ミミズ千匹
翌朝、もちろん朝のおかわりを堪能してからテントを出た。昨夜用意しておいた朝食を胃袋に詰め込んで下層を目指した。
途中の魔物は多少は強くなっていくが、最下層のひとつ上の29階層に降りても、物理攻撃だけで瞬殺出来たので、試し斬りには物足りなかった。情報ではもう少し強い魔物がいるはずだが、居なかったものは仕方がない、
「いよいよだぞ!」
最下層に生息する食獣植物『ミミズ千匹』と対戦する。無数の触手で魔物や動物、時には人間を絡め取って、樹液に含まれる麻酔成分で心地良い夢を見せながら養分を吸い尽くすそうだ。枯らしてしまえば簡単だが、実を採取するのが目的なので、次の収穫の為に生かしておく必要がある。触手は切っても数日で生え替わるので、丸坊主に切って、ガードが無くなった実を奪うのがセオリーらしい。実際に触手が千本も有るわけでは無く、数人のパーティーで倒せる程度だが、触手を斬ると樹液が噴き出し、金属を錆びさせ、衣服を溶かす。麻酔成分は取り込まれた時とは違い、悪夢を見せると言われている。武器や装備をボロボロにして、夢の中で恐怖体験をする割には、報酬がイマイチ。最近では需要のお陰で少しアップしているが、不人気を覆す金額には至っていない。
さて、30階層。ミミズ千匹は1本だけとの情報だったが、ざっと数えても10本は下らない。
「放置されて増えたんだな、魔物が少なかったのは、このせいかも知れないな。」
幹が育って、魔物を誘惑する臭いが増し、多くの養分を呼び寄せ更に成長する。実を奪う冒険者が来ないから、種が芽となり木に育ったのだろう。
春介が分析しているうちに、3人は触手に斬り掛かっていた。
「ひかりは見学ね、自分のガードだけ気を付けて!」
春介の短刀も鞘が払われた。
樹液の飛散を考えたら、凍らせて砕くのがベストだろう、1本残すのなら他はガンガン凍らせて粉砕するのがオススメだが、彼らは短刀に拘って斬り進んで行った。どんどん斬り落とされる触手から、樹液の飛散は無いし、短刀の切れ味に衰えは感じられ無い。
触手が1、2本の苗木みたいなヤツから、2メートル程の樹高で触手が2、30本のヤツまであっさりと坊主にして、残った幹を燃やして駆除を済ませた。焼き払ったあとには、魔物の骨。白骨化を通り越して、骨からも養分を吸い取るようで、触れるだけでカサカサと崩れていた。
「まぁまぁのウォーミングアップだったね!」
本体?一番の大木を残して、休憩に入った。
「短刀、切れ味そのままだね!どんな素材なんだろう?」
秋太はドヤ顔で、
「錆びないのは素材のせいじゃないんだ、刃に纏わせた氷魔法で斬った所を瞬間に凍らせているから樹液の影響を受けないんだ!」
夏彦も、
「風魔法も重ね掛けしているから、切れ味もずっとキープしてるしね!」
鞘を払って、刃こぼれを確認。改めてノーダメージを確認して満足そうに鞘に収めた。
「いつもパターンなら、春菜が凍らせてから、斬ったあと夏果が焼却処分って感じだったよね?分業っていうかさ。春介と秋太が皆んなの刀に魔法を纏わせたんだよね?それって、適性が無くても使えるんだ?」
「ううん、皆んなが全部使えるようになったんだよ!」
冬馬は、左手で小さな火の玉を出して、放り上げると、右手で水流を飛ばして消火した。
「皆んなも?」
軽く頷くと、掘り下げられるのを嫌ったのか、
「じゃあ、本番行ってくる!」
最後の大木に挑んだ。
触手の届かない距離から氷の刃を飛ばし、バサバサと触手が落ちて行く。残り十数本になるとなかなか当たらなくなって来た。接近戦で確実に数を減らす作戦に移行した。危なげ無く切り落としてお目当ての実をゲットした。普通は1個、運が悪ければ、せっかくの苦労も虚しくって事も。暫く手付かずだったお陰か、大量採取に成功した。
帰りも順調。ハイキングのようのノリで10階層に到達、ハイペースだったので無理をすれば夜中には帰宅出来そうな時間だが、秋太と冬馬と過ごすテントを選んだ。
「今からかえっても夜中になっちゃうでしょ?子供達を起こしちゃ可哀想だからさ、予定通りココでもう一泊しようよ。」
「ああ、いいけど、ホントにそれが理由?」
秋太のツッコミは、しっかり心を読まれているのが解った。
「態々言わせる?そりゃ、秋太と冬馬にも抱いて欲しいに、決まってるでしょ!」
流石に言って恥ずかしくなったので、秋太の胸に飛び込んで視線と回避した。
「いや、ちょっと待とうぜ、夕食済ませてからで良いよね?」
「べ、別に、今って言ってないでしょ!」
「へへ、冗談だよ、楽しみにしてるね!」
お約束?しっかり弄られて、
「はいはい、待ち切れないひかりの為に、大至急でご飯作りしたよ!」
もうひと笑いして夕食が始まった。
食後は勿論、スキンシップを堪能、朝のおかわりまで楽しんで、地上を目指した。最下層で骨になっていた魔物と同種と思われる魔物が数頭出会った位でサクサク地上に到達した。
王都に戻ってギルドに直行、昼前には到着した。
「ただいま、お元気でしたか?」
カウンターで木綿子が迎えてくれた。
「お帰りなさい!あれ?変身出来なかったんですか?」
「あ、あぁ、出来るようになったんだけどね・・・、」
ミミズ千匹の実の納品手続きをしている弟達を視線で紹介した。
「ああ、なるほど!」
木綿子が何に納得したのか解らずにいると、
「ミミズ千匹って基本的に、男性しか襲わないんです。新しく覚えた短刀と魔法を試すのに、光樹さんに危険な目に会って欲しくなかったんてすね!」
そうかな?うん、そういう事にしておきましょうね。
ギルドの次は鍛冶屋に寄って、帰国の挨拶。親方はやはり変身失敗を心配してくれた。経緯を話すと、
「どうだ、腕力が上がっても、魔力のノリは変わらなかっただろう?刃こぼれなんかも心配ない筈だ!」
短刀の方が気になるようだった。皆んなも嬉しそうに短刀を見せていた。
昼休憩からもどった薫は、
「うわっ!美少女が男性になると、しっかりイケメンなんですね!ひかりさん、人目に触れさせて、心配じゃありませんか?」
気にしていなかったけど、小学生でもモテモテだったもんね。言われて見ると心配ない事もないかな?一夫多妻は稀に見るけど、逆は聞いたことも無いよね?禁止じゃない筈だけど実在しないかも知れない。まあ、聞かなかったことにして、下校時間に間に合うように帰宅した。
留守番の分体達は、馬車を改造していた。最新の高級車では目立ってしまうので、機能はそのままに、見かけは安物の中古って感じにしている。普通に過ごすには問題ないが、依頼内容によっては目立ちたくないケースもあるので、ちょっと工夫している。更に結界と同調して装甲時バリの防御力になったり、冷暖房完備だったりしている。丁度完成したところだった。