旧大明
置いてけ堀の彼女さんを影に潜ったまま様子を見た。
ギルドに向かうと、行方不明者の捜索依頼を出そうとしたが、自宅からいつの間にかいなくなった事や、荒らされたとえば言っても机だけで、現金も手付かずと言うことで、依頼は受理されなかった。
次に向かったのは領主の屋敷。稲川の勤務地だが、彼女は部外者らしく、門前払いだった。
途方に暮れて帰宅した彼女の部屋は、掛かっていた筈の鍵が開いていた。中には黒尽くめの男が2人、彼女の帰宅に気付き、剣を抜いて襲いかかった。
「よっと!」
影から出て、短刀の鞘で受け流す。【影縫い】で拘束、【隷属】を掛けて尋問する。下っ端らしく、肝心な事は何も聞かされていなかった。騎士団もギルドも信用出来るか微妙なので、3日ほど放浪するよう命じて部屋から追い出した。
「驚かせてゴメンね、誰を信じて良いのか解らなくて、君を調べさせて貰ってたんだ。」
雪の結晶の御札を見せて、経緯を説明すると、
「もしかして、四元さんですか?」
改めて、階級符をみせて自己紹介すると、
「王都から派遣されている稲川の婚約者で対馬美香と申します。稲川から預かっているものがございます。」
キッチンの棚から、中が見えない茶色い小瓶を取り出して渡してくれた。見かけは調味料の様だが、栓は結界で封印してあった。栓抜きに魔力を込め赤く光らせると簡単に抜けて、中からはメモが3枚。内容の極薄い日記の様な記述だったが、【鑑定】すると、ワタシ(達)宛の手紙で、自分が殺されたり、誘拐、拘束された時の対処法が書かれていた。
騎士団で信用出来るのは、牧野副団長のみなので他に情報を与えては駄目、実行犯は、旧制度で甲の上だった小山パーティーであろう。そして、危機を感じている理由は、領主が異国の軍と同盟を組んで、北道に取って代わる計画に気付いた為、口封じされる事を予測していたらしい。
美香さんを同行して宿に戻った。分体達に護衛を任せ、ギルドに向かう。昨日採っておいた薬草を、今日の仕事のように提出。取り敢えずのアリバイ工作。酒場に移動すると妻達が既に情報収集に勤しんでいた。念話で、稲川メモの内容を伝えると、
『旧大明の船が急増しているみたいね、それなら辻褄が合うわ!』
船が着くと、輸入品で市場が活気づく筈なのに、全く影響がなかったそうで、輸送船っていうのがダミーで実際は外交訪問が目的だったり、武器を輸入していて、軍備増強に当てているのであれば市場に出回らないのも頷ける。
小山パーティーについても、ほろ酔いのオジさん冒険者の皆様が、聞いていない事までしっかり教えてくれた。アッチの世界で言う『個人情報保護』なんてのは存在しないようだ。小山邸は、伏丘で借りていた要塞風の家みたいになっているらしく、地下には牢も有るそうだ。目星が付いたので、早々に切り上げた。
深夜、小山邸に忍び込む。猫になって、更に【隠密】で隠れ、使える所は【影潜】で念を入れる。物理的な障害は猫のサイズでは全くのスルー。結界も然程の強度は無く、赤くした爪で引っ掻いて通過出来た。
屋敷の中は、外の結界で安心しているせいか、脆弱と言える程の鍵しか無い。勝手口の錠を壊して中に入った。【金属加工】のスキルでの合鍵は難しく、そのスキルで南京錠を真鍮の塊にして扉を開けた。そっと降りて、居眠り中の見張りを【氷縛】で拘束。首に下げていた鉄格子の鍵を取って、鉄格子の中に届けた。
『稲川さん、脱出しますよ!』念話を送り、咥えた鍵を渡した。念話で指示して、見張りの服を剥いで稲川が着て、見張りを牢に入れて施錠。そのまま階段を昇って、庭までは問題無く出られた。門の鉄格子は大人の人間ではすり抜け無いし、開けると屋敷中に鳴り響く警報がなる仕掛けが有る筈。強行突破も可能だが、今後の為出来ればこっそり逃げておきたい。朝まで隠れることも考えたが、見つかる可能性も高いし、見張りは起きないけど、他の者が気付くかも知れない。ダメ元で試そうと思っている魔法を使う。
『魔法を掛けるけど、声出したりしないでね!』
頷く稲川に魔法を掛けると、スルスルと縮んで茶トラの猫になった。ディアンの母から受け継いだ変身なので自分と同様に黒猫だと思っていたのでちょっと新鮮な驚きだった。
『歩ける?』
茶トラは恐る恐る歩いてから頷いた。
鉄格子を潜り抜け、妻達が待機している馬車まで走った。猫になるのは、計画の一つだったので、稲川の着替えは準備してあり、馬車に茶トラだけを入れてから魔法を解いた。
『仕度出来た?』
「はい、大丈夫です。」
成人男性と思われる声だったので、変身でのトラブルは無かったようだ。
予め連絡しておいた副団長の家に向かった。稲川、対馬を匿って貰う。稲川の馬車も隠してもらった。
日が昇ると、小山邸では見張りの交代で脱走が発覚、そのうち、捏造した罪で稲川が手配されるだろう。ギルドに行ってナンパっぽく近寄る連中に【隷属】を掛け、『北道の青白の旗を掲げた馬車が、護衛も付けずに根路方面の海岸通りを走っていた』と潜在意識に刷り込んだ。初めての試みなので、術を解いてから、
「最近、珍しいモノ何か見ました?」
「ああ、王家の旗の馬車が、根路の方へ走ってたんだ、それがなぁ、護衛も居ねぇんだ。なんかあったんかなぁ?」
上手く行ったようだ。今日も薬草採取の依頼を請けてギルドを出た。
一応、薬草の採れる山なへ向かうが、今日の納品分は既に採取済みなので、旧大明について春菜から教わった。『大明』を名乗る国は現在2つあり、自分がホンモノの『大明』と主張している。北道はすぐ南に位置する、この前修行で行った国を『大明』と呼んで、もう一方『旧大明』と読んでいる。旧大明では、自分達を『大明』、相手を『新大明』と呼んでいる。元々は旧大明の島が大明で、新大明は未開の地だった。大明王家が政権の座から引摺り降ろされ、新しい王家がそのまま『大明』と名乗ったが、元の王家が現在の大明を切り拓き、やはり『大明』を名乗る。地理的には『大明・新大明』で、歴史的には『旧大明・大明』かな?2国の話題の時は、どちらにも新・旧を付けるのが親切とのこと。
旧大明は、数年前まで国を二分して闘っていて、その時も自分が『大明』を主張、新大明では地理的な位置関係で『南大明』、『西大明』と呼んでいた。その2国が和解、戦での決着なら、相手の領地を家臣への褒美に出来るが、和解では分け前が無く、蓄えた軍備を北道に向けようとしているらしい。
北道には無い海軍が強力で、魔動船からの砲撃や搭載された戦車での上陸は、北道の騎士団はかなりの苦戦が想定される。
王都への報告が必要なので、式神を試してみる。御左様で習った事を応用せしてみる。紙に呪文とメッセージを書いて鳥のカタチに切るか折るかする。今回は鶴を、折ってみた。霊力を込め、書いたモノと同じ呪文を唱えた。折り鶴は鵠になって、北へ向って飛び立った。