聖剣エクスカリバー
「申し訳ありません、マスター。このままでは、私は敗北します」
爆発音のような激しい衝撃が轟き、邪龍が地面へと沈む。
その様子に遠く喝采が沸き上がるのを背中に聞きながら、エクスはそう口にしていた。
「えっ!?わわわっ!!?」
時計塔から降りる途中でそれを聞いたユーリは、動揺の余り梯子の最後を踏み外し、盛大に転びそうになってしまう。
「ふぅ~、危なかったぁ・・・いや、嘘だろ?楽勝に見えるんだけど・・・」
何とかそれを立て直したユーリは、安堵の息を吐き出しながら胸を押さえている。
そしてようやく落ち着いた様子の彼は、信じられないという表情でエクスに尋ねる。
彼の視点からすれば、エクスは一方的にあの邪龍を圧倒しており、とてもではないが彼女が言うようなことになるとは思えないのであった。
「いえ、一見押しているように見えるだけです。こちらの攻撃はあちらに一切通じていませんので、このままではジリ貧かと」
「えっ、そうなの?じゃ、じゃあどうすればいいんだ?だって攻撃が通じないんだろう?それじゃ勝ちようがないじゃん!」
傍から見れば一方的な攻防は、当事者から見ても一方的な攻防であるようだった。
ただしそれは、邪龍側が一方的に有利という形で。
「心配は無用です、マスター。あの者を傷つけられる武器、私はそれに心当たりがありますので」
「何だよ、それを先に言えよー!全く心配させてー、このこのー!盛り上げ上手かー?」
エクスの言葉に焦り慌てるユーリに対して、彼女は落ち着き払った態度のまま心配無用と宣言する。
彼女はちゃんと邪龍を傷つけられる武器にも心当たりがあると口にし、それを聞いたユーリは安心した様子で、心配させるなよとエクスの肩を叩いていた。
「で、その武器ってのはどこにあるんだ?あぁ、分かった!ユークレール家の家宝とかだろ?そういう話は聞いた事はないけど四大貴族って言われるぐらいだもんな、それぐらいあってもおかしくないよな!じゃあ取りに行かないと―――」
改めて、エクスにその武器がどこにあるのだと尋ねるユーリは、彼女の返答を待つまでもなくその在処に検討をつけていた。
この街の領主であるヘイニーは、四大貴族とも称される名門貴族の生まれだ。
そのような名家には、当然代々受け継げられてきた家宝の武器の一つや二つあるだろう。
そう考え、ユーリは彼の館である「放蕩者の家」へと急ごうとする。
「ここです!マスター、その武器はここにございます!」
そんな彼の背後で、エクスが自らの胸に手を添えては自信満々にそう口にしていた。
「えっ、どゆこと?」
「私、聖剣エクスカリバーがあの邪龍を倒すための武器という事です!」
「んー?ちょっと意味が分かんないんだけど・・・謎々か何かか?だってお前言ってたじゃん、自分じゃあの邪龍を傷つけられないって」
自分ではあの邪龍を傷つけられないと話したエクスが、自分こそがあの邪龍を倒すための武器なのだと口にする。
その意味の分からない発言に、ユーリは頭にはてなマークを浮かべては首を捻っていた。
「確かに、今の私ではあの邪龍は傷つけることは出来ません。しかし聖剣エクスカリバーへと戻った私ならば、容易くあれを切り裂くことが出来るでしょう」
ユーリの疑問に、エクスは簡潔に答える。
つまり人の姿である自分では太刀打ち出来ないが、聖剣となった自分であればあんな邪龍など相手にもならないと彼女は言っているのだ。
「あ、なるほどそういう事ね。何だよ、そんな事が出来るならもっと早く言えよ。あ、丁度いい所に帰ってきたな。おーい、こっちこっちー!!」
エクスが言わんとしている事をようやく理解したユーリは、それなら合点がいったと手を叩いている。
彼はそうして近づいてくる足音に振り返ると、その主に合図するように手を振っていた。
「あ、おとーさんだ!おとーさーん!おとーさんに任された仕事、ちゃんとやってきたよー!」
「わ、私も頑張ったよ!だから・・・えへへ、褒めて欲しいな!」
その足音の主、ネロとプティは手を振るユーリの姿に気付くと、笑顔を浮かべながら駆けよってくる。
そしてそのまま彼へと飛びついた二人は、その胸へと頬を擦り合わせると、褒めて褒めてとおねだりをしてきていた。
「はははっ!よしよし、よく頑張ったな二人とも。偉いぞ!それで帰ってきて早速で悪いんだが、二人に頼みたい事があるんだ」
「えー?もー、人使いが荒いなぁおとーさんは。へへへっ、でも仕方ないからやって上げてもいいよ?」
「おとーさんが困ってるなら、私頑張る!だから任せて、おとーさん!」
二人の頭を一頻り撫でたユーリは、その肩へと手をやりながら頼みごとを持ち掛ける。
それにネロは鼻を擦りながら満更でもない表情で返し、プティは気合十分といった様子で両手を握り締めて見せていた。
「そうかそうか!じゃあ二人のどちらかに―――」
「駄目です。マスター以外、私は認めません」
二人の様子にニコニコと微笑みながら、ユーリはそのどちらかに聖剣エクスカリバーを使って邪龍と戦うという仕事を任せようとする。
しかしそんな彼を、背後から響いた冷たい声が制していた。
「えっ?な、何で?」
ユーリが振り返るとそこには、努めて冷静な表情をした、しかし明らかに不満たっぷりというジトっとした目を向けてくるエクスの姿があった。
「私が、マスター以外に使われたくないからです」
ユーリの疑問にエクスは再び胸へと手を添えると、そうきっぱりと口にする。
「えぇ・・・この状況で、そんな我侭言うのありなの?」
この街を、ともすれば国や世界すらも滅ぼしかねない邪龍が誕生したという緊急事態。
そんな状況で、完全に個人的な我侭を口にするエクスに、ユーリはドン引きした様子で尋ねている。
「ありです、私は聖剣エクスカリバーですから。使い手を選んでも許されるのです」
その問いに対して、エクスは答える。
私は聖剣エクスカリバーだから、許されるのだと。
その笑顔は美しく、彼女が特別な存在であることをはっきりと示していた
「さぁ、マスター。私をお使いください」
エクスは真っ直ぐ、ユーリへと手を伸ばす。
その背後では、彼女によって打ち倒されていた邪龍が復活の咆哮を上げていた。




