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騎士団は坂を転がり落ちていく

「おい、見ろよあれ」

「ぷぷぷっ、あれが例のゴブリンにやられた騎士?我が国最強と謳われた黒葬騎士団も、こうまで落ちちゃな・・・いっそ、国葬騎士団にでも改名するか?」

「はははっ!!そりゃいい!名誉ある騎士団に相応しい、盛大な国葬で送ってやろうってか!!」


 騎士団の定例活動報告に王都クイーンズガーデンへと赴いていたマルコムとシーマスは、その帰り道を急いでいた。

 その足が必要以上に急いでいる理由は、彼らの姿を見てはニヤニヤと笑みを浮かべ、盛んに囁き合っているこの周囲の様子を見れば分かるだろう。


「っ!?何だよ、何か文句あんのかよ!」

「そ、そうだそうだ!ゴブリンにやられるような雑魚騎士なんて怖かねぇぞ!!」


 マルコムは不意に立ち止まると、そんな彼らを睨み付ける。

 しかし彼らはマルコムにビビることなく、逆に睨み返してくる勢いだった。


「マ、マルコム・・・不味くない、これ?」

「あぁ、そうだな・・・」


 それどころか彼らは、それぞれが適当な得物を手にしてはジリジリとマルコム達を包囲し始めていた。


「へっ、今まで散々威張り散らしやがって・・・大した実力もねぇくせによぉ!!」

「俺なんて妹をこいつらに・・・こんな事なら、泣き寝入りなんてするんじゃなかった!!」

「そうだ!こんな奴ら・・・やっちまえ!!」


 得物を手にした彼らは、口々に今まで恨み言をぶちまけていく。

 その度に上がっていくボルテージはやがて臨界点に達し、彼らは暴発するようにマルコム達へと襲い掛かっていた。


「逃げるぞ!!」

「う、うん!!」


 鬨の声を上げて一斉に襲い掛かってくる群衆に、マルコム達は一目散に逃亡を開始する。


「おい、あいつら逃げるぞ!!」

「ちっ、逃げ足だけは一人前だな・・・これでも食らえ!!」


 二人の逃げ足は速く、あっという間に包囲を抜けていく。

 それに悔しそうに舌打ちした群衆の一人は、手にした何かを彼らへと投げつけていた。


「っ!?マルコム、それ・・・」

「足を止めるな、シーマス!」

「う、うん!」


 マルコムに命中したそれは、彼の顔へとべったりと張り付く生卵であった。

 それを目にして動揺するシーマスに、マルコムは今はそれどころではないと足を急がせる。


「かつて称賛と尊敬の的だった黒葬騎士団が、今やこの有り様か・・・」


 急ぐ足に、後ろを振り返ったマルコムはそこに追っ手の姿がない事を確認して呟く。

 彼らはそれでも、その足を緩める事はない。


「・・・腐ってる。はっ、案外気が利くじゃないか」


 口元へと垂れてきた生卵を舌先で舐め取ったマルコムは、それを吐き出すとそう呟く。

 彼は真っ直ぐに足を進め続けていた、その拠点であるオールドキープ、通称「狼の巣」へと。




「オンタリオ団長!貴方はこの黒葬騎士団をどうなさるおつもりか!?」


 激しく扉を押し開き、オールドキープ内に設けられた大会議室へと足を踏み入れたマルコムは、開口一番そう叫ぶ。

 そこに詰めていた騎士達はその声に驚いていたが、それ以上に彼の顔に張り付いている生卵の存在にざわついていた。


「・・・ちゃんと考えてはいるよ、騎士マルコム」


 それに大会議室の一番奥の席に座り、組んだ両手の上に顎を乗せていたオンタリオが重々しく答えている。

 彼の額には、マルコムのその身分を飛び越えた無礼な発言に対する青筋が浮かんでいた。


「我が騎士団に降りかかった、この不名誉な汚名。それを返上するには、まず第一に功績を上げる事である!!それも汚名などなかった事にするほどの、大功績をだ!!」


 音を上げて席から立ち上がったオンタリオは、拳を振り上げ力強く叫ぶ。

 大功績を上げるのだと。


「何を当然の事を・・・その功績を、具体的にどう上げるのが重要なのではないですか!?」

「ふんっ、若者はせっかちで困る・・・それもちゃんと考えておるわ!!お前達、『サガトガ山賊団』を知っているか?」


 調子のいい事ばかりをぶち上げるオンタリオに、マルコムは冷たく言い放つ。

 オンタリオはそのせっかちな態度に鼻を鳴らすと、ちゃんと具体的な案も考えているのだ瞳を輝かせていた。


「サガトガ山賊団って・・・あの?」

「そうだ、あのサガトガ山賊団だ。隊商の襲撃、人身売買、要人の誘拐などなど、何でもござれの山賊団だ。最近ではオーリス伯爵の御令嬢を誘拐した事件で記憶も新しいが・・・我々がそれを退治しようというのだ!どうだ、汚名など一瞬で吹き飛ぶ功績だと思わんか!?」


 サガトガ山賊団。

 このリグリア王国と隣国であるババロン大公国に跨る範囲で活動している、悪名高き山賊団。

 オンタリオの言う通り、彼らを退治する事に成功すれば黒葬騎士団の勇名は轟き、汚名など一瞬の内に忘れ去られるだろう。


「た、確かにその通りですが・・・ですが団長!我々は最近その、調子の方が悪く・・・」

「ふふん、自信がないか?」

「は、はい。仰る通りです・・・」


 オンタリオが口にする夢のような計画はしかし、周りの騎士達に不安を感じさせるだけであった。

 その中の一人が、そんな彼らを代表し声を上げる。

 彼が言うには、彼らは最近著しく調子が悪く、とてもではないがそんな強敵を相手に出来ないのだと。

 その言葉に、周りの騎士達も頷いては同意の姿勢を見せていた。


「何、心配せずともよい!お前達のその現状もちゃんと把握しておる!例の山賊団な、実は最近代替わりがあったらしく、跡目争いで相当揉めたようなのだ。今ならば本調子でない我々でも、問題なく仕留められよう!!」

「おおっ!本当ですか、団長!!そのような情報、一体どこから!?」


 不安を口にする騎士達に、オンタリオは腕を組んで頷くと心配するなと口にする。

 彼はどうやら、サガトガ山賊団が弱っているという情報を既に掴んでいたようであった。


「ふふふ・・・知りたいか?いや実はな・・・お気に入りの娼婦のミヤちゃんが私だけにと教えてくれてな」

「えぇ・・・そんな情報、信用して大丈夫なのですか?」

「ば、馬鹿者!!娼婦は様々な人間が利用するのだぞ!そこには当然、サラトガ山賊団の人間も含まれる!この情報も実際、客としてきた山賊団の人間から聞いたとミヤちゃんは話していたのだ!間違いなかろう!!」

「う、うーん・・・まぁ、それなら大丈夫なのかな?」


 そんな重要な情報をどこから仕入れたのだと尋ねる騎士に、オンタリオはお気に入りの娼婦から聞いたのだと答える。

 それに途端に不安になり始める騎士達に対して、オンタリオはその情報源の確かさを激しく主張していた。


「そ、それで・・・その山賊団はどこに潜伏しているんですか?」

「ふふん、聞きたいか?何とこのクイーンズガーデン近郊『コウガの谷』に、奴らは潜んでおるのよ!」


 情報源の確かさについて水掛け論を繰り返しているオンタリオに、シーマスがおずおずと尋ねる。

 それにオンタリオは得意げな表情を見せると、その場所の名を口にしていた。


「おぉ、そんなすぐ近くに!!では、すぐに迎えますな!」

「うむ、準備を整えたらすぐに向かうぞ!!」

「「おぉ!!」」


 「コウガの谷」と呼ばれる、クイーンズガーデンの近郊に存在する谷の名を。


「『コウガの谷』か・・・」


 意外なほどに近くに存在する山賊団の潜伏場所に意気上がる騎士達を前に、シーマスはそう呟く。

 その響きからは、どこか不吉な気配が漂ってきていた。




「うわぁぁぁぁ!?助けて・・・助けてくれぇぇぇ!!?」

「ぎゃああああぁぁぁ!!?」


 クイーンズガーデン近郊、コウガの谷。

 そこには、リグリア最強の騎士団である黒葬騎士団に蹂躙されるサラトガ山賊団の悲鳴が響き渡る、ことはなかった。


「何で・・・何でこんな事に」


 悲鳴を上げながら逃げ惑っているのは、山賊団ではなく彼ら黒葬騎士団の騎士達であった。

 オンタリオはそんな彼らの姿を目にしながら、がっくりと膝をつき頭を抱える。


「あんな魔物がいるなんて話、聞いてないぞ!!?」


 騎士達を蹂躙している魔物、それは最上位のドラゴンとも、幻獣や神獣の類いとも言われる存在、皇龍であった。

 それらがコウガの谷の上空を群れを成して飛んでいるのだ、まるでそこが彼らの「住処」だとでも言うように。


「そ、そんな事より団長!!早く撤退を!このままでは全滅してしまいます!!」


 そんなオンタリオに、シーマスが必死に呼び掛けている。

 彼が言うように、騎士団は空を飛ぶ皇龍に対して何も有効な手立ても用意しておらず、このままでは一方的に嬲られ全滅するだけであった。


「撤退だと・・・?だ、駄目だ!それだけは許さん!!」

「えっ!?し、しかし・・・!」

「えぇい、しつこいぞシーマス!平団員の分際で!!我々は汚名をそそぐためにやってきたのだぞ!?こんな所で何の成果も上げず撤退しては、今度こそ終わりではないか!?えぇい、撤退など許さん!!貴様ら、何をしておるか!!戦え、戦わんか!!それでも名誉ある黒葬騎士団の一員―――」


 撤退を促すシーマスに、オンタリオはそれだけはないと拒絶する。

 彼は立ち上がると、安全な後方から叫ぶ。

 騎士団の名誉のために戦えと。

 そんな彼の下に一匹の皇龍が向かい、その口を開く。


「ひっ!?て、撤退だ・・・撤退ー!!全軍、撤退ー!!!」

「えっ!?ま、待ってください団長!?まだ皆が―――」


 目の前に現れた皇龍の姿に、オンタリオは全てを投げ捨てて一目散に逃げだしていた。

 そんな彼の振る舞いにシーマスは呆気に取られ、すぐには動けない。

 その背後では皇龍がその口を大きく開き、そこから眩しい光を迸らせるところであった。

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