通行人Aの大逆転
「・・・おい、見つかったか?」
「いや、全く・・・誰だよ、簡単に見つかるとかいった奴」
黄金樹の森、その人里に近いまだ浅い森、対した魔物も生息しておらず普段はそれほど人が訪れる事もないその場所に、今はごった返すような多くの人の姿があった。
「そこー!弱気を吐かなーい!!昔から、弱気を吐いたものから運に見放されるっていうでしょ!!そんな事より万霊草!万霊草を探すのよー!!ほらこれ、この草を探すの!!今なら、今までの百倍・・・いいえ、千倍の報酬を出すわ!!だからジャンジャン探すのよー!!」
それは皆、万霊草を採取するために集められた者達であった。
その多くは冒険者であり、一部には普段の服装ではなく野外活動用の服を身に纏ったギルド職員の姿も見られた。
それを何らかの動物の骨を削って作ったメガホンを手にしたレジーが指揮している。
彼女は万霊草の見本がデカデカと描かれた旗をバンバンと叩きながら、それを探すのだと囃し立てていた。
「へいへい・・・ったく、しかし見つからねぇな。万霊草なんて、そこら中に生えてるもんだと思ったがな・・・」
「確かになぁ、全然採れないってのは本当だったんだな・・・だったらどうやって、あのがっかり騎士はあんだけ採ってきたんだろうな?」
「・・・本当は採ってきてなかったりしてな」
「あん?どういう事だ?」
激しく囃し立てるレジーと違い、周りの実際に採取に当たっている者達の士気は低い。
何故なら、彼らはもう何時間も全く収穫のないままこの作業に当たっていたからだ。
「いやな、万霊草なんて良くある形している草だろ?それなら似たような草を採ってきて、それを万霊草だって言っても気付かないんじゃねぇかって。全然採れねぇって事は、皆しばらく本物の万霊草を見てねぇって事だろ?あのがっかり騎士は、そうやって周りを騙したんじゃねぇか?」
「なるほどな、有り得ねぇ話じゃねぇな。でもよ、だったら俺達も―――」
どれだけ頑張っても影も形も見当たらない万霊草の姿に、冒険者達はそれを採ってきたというユーリの事も疑い始めていた。
そして彼らはやがて、ユーリが自分達の事を騙していたのではと口にする。
「同じ手を使えばいい。確かにそうね・・・皆、聞いて頂戴!!万霊草を探すのは中止にして、それとよく似た草を―――」
それはこのキャンペーンの主催者、レジーの耳にも届く。
そして彼女は、そのやり方を大々的に取り入れようとしていた。
「だ、駄目ですよ、そんな事しちゃ!!」
そんな彼女を、トリニアは慌てて止める。
「どうして?あのがっかり騎士もやった事よ?」
「ユーリさんがやったかどうかなんて、まだ分からないじゃないですか!!本当に万霊草を見つけて採ってきたのかも!!」
「これだけの人数で探しても一つも見つからないものが?それをたった一人で、あれだけ大量に?そんなの有り得る訳ないじゃない!?」
「うっ!?そ、それは・・・」
もはやユーリが不正を働いたという前提で話しを進めるレジーに、トリニアは必死に立ち向かうが、これだけの人数を掛けても一つも取れないという事実を前には旗色が悪い。
それに思わずトリニアが押され言葉を詰まらせていると彼女の視線の先、レジーの背後に採取用の籠を背負った人物がゆっくりと横切っていく。
「えっ!?ユ、ユーリさん!?それってもしかして・・・!?」
「はいはい、そんな悪あがきしなくていいから。そんな事しなくても別に貴方の事を悪く・・・ちょ!?嘘でしょ!!?」
それは採取用の籠一杯に万霊草を詰めた、ユーリその人であった。
「・・・?」
普段、あまり人を見かけないこの場所にごった返す人々、それに戸惑うユーリはトリニア達の姿に不思議そうな表情を見せると、ぺこりと一礼してそのまま立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいユーリさん!!それ、万霊草ですよね!?万霊草で、間違いないですよね!!?」
「えっ?あぁ、やっぱりトリニアさんだったんだ。見間違いかと思った・・・えっと、そうですけど。それより皆さん、どうしてここに?」
「どうしたもこうしたも・・・今、万霊草が全然採れなくて高く売れるから、皆で採りに来てるんですよ!?万霊草キャンペーンって・・・もしかして聞いてなかったんですか!!?」
立ち去ろうとするユーリを、必死に止めるトリニア。
そんなトリニアに、ようやくその存在を認識したユーリは、彼女の周りに集まってきたギルド職員達の事を不思議そうに見回していた。
「えっ、初めて聞きました。へー、そうなんだ・・・これ、高く売れるんだ」
これだけの人数が必死になって探しても一つも見つからなかった万霊草、それを一人で籠一杯に採ってきたユーリは、そんな事一つも知らなかったキョトンとした表情で答える。
「う、嘘でしょ・・・?」
そんな彼の姿に、トリニアの周りのギルド職員達は皆一様に言葉を失ってしまっていた。
「いやー、流石は元黒葬騎士団!!」
「いやいや!!そういうの関係ないですって、ユーリさんが凄いんですよユーリさんが!!」
「はぁ、どうも・・・」
たった一人で、ここにいる全員で掛かっても一つも見つからなかった万霊草を大量に採ってきたユーリの周りには、ギルド職員を中心とした輪が出来上がっている。
彼らは口々にユーリを讃える言葉を口にしており、その称賛を一身に浴びながらユーリはまだ事態がよく呑み込めていないような表情で頭を掻いていた。
「ふんっ、いい気なもんだぜ!こんな草集めがうまいくらいで・・・冒険者の仕事ってなもんはなぁ、こんなもんじゃねぇってんだよ!!」
「そうだそうだ!!」
そしてそんな彼の事を、良く思わない連中もいた。
それはこんな仕事に駆り出されながら、手柄を全てユーリに掻っ攫われてしまった多くの冒険者達であった。
「そうね、その通りだわ」
「おおっ、レジー!あんたもそう思うか!」
その中心である大柄な冒険者、オーソンへと近寄りレジーはそう呟く。
「えぇ、何とかしないと・・・」
その視線の先には、楽しそうに笑いあうユーリとトリニアの姿があった。