邪人駆除
伯爵邸で妻達を降ろし、いきなり寂しくなった馬車で、駆除の現場に向かった。今日のターゲットは、邪人と呼ばれる小型の鬼で、通常は人里に近寄る事は無いが、生息域に大型の魔物が現れたり、極端に増え過ぎると、畑を荒らしたり、家畜を襲ったりする。今回は後者と推測されている。今はまだ出没ポイントは市街地から馬車で1時間程は離れているので被害は出ていない。
両脇が岩壁になった通路で肉を焼く。土魔法で壁を作り行き止まりにしてある。焼肉の良い匂いだが、解体した時の廃棄物で、食べられる物ではない、邪人を匂いでおびき寄せる。煙が立ち昇ると、風下の方からギャーギャーと不快な鳴き声が寄って来た。しっかり引込んで、群全体が集まった所で、反対側にも壁を作って閉じ込める。20体程度との情報だったが、ざっと数えても50は下らない。流石に練習しながらって訳にも行かず、風魔法の刃を飛ばして数を減らす。魔力をちょっとずつ上げるつもりだったが、ちょっと上げ過ぎた様で、あっという間に殲滅してしまった。
駆除確証になる耳を切り取って集める。数えながら集めていたが、飽きてしまい50を過ぎて判らなくなった。多分70位だろう。
とうせん坊の土壁を戻し、血の臭いを拡散させた。穴を掘って死骸を放り込んで焼却、埋め戻して作業終了。のんびり弁当を広げた。
何やら怪しい雰囲気が漂ってきた。邪人達が来た方向から、強力な魔力を発する何かが、ゆっくり近付いている。
結界で隠れて様子を見ていると、身長3メートルは有りそうなゴリラ?知識にある動物の中ではゴリラが一番近いだろう。人間の様に直立して伸びたら5メートルくらいかも知れない。レベルは226、仮に鬼ゴリラと呼ぶことにしよう。レベル20弱の邪人が逃げ出すのは頷ける。最近の異様な出没は、あの魔物から逃げたことに起因していたらしい。
人が歩く程度にじわじわ動く。馬車を捨てて馬だけで走れば、街に戻って迎撃の準備が出来るだろう。馬車に戻るタイミングを考えて様子を伺っていると。鬼ゴリラは石を拾う。カラダのサイズから相対的に石に見えるが、落ち着いて考えると岩だろう。次の瞬間、その岩が真っ直ぐに飛んできた。結界で事なきを得たが、クレーターの中心に立ったようになっていた。
まだ距離が有るので、飛び道具で傷めつつ、市街地に近付け無い作戦を考えていると、残りの距離を一気に詰め、石柱だったと思われる石の棒が上空から振り下ろされた。結界は耐えてくれたが、魔力をごっそり持って行かれる感覚が判り、完徹の朝の様な倦怠感だ。【隠れる】のもダメ、【逃げる】のもダメ、勿論【和解】なんて有り得ない。残る選択肢は【戦う】のみ。覚悟を決めてネックレスを外した。
距離を保って飛び道具を試す。かなりセーブして魔力を飛ばす。盛大に地面が抉れたり、岩壁が崩れたりするが、当たる気配は無い。ただ、鬼ゴリラは間を詰めることは無くなり、少しだけ余裕が出来た。自然破壊をしながらマグレ当たりを待つか、間を詰めて剣術を試すべきかを比較、前者の方が安全に思えるが、正直当たる気がしない。
《邪人は何か有効なスキルを持っていなかったかな?》
【鑑定】は自分の確認にも有効だった。《ウォっ?【加速】かなり強力だ、剣術でヒットアンドアウェイで行ける!》
コントロールが効く程度の弱い風魔法の刃を飛ばし、意識を逸らせた所で一気に間を詰め、これまた風魔法を纏わせた剣で太い脚を斬りつけた。サクッと切り落とし安全圏に避難する。その際もジャブ代わりに炎や氷の弾を撃ち込む。魔力を抑えているのと、距離が短いので結構当たるが、大した効き目は無さそうだ。ただ、苛つかせるには十分だった。
結界でかくれて奇襲と思ったが、正確に岩を投げ付けて来た。出鼻を挫かれ仕切り直し。片脚を落としているのでアドバンテージ。ん?治ってる?地面には血溜まりが出来て居るが、脚は元通りだった。剣の手応えもしっくりして、ジャブの飛び道具もコツを掴みつつある。同じ様にヒットアンドアウェイでまた脚を落としたが、拾って付けると元に戻ってしまう。拾っている間は攻めて来ないので、腕を落とす。やっぱり拾って元に戻す。繰り返すうちに【加速】に慣れ手脚を落としたあとに余裕が出て来た。落とした腕を先に拾い、ウエストポーチに突っ込む。あっさり収納すると、腕は回復しなかった。石柱を振り回す攻撃が無くなり残っている右手が大きく鋭い爪を大振りで撃ち込んで来た。纏わせた風魔法を強めて受けるとあっさり斬り落とす。直ぐにポーチにして再生を阻止。攻撃力を削いた状態で、外さない至近距離で雷を落とした。失神した所で【鑑定】を発動。驚異の再生力は魅力的だ。
《ん?スキルは【破視】。なんだろう?》
トドメを刺し死骸をポーチに収めた。自分を鑑定すると【破視】が追加されていたが、何か変わったことは感じられなかった。何とか馬車が通れる位まで瓦礫を片付けて街に帰る。
「そっそれ!黒猿鬼です!」
鬼ゴリラは黒猿鬼と言うそうだ。酷く危険な魔物で、あの時放置していたら、街は相当なダメージを負っていたらしい。駆除報奨金だけで250万、牙や爪は武器、毛皮は防具、内臓は薬になるらしく結構な金額になるそうだ。因みに肉は硬くて臭くて不味く、処分費用が掛かるとの事。大量の邪人の耳を数えて、
「ごめんなさい、情報では邪人の小さい群だったんです。黒猿鬼なんて、この辺で出た事なんて無かったんです。」
「何時も美味しい情報頂いてますし、気にしないで下さい。良い稼ぎになったし、魔法の練習も捗りましたよ。」
「そう仰って頂けると助かります。所でまた、繰上返済にしますか?お茶会の方も一人日給5千円ですから、こちらの分丸々返済もアリですね!」
「いや、泡銭だから偶にはパッと使うよ!と言っても120万と端数を現金で貰えるか?」
「はい、直ぐに用意しますね!何がお目当てか聞いても良いですか?」
「ああ、防具を新調しようと思ってな。俺だけ良いので心苦しいって言うか、少しでも安全だと嬉しいしな。」
「それでしたら!」
ゴソゴソと地図を出し、
「こちらのお店がオススメです!ギルドの出入り業者でもあるんですけど、レディースがとってもお洒落なんです!奥様達はもうそろそろお戻りですけど、すぐ行かれます?」
「いや、高いの買うなって春菜に叱られそうだからどうしようかと思ってんだ。」
「防具は試着しないとなりませんからね、あと皆さん既製品じゃ収まらないと思いますよ!私でも選択肢が狭まる位ですからね。」
一般的なサイズよりはややボリュームのある膨らみを少し持ち上げて笑い、
「鉱石採取のダンジョンで素材を集めてオーダーするのが良いと思いますよ、そのポーチなら依頼を熟しながらレア素材集められる筈です!」
明日からの依頼を調整して貰う事にして四人を待った。