御左様
呉服店では、左道場に修行に来た旨を告げると、手際よく一通り揃えてくれて、着付けもしてくれた。なんとなく自分だけでも着られそうだが、脱いだ後、畳んだり出来るか不安で相談すると、
「それは御左様で教わりますよ。」
そんな事も習うの?道場って何の道場か聞いていないのを今更気づいてしまった。
お支払いは、報奨金を少し越えたが、受付嬢の交渉で、丁度にまけてくれた。そこから少し歩くと、川を挟んだ大きな通りがあり、大型の馬車が行き違ってもまだまだ余裕がありそうな大きな橋の袂まで来ると、
「ここを渡ったら、そのまま真っ直ぐで突き当たりが御左様です。」
とても親切にしてくれた割に、途中までってちょっと違和感があったが、橋をわたって見ると、貧富の差が明らかで、着替える前の戦士モードでは浮きまくりだっただろう。
一人になって気付いたのは、下着の有り難さ。上は着物で抑えられるので然程違和感は無いが、下は一周するエプロンみたいたモノを巻いただけなので、着けている感覚が全くしない。着物は踝まで有るので見えたりすることは無さそうだが、屋外で淫らな格好をしている気分になってしまう。妻達が弟達になっていた頃の記憶が頭を支配して、体温が上がった感じがした。慌てて意識を平常に戻し、道場までの道を歩いた。
神社仏閣の様な門があり、そこは閉ざされていた。騎士風の門番に紹介状を渡すと、小窓から中に話をして紹介状が渡された。門番が戻ると、
「暫しお待ちを。」
ボソリと言って、立番スタイルになった。
数分で門が開き、着物姿の女性が迎えてくれた。畳敷きの部家に通され、座布団を進められたが、どっちを向いて座ればいいのか解らずにいると、
「お師匠様が上座でこちらを向いて座られます。貴女はここでこちら向きですよ。」
親切に教えてくれた。
着物での可動域を考えると、正座の一択。慣れないので直ぐに痺れるだろう。重力を操作してみると、上手くいきそうだ。冬実が、盗賊とかに質問する時と逆の魔法になる。
少しして師匠と思われる、白髪の女性が現れた。
「お手紙拝見しました。私は当道場の師範で桜香と申します。ひかりさんには、1週間から十日程、こちらで過ごして頂きます。滞在中は、彼女の指示に従って下さいね。」
二十代後半位かな?少し歳上のお姉さんが現れた。
「佳乃と申します、よろしくね。」
「四元です、四元ひかり。よろしくおねがいします」
「ひかりさんね、早速こちらへ。」
案内さられたのはワタシにあてがわれた部屋で四畳半に箪笥と鏡台。押入れには布団二組とちゃぶ台。
「普通は二人部屋ですけど、ひかりさんの事情を考慮して個室にしました。変身の事はお師匠様と私しか知りませんから、戻れるようになっても、ここを出るまでは変身しないで下さいね。」
佳乃さんは、タンスから着物を出して、
「こちらに着替えて下さい。」
門から案内してくれた子とお揃いなので、ここの制服だろうか?呉服店で覚えた着付けにトライ。なんとなくカタチにはなったが、ダメ出しを食らった。佳乃さんが解説付きで手伝ってくれて、今度は完璧。今日の所は、晩ごはんとお風呂で寝るだけとの事。
食堂は畳の大広間で、個別のお膳が並んでいた。上座(?)に師匠と佳乃さん佳乃さんと同じ着物の人があと二人の4人が並び、5つずつ向き合った列が2つで20人。既に殆ど埋まっていて、末席の空いた所の向えの子が手招きしていたので、そこに座った。最後の空席にもう一人、遅れを詫ながら入ってきたが、食事の予定時間よりはまだ早かった。
「天の恵み、地の恵み、人の恵みに感謝致します。いただきます。」
日直風の子に続いて唱和して食事が始まった。縦に並んだ20人は、たぶん学校を出たばかりからハタチ位だろう。ご飯の時にキャーキャーお喋りしてもおかしく無い世代だが、皆んなきちんと背筋を伸ばして座り、キレイな所作で食事をして、無駄口は一切無かった。ご馳走さまの挨拶が終わると、末席の3人がお膳を片付ける。
「ひかりちゃんも手伝ってね。」
向かいに座っていた子に誘われた。佳乃さんの視線は『そうしなさい』だったので、空いた食器を重ね台所に運んだ。食器を洗って、お膳を拭いて、朝食のお米を研いでミッションクリア。
「次はお風呂よ!」
部屋で浴衣に着替えて風呂場に向かう。女湯も慣れているが、変身を隠している相手とはやはり心苦しい。大浴場で見ず知らずの人ならなんとも思わないが、数日間一緒に暮らす子となると、罪悪感でいっぱいだった。
「ひかりちゃんってホントは男の子なんでしょ?うわっ!完璧に女の子ね!」
普通は他人に見せる事の無い部分を覗き込む。女湯はフルオープンがセオリーだご流石に恥ずかしくなり手で隠すと、
「その仕草も艶っぽいわね!」
師匠が佳乃さんに話しているのが廊下に漏れ、そこから直ぐに拡散、現状全員に知れ渡っているらしい。
「解っていて、一緒のお風呂って嫌じゃ無いの?」
「ふふふ、ここに居ると男の人に会うこと有りませんからね、いっそ変身を解いてもらっても良い位ですよ!」
まぁそれは冗談だろう。話題をかえたいな、あぁ聞きたい事があったんだ!
「所で、この道場って何を習うところなの?」
「えっ?知らないで入門したの?」
確かに驚くところだよね、色々脱線しながら聞いた内容を精査すると、どうやら花嫁修業の場所らしく、それも王族や高位の貴族、領主等の娘かそこに嫁ぐ女性に限られた、超エリート花嫁道場らしい。そして、この環境が霊力を高めるのに適しているらしい。折角なので頑張って見る。風呂掃除をして、本日の仕事を終了した。
部屋で一人になると、壁?いや襖だな、隣の部屋との仕切になっている襖をノックする音がして、少し隙間ができた。
「ひかりちゃん、そっち行ってもいい?」
お隣さんは、夕食の時から一緒のめぐみとユウだった。ここに来た経緯を根掘り葉掘り聞かれ、無難なお所をダイジェストにして話した。冒険談をねだられ、冬実の講壇風の喋りを真似て話してみた。全然上手く話せなかったが、二人は楽しんでくれたようだ。
二人の話も聞いた。二人とも許婚者がいて、めぐみはあと半年、ユウは来月、ここを卒業して結婚するそうだ。お祝いを言ったが、本人たちは特に嬉しく無いそうだ。政略結婚で他所の領主の跡取りの嫁で、めぐみは正妻として嫁ぐが、既に側室がいるそうだ。ユウのところには側室はいないが、歳が20も上とのこと。
「大明って一夫一妻制じゃ無かった?」
「ええ、王家と各領主様は例外で認められているの。」
実は自分もって感じではなかったので、明日の稽古の予定を聞いてみた。
朝は掃除から始まり、食事は当番が作る。午前中は花を活け、午後はお茶を点てる。その後は一般教養の勉強。ゆったりとした時が流れているようだ。二人の目がトロンとしてきたので、寝落ちする前に部屋に帰した。
翌朝、早起きして着付けにトライ。大体OKかな?めぐみに審査を頼むと、
「もう少しね、これで良しっと!」
少し手直ししてくれた。