自称魔法使いと魔法道具制作
特別な魔法の地図を持つ者だけがたどり着けるという、不思議な洋館があった。
住宅街のど真ん中にあるのに誰にも気にされない屋敷だ。
一度行ったことがあるならもう一度行けそうなものなのだが、地図がなければなぜか門扉の前に立つことができない。
地図さえ持っていれば、あっちを曲がり、こっちを曲がり、同じ道を何度も通った気がしながらも、気づけば立派な門扉の前にたどり着けた。
その柵門は、塗装は剥げてていて錆も目立つが、大人の背もゆうに越える高さや、柵を曲げて模様を描いたような装飾には、圧倒される。
柵門からのぞく古い洋館はいかにもといった雰囲気を漂わせていた。
そんな屋敷の主、ケヴィンは、西洋風の建物にぴったりな西洋風な顔の造形をした、小学一、二年生くらいに見える小さな美少年だ。
夏休みが始まった頃でかなり気温も湿度も高いのに、いつでも暑そうな黒い服を着ている。
その代わり、彼のお気に入りの部屋──ソファも机もお菓子も揃う書斎は、寒いくらいに涼しかった。
だいたいいつもの時間、昼ごはんが終わった頃に門扉がギイと重く開く音がした。
地図を持つ少年、ユウヤが訪ねてきたのだ。彼は、どこにでもいそうな読書好きの小学五年生だ。
「やあ、我が友よ。その汗まみれの姿を見るに、今日も外は暑そうだね」
ケヴィンはそう言いながら、背丈よりも長い杖を一振りする。
勝手知ったる様子でソファに座ったユウヤの目の前のローテーブルに、ティーセットやケーキが、手品のようにあっという間にならんだ。
ケヴィンは、自称魔法使いだ。
「その黒い服や大きな三角帽子を見ているほうが暑苦しいよ。それに、ホットティーはないんじゃない?」
「紅茶を飲むならホットだろう。それにすぐ、この選択は間違いでないと知るだろうよ」
「たまにはコーラが欲しいなぁ」
「餌付けされてる身で、贅沢ものだな」
「餌付けって言い方はひどいだろ! 期待はしてるけど!」
ユウヤは言いながら、ぶるっと震えた。汗が部屋の冷気に急激にひやされて寒くなってきたのだ。ケヴィンはニヤリと笑うと紅茶のポットを指さした。
「ほら、温かい紅茶が飲みたくなってきただろう?」
(まずその厚着をやめて、極端に寒い部屋にしなければいいのに)
と心の中で毒づきながら、ユウヤはポットから二人分のカップに紅茶をそそぐ。
次に来る時には忘れずにパーカーを持ってこようと決意した。
この後は、ケーキを食べながら話をしたり、ユウヤが持ってきたゲームを一緒にやったり、夏休みのドリルをやったり、本を読んだりと、涼しい部屋でダラダラと過ごすことが多い。
ユウヤは魔法使いを自称するケヴィンに興味深々で、知り合ってから先、こうやってよく一緒に夏休みを過ごしている。
ユウヤにとってはこの時間が好きだからそうしているわけだけれど、ケヴィンがそれで楽しいのかは、よくわからなかった。
というより、ケヴィンについてはわからないことだらけだ。
はっきりわかったことといえば、彼の故郷は外国、夏休みの間だけ日本にあるこの屋敷に来ている、親は一緒ではない、紅茶とケーキが好き、そのくらいだ。
魔法も、先ほどのようにお茶やお菓子を出すところくらいしか、見たことがなかった。本当のところは手品なのかもしれないと、ユウヤは最近訝しんでいる。
「今日は行きたいところがあってな。ユウヤにも付き合って欲しいのだが」
「うん、いいよ! 初めて一緒に外に行くね!」
「日本の夏は蒸し蒸ししていて、とても僕様が耐えられる暑さではないからな」
(どう考えても、服装のせいだ)
とユウヤは思ったけれど、いままで何度言っても改善がないので、思うだけにしておいた。
ケヴィンは「さて」と言いながらわざとらしく肩のストレッチをすると、先ほどの長い杖を持った。
その杖でクローゼットの扉をコンコンっとノックしてから開けると、目の前に砂浜と海が現れる。映像ではなく、どうやら本物だった。
「どうだ。どこか別の場所に繋がっているドアを作れるなんて、なんとも魔法使いらしいだろう?」
ケヴィンは、ユウヤがいままで見た中で一番の得意顔を見せた。
「うっ……そ……。ケビンて、本当の本当に魔法使いだったの?」
「初めから言っているではないか。どこから見ても、魔法使いだろうが。 信じてくれているものと思っていたがな。
ああ、しかし、外では大きな声で言ってくれるなよ。一応秘密だからな」
「いいなぁ。魔法。ぼくも魔法使いになりたい。
ケビンに教えてもらったら、なれたりするもの?」
「ユウヤには──五年、はやいな。その時、覚えていれば考えよう」
ケヴィンはそう言いながら扉をくぐり、砂浜へと足を踏み入れる。ユウヤも、慌ててそれについて行った。
砂浜は日本のどこか、海水浴場にもなっている場所のようだった。
けれど、水着を持っているわけでもなく、まさか泳ぎに来たのではないだろう。
夏休みとはいえ平日なのでそんなに混雑していなくて、海の家があるあたりにパラソルやテントが集中している。
海水浴客を遠目に見るあたりの波打ち際を、ケヴィンは歩き始めた。
「なにしに来たの?」
ユウヤが聞いた。
「魔法道具を作る材料が欲しくてね。
“大空を漂った風船の先についていた包”や“秘密を閉じ込めた葦”や、他のものは手元にあったんだが“浜辺の漂流物”が足りないのだ。だから拾いにきた」
「“浜辺の漂流物”って? どんなもの?」
「なんでもいい。流木でも貝殻でもガラス玉でも。ああ、明らかなゴミはやめておいた方がいいな。と、いうわけで……だ……」
ケヴィンは突然フラフラと足元がおぼつかなくなったかと思うと、砂浜にパタリと倒れた。
「えええええ! ケビン!?」
ユウヤが慌てて駆け寄ると、大きな三角帽子からのぞく顔は真っ赤で、明らかに暑さにやられている。
ユウヤはひとまず彼をズルズル引きずり、涼しい部屋へと連れて戻った。
黒くて重い上着を渋々脱いでソファに寝転んだケヴィンは、うーんと唸りながら
「これだから日本の夏は」
と毒づいた。
「大丈夫そうだから良かったけど、暑いってわかってるならそれなりの格好をしなきゃ。ぼくなんか、Tシャツ短パンでもあっついのに」
ユウヤは宿題と一緒に持ってきた下じきをうちわ代わりに、パタパタとケヴィンに風を送りながら言った。
「魔法使いっぽくなくなってしまうではないか」
「じゃあ、魔法でなんとかできないの?」
「疲れるじゃないか」
「“浜辺の漂流物”は、どうする?」
「ではユウヤに任せよう。僕様の心配はしないくていい。ケットを呼ぶからな」
ユウヤは今まで聞いたことも会ったこともなかったけれど、ケットというのはケヴィンに仕える執事の名前だった。
まもなくその執事が冷たい水や氷を持って書斎に入ってきた。黒くてかっちりした、いかにもな服装をした、背の高い大人の男性だ。
「そういうわけで、収集よろしく頼むよ、ユウヤ」
「その代わり、魔法道具作るところ、見せてもらえる?」
「存外、強欲だな。まあいいだろう。約束する」
次の日、体調もすっかり良くなったケヴィンは全く反省のない服装でユウヤを屋敷に迎え入れた。
いつもの書斎ではなく、怪しい地下室に案内されて、ユウヤは緊張と少しの怖さ、それから楽しみな気持ちでドキドキとした。
薄暗い部屋の中には、理科室にありそうな実験器具のようでもう少し古そうなものや、大きな釜、たくさんの薬瓶、カラカラに乾いた植物など、色んなものが置いてあった。そしてもちろん、この部屋も寒かった。
ケヴィンは、ユウヤが指示どおりにたくさん拾ってきた流木や貝殻などや、他にも用意した固形あるいは液状の材料をぽいぽいと大釜の中に入れていく。
それを暖炉の火にかけると、大きな匙で中身をかき混ぜながら、時に他の材料を追加しながら、グツグツと煮詰め始めた。
「すっごい、魔法使いっぽいね!」
「どうだ、魔法使いっぽいだろう?」と聞かれる前にユウヤが言うと、ケヴィンは満足そうににんまりと笑った。
「そうだろう、そうだろう! この後は簡単だから、ユウヤにも手伝ってもらうからな」
ケヴィンは上機嫌で、テキパキと作業台に色とりどりの粉を用意する。煮詰まってドロリとなった大釜の中身をいくつかの器に移し、用意した粉の量を計り、配合を変えながら、それぞれの器に入れる。
ユウヤは、器の一つを受け取って、指示された通りに手袋をした手でグシャグシャと混ぜた。
ドロリとした液体はだんだんハンバーグのタネのようにまとまり、それを泥団子を作るように丸めて、作業台に並べていった。
「魔法道具って感じ、あんまりしないなぁ?」
ユウヤは正直な感想をいった。
「見てくれは悪いが、僕様が魔法の力を込めて使うと、ちゃんと真価を発揮するよ」
「何に使うもの?」
「さあ、それは秘密だ。結局使わないかもしれないが、使うとなった時にはユウヤも楽しんでくれ」
「うわ! 気になる! 楽しむものなの?」
ケヴィンはそれには答えずに、黙々とした作業に戻った。これ以上は答えてくれそうにないなと判断して、ユウヤは話題を変える。
「そういえばさ、もうすぐ花火大会があるんだよ。日本の花火大会って見たことないでしょ? ケビンも一緒に行かない?」
「──行かない。興味もないしな」
「えぇー。残念。じゃあ別の奴と行くかぁ」
「いや、どうにも気が進まない。魔法使いの勘ってやつだ。お前も行かない方がいい」
「なんだそれ?」
「それに……今のところ誰を誘っても、いい返事はもらえていないだろう?」
「なんでそれ、知ってんの……」
ユウヤはガクリと肩を落とした。ケヴィンの言う通り、今のところ花火大会に一緒に行ってくれる友達は見つかっていない。
(まあ、僕様が手を回しているからだが……)
ケヴィンがまた黙ってしまったので、ユウヤも黙々と泥団子のような魔法道具を作る作業に戻った。
この、ユウヤも制作を手伝った魔法道具は、花火大会の日に使われることになる。
けれど、それはまた別のお話────
お題は「浜辺の漂流物」でした!




