仙術修行
また今日も、朝日と共に起きて、ベランダから広場を覗くと、
「おはようございます。」
敏之さんが罠に掛かったように網に絡まっていた。
「やっぱりですか。」
志郎さんが隣のベランダから覗き込んだ。
敏之さんは、仙術の使い手としては超一流だが、色々粗相をして、再教育で山籠りとの事。頭を掻きながら、広場に向かった。
ストレッチのパートナーは、昨日の子が小柄で丁度いいと思ったが、鼻血でからかわれたそうで、一番遠くに陣取っていた。
「私めが!」
敏之さんが手を挙げるので、断るのも大人気ないが、不自然な接近をするので、【麻痺】を軽く掛けて、触覚を封じてから背中を合わせた。体操が終わって【麻痺】を解く。何が起きたのか理解出来てない敏之さんは無視して、今日の稽古について正明さんに話を聞いた。
仙術の基礎は身体強化。強化した拳で正拳を突く。魔力と仙力をごっちゃに考えていたので気づかなかったが、蔵江の空手使いは、この技だったようだ。仙力を使う事自体が、良く解らなかったが、偶然コツを掴むと、魔力で強化するのと似た感覚だったので直ぐにマスター出来た。
拳だけでは無く脛や踵を強化しての蹴りも難なくクリア。
「あとは、打撃の瞬間だけ強化するんだ、ずっと強化しっぱなしじゃ、身体が持たないからね!」
コレも夕方には覚えた。魔力での強化にも応用出来そうだと実験が楽しみになった。
稽古終わりに仙力の状況を見て貰った。昨日整えたばかりのに、また少し乱れているそうだ。整え方を学んで、自分で試してみた。一発で成功した上、仙力の状態が【鑑定】で見えるようになり、どこかどう乱れているのかが解るようになり、乱れの予防や、強化の方法を理解出来るようになった。
夕食は、食堂で皆んなと一緒。元は男だってことは説明済みなのに、女性として見られている。熱い視線とたまに遠くを見ている時の虚ろな表情等、あまりにも露骨だが、行動に移すのは敏之さんだけだった。
山籠りらしく、獣道を駆け巡ったり、滝に打たれたりもした。滝行の時は、親切な敏之さんが、着替えを心配してくれたが、結界の更衣室で難なくクリアすると酷くがっかりした様子だったが、苦しいのでほんの少しだけ緩く巻いたサラシにしっかり反応していた。
模擬戦で、正明さんと闘い、
「攻めの時には、強化のタイミング掴めましたけど、受けでは難しいですね、少し長めにしないと不安ですよ。」
「えっ?防御の強化は戦闘中常時掛けるのがセオリーですよ!そんな高度な技で受けてたんですか?!」
正明さんが驚く位なので、そうなんだろうな。初めから言ってくれれば楽だったのにな。なんて思いながら意識を攻めにシフトした。
そんな稽古漬けの日々が半月程過ぎて、稽古の手順や、なんの為にする稽古なのかが理解出来ると、
「もう、教える事は無さそうだ。あとは自身で精進すると良い。」
夏目師匠から卒業宣言。目的だった変身を試そうと思ったが、師匠は手紙と地図を渡してくれて、
「その変身は、ここで学んでからにすると良い。今のままでは身体に負担が掛かるだろう。」
師匠の薦めに従い、帝都にある『左道場』に向かった。山道を下り、街道をヒッチハイクで近くの街に出た。ひかりのままでいたのがここでも役に立った。
宿に泊まって久々のお風呂を堪能し、久々の魚料理を味わった。食後、市場付近でたむろしている馬車をチェック。左道場までは、馬車で2日。そこに向かう大きな荷馬車を見つけて、護衛を兼ねて乗せて貰うことが出来た。
翌朝、長い影を背負って馬車に揺られた。影が短くなって来た頃、狼系の魔物が現れた。
「ヤベェ、ちゃんとした護衛にすりゃ良かった!」
どうやら、護衛としてではなく、下心で乗せてくれたらしい。
「大丈夫ですよ、ちょっと待っていて下さいね!」
1頭だけだったので、覚えたての仙術で戦う。飛び回られては面倒なので強化した左腕を噛ませ、手元に確保した状態で右手で頭蓋骨を叩き割った。他国のギルドでは報奨金なんかは貰えないので、使えそうな牙を回収して残りを焼却、骨を埋めるまでで20分程。
「群れじゃ無くて良かったですね!」
荷馬車のおじさんは蒼くなっていた。
その後は順調に、目的のキャンプ場に到着。大型の馬車が十数台停まっていた。盗賊なんかの被害は殆ど無いそうで、他の馬車には護衛らしい人は見当たらない。平和に越したことは無いが、念の為、分体達も参加して、交代で番をした。
真夜中を過ぎると、1台の荷馬車から武装した男達がゾロゾロと降りて、他の荷馬車を物色し始めた。そそくさと【氷縛】で現行犯状態をキープ。朝、馬車の主が目覚めた順に状況を説明して物色中の賊を回収した。
賊を載せていた馬車の主が主犯と思われるので、当然拘束済み。【隷属】で吐かせても良かったが、護衛のチカラを見せておいたほうが、帰り道も便利そうなので、軽く拷問することにした。今回の件は現行犯なので黙っていてもブタバコ行きは確定だが、余罪と組織を吐かせる。
先ずは、生ゴミを集めて、並べた賊達の目の前で消し炭にした。まだ全然ビビって居ないので、主犯らしい男の拘束を解いて逃げ出そうとした両足を切断。悲鳴を上げた所で片脚だけヒールで繋いだ。
「コレ、生ゴミかしら?さっき燃やし忘れたのかな?」
「まままっ待ってくれ、何でも言う事、聞くから脚を戻してくれないか?」
少し焦らしてから、脚をヒール。その時点で【隷属】を掛けた。コソ泥を長くやっていて、最近大規模に大型馬車が集まるキャンプ場をターゲットにし始めたそうだ。組織的な犯罪では無く、たまたま魔物に襲われて放置されていた馬車を拾って、街のゴロツキに声を掛けての犯行のようだ。震え上がる賊達に元の荷馬車に戻るように言いつける。術を掛けている訳でも無いが従順に乗り込んでいた。念の為、全員に【氷縛】を掛けて、主犯に馬車を任せ、左道場のある帝都に向かった。同じ方向の馬車は隊列のようについてきた。また狙われた時に安全と踏んだんだろう。まあ負担が増える訳でもないから気にしない。夕方、街について荷馬車とはお別れ、盗賊の馬車でギルドに行って引き渡した。
「申し訳ございません、大明での登録が御座いませんと報奨金のお支払いは出・・・、」
「はい、大丈夫ですよ、たまたま乗せて貰っていた荷馬車が襲われただけですから。」
聞き出した余罪のメモも渡して、お駄賃代わりに、左道場への道を訪ねた。
「えっ?御左様?そのお洋服ではちょっと・・・あのぅ、ホントに左道場ですよね?」
夏目さんから渡された紹介状と地図を見せると、
「少しお待ち下さい。」
バタバタと奥に引っ込んだ受付嬢は年配の男性を引っ張ってきた。凄い勢いで何かを伝え、男性は圧されて頷くしかないようだった。
居合わせたパーティーに何か話すとサクサクと手続きを進め、パーティーメンバーは小躍りしていた。
今回の手柄をそのパーティーにつけて、成績を加算し、報奨金の8割をワタシに回してくれる交渉と手続きだった。40万を現金で貰うと、
「御左様にいらっしゃるのでしたら、お召し物を用意された方がよろしいかと。先に、呉服店にご案内しますね。」
受付嬢は、私服に着替え案内してくれた。