英雄
「「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」
兵士達の勝利の雄たけびが荒野に轟く。
それは最果ての街キッパゲルラの周囲に広がる荒野での出来事であり、それを叫んでいるのは色とりどりの鎧を身に纏った兵士達であった。
「やった・・・やりましたね、ユーリさん!私達の勝利ですよ!!」
「えぇ!ヘイニーさんが粘ってくれたお陰ですね!!」
雄叫びを上げる兵士達の真ん中で人の良さそうな紳士、ヘイニーが血と泥に塗れた姿でこぶしを握り締める。
彼はそれを何度も噛みしめるように力を籠めると、隣に立っていたユーリへと興奮のままに抱き着いていた。
「そんな私など、ただ必死だっただけで・・・全てユーリさん達、そして彼らの頑張りのお陰ですよ」
お互いに勝利を讃えるヘイニーとユーリ。
彼らは互いに相手の働きこそが勝利を決定づけたと口にするが、ヘイニーはさらに彼らの力こそが寛容だったとそちらへと視線を向ける。
そこにはユーリの家族であるエクスと、彼女を囲んで盛り上がっている聖剣騎士団の姿があった。
「あー・・・彼らの力ね。あははは、それは良かったですねー。うちのエクスも鍛えた甲斐がありますよ」
「?」
ヘイニーが彼らのお陰だと示した聖剣騎士団、それに力を与えたのもユーリであった。
そのためかユーリはそれに何とも言えない反応を示し、愛想笑いを浮かべては頭を掻いて誤魔化していた。
「ま、まぁ!結局はあれですよ、各人が各々出来る事をするのが大事というか・・・皆が皆、エクスみたいに戦える訳じゃないですし、逆に皆がエクスみたいになったら困るでしょう?」
「適材適所・・・そうですね、確かにユーリさんの仰る通りです」
調子に乗った騎士団員がセクハラ発言でもしてきたのか、彼らの軽く吹っ飛ばしているエクス。
そんな光景を目にしながら、ユーリはそれぞれにそれぞれの役割があるのだと語る。
ユーリはそれを何かを誤魔化すために口にしただけであったが、ヘイニーはそれに感じ入ったように何度も頷いているようだった。
「そういえばヘイニーさん。何か書状みたいなの拾いませんでしたか?こう、裏地がゴワゴワしてる奴なんですけど・・・」
「あぁ、それなりさっき拾いましたよ。えぇと、どこにしまったかな・・・」
話題を変えるために別の話を振ったユーリは、両手を前に差し出しては指を擦り合わせてその質感を表現している。
その行動が効果があったかは不明だが、先ほど拾ったばかりのそれの存在を思い出したヘイニーは、それを取り出そうと身体を弄り始めていた。
「あ、あったあった!はい、ユーリさん。これじゃありませんか?」
「あぁ、これですこれです!いやぁ、助かりました。これ、まだ使え―――」
ヘイニーはそれを何とか探り出し、ユーリへと差し出す。
それはユーリが聖剣騎士団やオーソン達に力を与えるのに使った、飛竜の皮で出来た書状であった。
ユーリはそれをヘイニーから受け取り、助かったと感謝を告げようとする。
その時、大地を揺るがすような轟音が響く。
「ウオオオオオオォォォォォン!!!」
そして続いて、その咆哮が轟いていた。
まるで世界を呪うような、邪龍の咆哮が。
「何だあれは・・・?あんなものが街に現れたら・・・た、大変ですユーリさん!!街が、街が!!」
突如、街に現れた巨大な怪物。
ようやくその街へと迫る軍に勝利し、街を守ったばかりだというのに起きたそんな事態に、ヘイニーは慌てふためきユーリへと縋りつく。
「あわわわわ!?な、何だよあれ!?やばいやばいやばい!!やばすぎるって!!」
しかし彼が縋ろうとしたユーリもまた、その怪物の出現に慌てふためいてしまっていた。
「マスター、さぁ手を」
そんなユーリに対して、真剣な表情のエクスが手を伸ばしてくる。
その意味は、一つしかない。
「エ、エクス?その・・・それは、どういう意味なのかな?なーんて」
自らに対して手を差し伸べるエクス、隣で縋るような視線を向けてくるヘイニー、そして彼女の背後から期待に目を輝かせている聖剣騎士団。
それらの期待を一身に受けるユーリはしかし、後頭部に手を当ててはすっとぼけて見せていた。
「勿論、あれと戦いに行くためです」
そんな誤魔化しが、エクスに通用する訳もない。
彼女は小揺るぎもせずにユーリに対してさらに手を伸ばすと、当然の事実を口にしていた。
「あ、やっぱりそうなります?え、えーっと・・・でも、それって俺必要かなーって、ね?思うんだけど・・・」
エクスが口にした言葉が余りにも予想通りで呆気に取られたユーリは、それでも何とかそれから逃れようと必死に目線を彷徨わせる。
「時間がありませんので・・・失礼いたします、マスター」
「ちょ!?ま、待って!まだ心の準備が・・・ああああああぁぁぁぁぁ!!!?」
しかしエクスは、そんな彼を待ってはくれない。
ユーリの手を無理やり掴んだエクスは、キッパゲルラの街に佇む邪龍の位置を探るように目を細めると、そのまま姿勢を低くして力を蓄える。
そしてそのまま物凄い勢いで飛び出していった彼女に、ユーリもまた悲鳴を上げながら一緒に連れて行かれていたのだった。
「ユーリさんエクスさん、頼みます。どうか街を、キッパゲルラを・・・」
エクスが飛び立った後の猛烈な風圧に吹かれながら、ヘイニーは彼らの健闘を祈る。
そんなヘイニーの下に、彼と共に戦った貴族達が近づいてきていた。
「我らも彼らと共に戦いましょう!!」
「そうですぞ、ヘイニー様!今の我らの勢いに掛かれば、あんな化け物などものの相手ではございますまい!!」
彼らは口々に、我らもユーリ達と一緒に戦うべきだと口にする。
それは言葉だけを取れば、さも立派で献身的なものに聞こえた。
しかし彼らの瞳は勝利に酔っており、その言葉も勢いに任せたものでしかなく、ともすれば暴力を振るいたいだけの醜い欲望の姿が見え隠れしていた。
「英雄には英雄の、人には人の戦いというものがあります。あのような化け物と戦うのは、英雄の仕事。我々の仕事ではありません」
ヘイニーはそんな彼らの言葉に首を横に振ると、諭すような口調で語りかける。
その言葉は優しいものであったが、どこか逆らえないような響きが、言うならば支配者としての威厳のようなものが含まれていた。
「あんな怪物が街に現れたのです、避難民が街から溢れてくるでしょう。その誘導と保護こそが我々の仕事ではありませんか?さぁ、急ぎましょう!我々に出来る事をするのです!!」
「「お、おぉ!!」」
ヘイニーの迫力に言葉を失う貴族達は、彼が口にした命令にそのこぶしを掲げる。
そして慌てた様子でそれぞれの部隊へと戻っていく貴族達の姿に、ヘイニーは胸を撫で下ろしていた。
「・・・ユーリさん、これでいいんですよね?」
ユーリ達が向かった街の方へと視線を向けたヘイニーは、一人そう呟く。
その強く握ったこぶしは、もう震えてはいなかった。




