生力が有ることを告げると、
「ウチの戦力じゃその剛毛に歯が立ちませんね、使役獣をこちらにお任せ下さい。」
作戦を変更して、詳細を詰めて行った。
翌日、同じ場所で尊村を迎え撃つ。腕も脚も元通りの尊村に対し、同じ様に式神の挑発で疲弊させ、ダメージの様子を確かめながら安全な間合いから矢や刃を放つ。少ないが確実にダメージを蓄積させながら、本陣に誘い込んだ。
その過程でも、挑発・疲弊作戦は継続し、街道で先回りして再度迎え撃つ。学習機能を持たない尊村に対し、昨日の反省の上に立てた参戦は効率良く、泥濘に捕らえ、両脚を岩で固定することが出来た。自由を奪われた尊村は、魔物を呼んだ。そちらは、元村さんの部隊に任せ、攻撃の手は緩めない。時に接近戦を織り交ぜ、ダメージのある部分を回復する前に攻め続けた。途中から、魔力切れらしく、回復しなくなり、更に攻めて両腕を落とした。
呼んでも来ない魔物に督促するかのような長い咆哮。大きく開いた口に魔力弾を撃ち込み、前のめりに倒れた所で大剣を首筋に振り降ろす。返り血を浴びながら半人半熊の生首が転がった事を確認、【再生】のスキルが手に入った。
魔物の対応に当たっていた部隊が戻り、念の為尊村の死骸を焼却して一件落着。戻った部隊に犠牲者は無かったが、腕を食い千切られた冒険者がいた。
「チョット診せて!」
覚えた【再生】をヒールに乗せて見ると、かなりの魔力消費を感じ、欠損した腕の再生に成功した。
「おっ、これで祝勝会ができるな!」
元村さんの一声に、部隊が沸き立った。
保存食をツマミに乾杯するだけの酒が振る舞われた。「ちょっと、ささやか過ぎね?」
秋穂の視線は『おかわり』だった。ポーチから酒を出して配り、キッチンを組み上げて、簡単な料理を提供した。
一応戦場なので、深酒にならない程度で打ち上げ、それぞれのテントで夜を明かした。
数日後、往来の規制は緩和され、元の生活に戻るだろう。出荷出来ずに溜まっていた農産物がダメになっていたり、搾った牛乳は都度廃棄していたりと、損害は大きいが、漬物等の加工品や、チーズやバターの乳製品にチャレンジした人達がいて、食生活が更に向上しそうな兆しも見えた。
出荷出来ない漁の代わりに半魚魔獣のパトロールをしていた漁師さん達も、新たな魔物の発見は無いので、通常の漁に戻っているそうだ。
3か月経過。海岸線の確認や、魔物のの被害に会ったところを回り続け、新たな魔物の発見は無く、往来の規制は解除された。都市部はすっかり元の生活を取り戻していた。漬物や乳製品、漁村では燻製等も作る様になっていて、食卓と流通が華やいでいた。
尊村の一件はこれで終了と、ギルドで確認すると。
「もうひと仕事残っているのを無視してませんか?」
木綿子がズルい顔をしていた。
「やっぱり?」
木綿子は頷いて、王家への報告の計画を立ててくれた。
上皇が首を長くしていたとのことで、当日の夜に招待された。パーティーと宿泊がセットになっているパターンなので、それなりの準備で登城、想定通りのパーティーで、冬実のトークに上皇達は手に汗を握っていた。
ダンスに誘われ、光樹に戻った。
「戻れるようになっても、ひかりさんで居るときが多いですね。」
王は不思議そうに尋ねるが、理由を説明するわけにもいかず、
「遠征の時、女性だけの方が宿が便利だったり、妻達が男性になって、男性が多いと、ナンパに会わなかったりするので、どちらかのパターンが多いですね。」
一応納得して頂いたようで踊りの輪に逃げ込んだ。
「フフフ、相変わらず、嘘が下手ですね。」
最初に捕まったのは木綿子だった。
「王様に相談したら、王家秘伝の子づくりの術で、解消出来るかも知れませんよ。」
「えっ?そんな術があるの?」
「フフフ、やっぱり、そちら方面の事情なんですね!冗談ですよ。」
木綿子は楽しそうに解放してくれた。
木綿子は全く事情は知らなかったが、挙動不審のワタ・・・僕を見てよみとったらしい。妻達プラス数人と踊り、なんとか部屋に引き揚げる事が出来た。
「城の中では、心配いりませんので、光樹さんのままで伸び伸び過ごしで下さいね。」
王様にそう見送られると、ひかりに変身する訳にはいかなくなった。
部屋に戻り妻達に、王とのやり取りを告げると、
「じゃあ、このままでお泊りね、子供達は分体ちゃん達にお願いして、久々に元の姿で楽しみましょう!」
大きなベッドでも流石に5人は定員オーバー、ピョコンと上を向いた光樹が活躍する事は無いが、しっかりスキンシップを楽しんだ。ひかりのカラダで居る時と比べ、圧倒的に抱き心地がよく、柔らかさと滑らかさを心ゆくまで味わった。
「使った方が、成長するかも!」
冬実の指先で摘まれた光樹からは、しっかり幸せが伝わり、意外な事に、なかなかの持久力だった。4人が交代で摘んで最高の一瞬を迎えた。