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冒険者ギルド

「そっか、そうだよな・・・もう家からも勘当されたんだった。名前、出しちゃ駄目だよな。はぁ、今度からは母方の性を名乗ろう・・・」


 あと一歩の所まで迫っていた就職が、その目前で破談した事で余計に落ち込んでいるユーリは肩をがっくりと落とし、行く当てもなくトボトボと歩いている。


「はぁ、あとちょっとだったのになぁ。あとちょっとで念願の事務員の仕事が・・・」


 時刻は、すっかり日が傾いた夕暮れ時。

 仕事終わりの労働者を狙ってか、通りに簡単な食事を振舞う屋台が軒を並べ始めている。


「おっ、兄ちゃん帰りかい?どうだい一串?」

「えっ、俺ですか?串焼きか、そうだな・・・」


 その屋台の中から、手に串を刺しているおじさんが声を掛けてくる。

 彼が手にする串には肉が刺さっており、美味そうにそこから肉汁を滴らせていた。


「遠慮しときます、金ないんで」


 その美味そうな匂いに釣られて思わずポケットを探ったユーリは、そこに残された硬貨の寂しさにすぐにそれを断念する。


「そうかい、安くしとくよ?」

「・・・安くされても無理なんだよ、おじさん」


 去っていくユーリの背中に、未練がましく声を掛けてきたおじさんに悪気はない。

 しかしその声に応えたユーリの言葉は小さく、どこか傷ついたような響きをしていた。


「路銀ももう、心もとない。そうなると・・・」


 すれ違う人々はどこか、浮かれた様子だ。

 それは彼らが仕事を終え、これから屋台で思い思いの食事を楽しむからか。

 そんな彼らと反対方向に歩みを進めるユーリの足が、止まる。


「やっぱり、ここしかないか」


 足を止めたユーリが、目の前の建物を見上げる。

 そこには冒険者ギルドと書かれた看板が掲げられていた。




「冒険者になりたい、ですか?」


 冒険者ギルドに足を踏み入れ、好奇の視線に苛まれながら受付にまで辿り着いたユーリは、そこの赤毛の受付嬢に対してそう告げた。


「そうです。あ、これ履歴書です」

「えっ!?履歴書ですか?」


 今度の履歴書には、ちゃんと母方の性であるハリントンを記入してある。

 そう自信満々にユーリはそれを赤毛の受付嬢へと手渡すが、彼女はそれに目を瞬かせては戸惑っていた。


「ぎゃははははっ!!聞いたか、履歴書だってよ!?」

「冒険者ギルドで履歴書って・・・ぷぷっ」

「おい笑っちゃ悪いだろ!見ろよ、あのひょろっちろい身体。どっかのお坊ちゃまか何かなんだろ?そりゃ履歴書ぐらい、うぷぷぷ・・・がははははっ、駄目だ堪えきれねぇ!!」


 ユーリの背後で湧き上がる笑い声、それは彼がこの場所に場違いなアイテムである履歴書を出したからであった。


「あの、もしかして必要ありませんでしたかそれ?」

「あ、はい。そうですね、うちではこういった書類に必要事項を記入していただきますので―――」


 ユーリから履歴書を受け取って困っている赤毛の受付嬢は、冒険者になるために提出してもらう薄い用紙を差し出してくる。


「トリニア、記入は明日にして今日はもう帰ってもらったら?」

「え?でも、先輩・・・」

「でもも何もないの!もう終業時間も近いんだから、こんな時間に来られても迷惑でしょ?そういう事、はっきり言わないと皆が迷惑するんだから!」


 用紙と共に差し出された羽ペンでそこに必要事項を記入しようとしていたユーリを、トリニアと呼ばれた赤毛の受付嬢の背後から現れた、彼女より幾らか年上の受付嬢が制止する。


「おいおいレジー、そりゃ可哀そうじゃねぇか?そのお坊ちゃんだって冒険者になろうつって、一大決心をしてここにやってきたんだ。追い返しちゃ、くくく・・・可哀そうだろ?」

「ははははっ、そうだそうだ!!」


 さっさと仕事を終えてギルドを閉めてしまいたいというレジーと呼ばれた年上の受付嬢を、ユーリの背後の冒険者達が非難する。

 しかし彼らのそのニヤニヤとした表情を見るまでもなく、それはユーリを味方をするものではなかった。


「うるさい!!あんた達もいつまでもたむろしてないで、さっさと帰りなさい!!もう終業時間だって、さっきから言ってるでしょ!?」

「おおっ、怖い怖い。分かった分かった、帰るって帰ります。全く、レジーもこれがなきゃ美人なのにな・・・」

「何か言った!!?」

「ひぃぃ!?何でもありませーん!!」


 ユーリを茶化すための騒がしさも、やがてそれはレジーの怒りを買って、その矛先を向けられる。

 彼女の鋭い眼光に睨みつけられた彼らは、慌てて帰り支度を急いでいた。


「ふんっ、余計なお世話よ・・・ふーん、これが持ってきた履歴書?大体履歴書なんて、こんなものここだけじゃなくてこの街じゃ滅多に・・・えっ!?嘘でしょ、元黒葬騎士団!!?」


 慌てふためく冒険者達を尻目に鼻を鳴らしたレジーは、トリニアから奪ったユーリの履歴書へと視線を落とす。

 そして彼女は目にしていた彼の前歴を、そこに記された黒葬騎士団の文字を。


「はい、それで大丈夫です。ユーリさん、早いですね記入。こんなに早い人、私始めて見ました」

「えっ?えっと、まぁこういうの慣れてるんで・・・」


 トリニアがユーリから必要事項を記入された書類を受け取っている。

 彼らは騒ぐレジー達を尻目に、淡々と作業を進めていたのだ。


「ちょ、ちょっとユーリ・・・さん!あ、貴方、ここに来る前は黒葬騎士団にいたってここに書いてあるけど、それって本当なの!?」


 粛々と作業を進める二人の背後から、ユーリの履歴書を抱えたレジーが割り込んでくる。


「あ、先輩。ユーリさんの記入終わりました。試験は明日でいいですよね?」

「試験?そんなのもあるんですか?」

「あ、はい。冒険者になるための試験には二つあって、一つは―――」


 そんなレジーに、トリニアは記入されたばかりの書類を手渡していた。


「そーゆーの、今はどうでもいいから!!ユーリさん、これ本当なの!?本当に元黒葬騎士団なの!!?」

「あ、はい。そうですよ。でも今は試験の説明を―――」

「そーゆーのもうどうでもいーから!!!元黒葬騎士団相手に、試験なんか要るもんですか!!合格です、合格ー!!!」


 受け取った書類をそのまま握り潰したレジーは、ユーリの履歴書の内容が正しいのか確かめている。

 そしてそれが間違いないと知ると、彼女はくしゃくしゃにした書類を伸ばすと、そこに何度もスタンプを押印していた。


「せ、先輩!?駄目ですよ、そんな事しちゃ!?」

「そうだぞ、レジー!!試験もなしに合格って、えこひいきが過ぎんだろ!!何だ、そういう奴が好みなのか!?」

「はーーー?馬鹿じゃないのあんた達!!?このユーリさんはねぇ、元黒葬騎士団なのよ!?この国最高の騎士団の一員だったの!!そんなお方に、今更試験なんて必要な訳ないでしょ!!?」


 レジーの横暴な振る舞いに、ギルド職員であるトリニアだけでなく冒険者達も文句をつける。

 それにレジーはユーリの履歴書を広げては、彼がこの国でも最高の騎士団である黒葬騎士団の一員であったと示していた。


「えっ、黒葬騎士団?」

「はっ、嘘だろ?こんな奴が・・・?」

「本当よ!!だってここに書いてあるんですもの!!間違いないんですよね、ユーリさん?」

「えっ?まぁ、間違いないです。何だったら、騎士団に確認してもらっても」

「ほら見なさい!!」


 レジーが口にした黒葬騎士団の名前に、トリニアとその周囲の冒険者達もざわざわと騒ぎ始める。

 そしてユーリのそれが当然だという態度に、そのざわめきはさらに加速していた。


「おいおいマジかよ、あのひょろっちいのが最強の黒葬騎士団?」

「おい、止めろって!聞こえてたらどうすんだよ?」

「うっ!そうだな・・・さっきも言っちまってたし、謝っといた方がいいのかな?」


 広がるざわめきは、留まる事を知らない。

 それはどれも、ユーリの実力恐れるものであった。


「ふふふ、最強の元騎士が加入・・・これで苦しいこのギルドの台所事情も一気に解決するってものね」


 そしてそれは、ギルド職員であるレジー達にも同じであった。


「あ、あのー・・・元黒葬騎士団って言っても、僕は事務仕事がメインだったので腕前の方はそんな期待されるほどじゃ・・・あのー、もしもーし聞いてますかー?」


 過剰な期待は、ユーリを置いてきぼりにどこまでも際限なく膨らんでいく。

 それを制止しようとするユーリの言葉空しく響くばかりで、誰の耳にも届いてはいなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今までふとした拍子も一人称が「僕」だったのに、この回から急に「俺」に変わってるのが気になりました。 少ないかもしれませんが、個人的には主人公の性格と一人称を基準のひとつに読み始めてるの…
[一言] 事務の仕事を捜しに。何故最果ての土地に来ざるを得なかったかの説明が欲しいね。
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