ゲイラー・ウッドは気に食わない
「何ですかなあれは?あのような者達がどうしてこの場所に・・・あぁ、嫌だ嫌だ!まるで豚のように貪り食って、品性というものが感じられない・・・やはり下賤な者というのは、見ていられませんなぁ!」
一般の招待客が押し寄せている仕切りの向こうと違い、こちら側は広いスペースにぽつぽつと貴族の集団が出来ているだけであった。
その中でも一番大きな集団は、向こう側の招待客の様子を眺めては顔を顰め、嫌そうな表情を浮かべている。
「何でもオリビア様の意向を受けて、例の男が提案したとか」
「やはりそうでしたか!いやはやオリビア様が幼さ故にそうした提案をしてしまうのは致し方ないとして、それを諫めなければならない立場の人間がそれを怠るとは・・・いやはや臣下の風上にも置けませんなぁ!!」
声高に不満を話す男に、周りの貴族達も賛同を示すと、こんな誕生会を提案したというある男に対して批判を強めていく。
「御存じですかな?その例の男、この領地を発展させたとかで大層調子に乗っているのだそうですよ?」
「けしからん!!そんなもの我々、周辺領主を食い物にしているに過ぎんではないか!!それを自らの手柄などと・・・片腹痛いわ!!」
「その通りだ!!あの男のせいで、我々がどれだけ苦汁をなめさせられているか・・・領地の経営とは助け合いだという事を、あの者は分かっておらんのだ!!」
ヘイニーが領地経営に苦しみ、苦境に陥っていた時には一切手を貸さなかった者達が、彼が好調になると今度は自分一人だけが得をしようとしていると叫ぶ。
しかし彼らの領地が、ヘイニーの領地の発展の影で苦しんでいるという事だけは事実であり、それだけにその理不尽な文句も留まる事を知らなかった。
「それに引き換え、ゲイリー様は貴族同士の助け合いというのを分かってらっしゃる。この間も助かりましたぞ」
「いえいえ、私は当然の事をしたまでです。従兄とはいえ、縁者が迷惑をおかけしたのですから」
そんな彼らは、その集団の中でも一番若い青年へと声を掛ける。
その彼、ゲイラー・ウッドはヘイニーの従弟に当たり、彼が治めるイストリア公爵領の一部である、オーボリー伯爵領を治めている人物であった。
「それで、どうでしたかな?具合の方は?」
「はははっ、それはもう中々の上物で・・・いやはやゲイラー様は良いルートをお持ちですな。後で私にも紹介いただけませんかな?」
「いやいや、それはご勘弁を。一応、企業秘密なもので」
助け合いと口にした相手に対し、ゲイラーは下種な笑顔を浮かべてはそれが役に立ったかと尋ねている。
彼の言葉に同じような表情で返してくる相手に、彼らがやり取りしてるものが何であるかは明白だった。
「はっはっは、これは一本取られましたな!!」
「はははっ!しかしこうなるとゲイラー様が我らが主、イストリア公爵であればと思わずにいられませんなぁ。こういっては何ですが、ヘイニー殿では少し頼りないではありませんか?それに引き換えゲイラー様は若く、意気軒昂であらせられる!!」
ゲイラーを取り囲み、愉快そうに笑い声を上げる貴族達はやがて、彼をヘイニーよりも自分達の主に相応しいと口にしていた。
そしてそれが一人の口に上ると、周囲の者達もたちどころに賛同し、口々にゲイラーをイストリア公爵にと口にし始めていた。
「御冗談を。そのような栄誉、この非才の身には余りますよ」
周囲の貴族達の声に、ゲイラーは頭を下げては自分にはそれは相応しくないと口にする。
しかしその口元には、満更ではないという笑みがはっきりと浮かんでいた。
「そんなに羨ましいなら、おじさん達もおとーさんに頼めばいいのに」
「ねー?」
彼らが集まっているテーブル、その上にいつの間にか二つの可愛らしい顔が乗っかっていた。
彼女達はどうやら彼らの話を聞いていたのか、羨むぐらいなら頼めばいいのにと顔を見合わせながら言い合っている。
「何でここに子供が!?しかも獣人ではないか!!えぇい、誰かこいつら摘み―――」
突如現れた子供、ネロとプティに驚く彼らは、その頭に生えた獣耳や尻尾を目にすると、さっさと摘まみだせと叫ぼうとしていた。
「うちの者が何かご迷惑を?」
しかしそれも、彼女が現れるまでであった。
テーブルの上に顎を乗せて喋る二人の無作法を叱るように、彼女達を摘まみ上げた金髪の少女、エクスは二人を背後に庇うように立つと、彼らにそう尋ねる。
「う、美しい・・・はっ!し、しかしだなこんな子供がここにいては・・・」
「えー!ボク達別に迷惑なんて掛けてないもーん!」
「そうだよ!おじさん達もおとーさんを頼ればいいって言っただけだもん!」
エクスの美しさに正気を奪われ、言葉を失っていた貴族達もやがて意識を取り戻すと、再び二人を摘まみだそうとする。
しかしそれよりも早く、ネロとプティの二人が自分達は無実だと主張していた。
「だ、そうだが?」
「し、しかしだな・・・」
二人の言葉にエクスは納得を示すと、何か問題があるのかという態度で彼らに尋ね返す。
その迫力に、彼らは言葉に詰まってしまっていた。
「そういえば聞いた事がある、例の男の周りには美しい娘達がいると。もしかして、そのおとーさんというのは例の・・・?」
ネロとプティの二人を追い返せず黙ってしまっている貴族の中で一人、若い貴族が前へと進み出ると彼女達に尋ねていた。
彼は聞いた事があったのだ、このキッパゲルラの街を急速に発展させている例の男、その周囲にいるという美しい娘達の事を。
「えー、おじさん知らないのー?おとーさんはねー、ユーリ・ハリントンって言うんだよ?有名なのにねー?」
「ねー?」
その質問にネロとプティの二人は彼の脇へと駆け寄ると、そこから顔を覗かせながら口にする。
その口調は、自分達の父親の事を自慢したくて仕方ないといった雰囲気であった。
「や、やはり・・・では、そのユーリ・ハリントンが私達の領地の経営も手伝ってくれると?」
「そんな事が本当に?」
「しかしそれがもし本当なら、我々の領地もこの街のようになれるかもしれないということだろう!それは・・・凄い事じゃないか!」
その二人の少女の父親とは例の男、ユーリ・ハリントンであった。
そして彼女達は、そのユーリが彼らの領地の経営も手伝ってくれる可能性を示唆していたのだ。
それに俄かに沸き立つ貴族達、彼らも内心この街の状況を羨んでいたのだ。
「馬鹿な!!そのような人材をみすみす手放す訳がないではありませんか!!ましてや、このように急速に発展している領地、仕事は山ほどある筈です!それをこなしながら、他の領地の経営にまで口を出すなど―――」
そんな貴族達に冷や水を浴びせるように、ゲイラーがそんなうまい話がある訳がないと叫ぶ。
「えっ!?仕事があるんですか!?やりますやります!!是非、やらせてください!!!」
しかしそんな彼の言葉を遮るように、仕事があると聞いて目をキラキラと輝かせている例の男、ユーリが割り込んできていた。
「えっと・・・本当にやってくれると?」
「えぇ、勿論です!!うわー、また仕事が増えるんだ!やったぞー!!」
完全にやる気満々といった様子で割り込んできたユーリに、ゲイラーを始め貴族達は呆気に取られ言葉を失っている。
そこからいち早く立ち直った若い貴族が、彼に恐る恐る尋ねるとユーリはやはりノリノリで答えていた。
「おぉ、それでは早速―――」
「ほ、本人がやるといった所で彼はしょせん雇い人に過ぎないではありませんか!!雇い主であるユークレール公爵の許しがなければ、何も出来はしない!そしてそんな事を許す人間など、いる訳がないでしょう!?」
ユーリの言葉に乗り気になった若い貴族は、早速それを頼もうと話しを持ち掛けようとする。
しかしそれを遮って、ゲイラーが叫ぶ。
所詮はユーリは雇い人であり、自分の一存だけで自由に動ける訳がないのだと。
「いいじゃないですか、行ってきなさいユーリ君」
「えっ!?いいんですか、ヘイニー様!?」
「えぇ。前々から思っていたんですよ、私だけがユーリ君の能力の恩恵に預かるのはフェアではないと」
だがしかし、それもまた別の人物によって打ち砕かれてしまう。
その場に現れたのはこの地の主、イストリア公爵であるヘイニー・ユークレールであった。
「おぉ、では本当に!?」
「それでしたら、是非私の領地を一番初めに!」
「ずるいですぞ!!是非、是非私の領地に!!」
ヘイニーの言葉に一気に盛り上がる貴族達は、我先を争ってユーリの赴任を求め始める。
「最初からこうすればいいのにねー?」
「ねー?」
父親であるユーリを大人達が取り合うという光景に、ネロとプティの二人は手を取り合ってはどこか誇らしそうにしている。
「ふ、不愉快だ!!私は帰らさせてもらう!!」
「あ!?お、お待ちくださいゲイラー様!!」
先ほどまで自分をイストリア公爵にと持ち上げていた貴族達が、今度はユーリを中心に、つまりはヘイニーを中心に盛り上がっている姿に、ゲイラーは不愉快だと叫ぶと踵を返す。
彼の背後には、先ほどまでとは比べ物にならないほど少ない数の取り巻きが付き従うばかりであった。




