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その鼓動の名を彼女はまだ知らない

「いい子で、いい子でいるんだ。今日はマスターにとって大事な日なんだから」


 エクスは一人、自らに言い聞かせるように呟く。

 青天の日差しに彼女の見事な金髪はキラキラと輝くが、それに反比例するようにその表情は暗い。

 その憂いを帯びた表情は彼女の神秘的な美しさに拍車を掛け、通りを行きかう人の足を止めてしまうほどのものにしていたが、彼女にそれに気遣う余裕などなかった。


「そうしないと私は、マスターに―――」

「どうしたエクス、大丈夫か?」

「は、はい!大丈夫です!!このエクス、体調は万全であります!!」


 捨てられる、と口にしようとした瞬間に掛けられた声に、エクスは弾かれるように顔を上げると大声で叫ぶ。

 その先には、彼女の主であるユーリの心配そうな顔があった。


「お、おぉ・・・凄い気合いだな。まぁ、大丈夫ならいいんだ」


 突然大声を上げたエクスに驚き思わず仰け反ったユーリも、その気合十分な様子に安心し頷いている。


「えー・・・分かってると思うが、今日は俺達にとって大事な日だからな。頼むから今日だけは、今日だけは問題を起こさないでくれよ?」


 何やら瞳をメラメラと燃え上がらせているエクスに、ユーリは言い聞かせるように頼み込む。

 彼にとって今日は、この街にやってきて最大のチャンスなのだ。

 それを逃したくないという事だけは、その言葉からも十分に伝わってきていた。


「お任せください、マスター!!このエクス、決して問題は起こさないと聖剣エクスカリバーの名に懸けて誓います!!」


 そんなユーリに、エクスは自らの胸を叩いては堂々と問題を決して起こさないと誓っていた。


「お、おぉ・・・本当に気合だけは十分だな。しかしなぁ、エクスの場合は気合が空回りする事があるからなぁ・・・」


 鼻息荒く誓いの言葉を叫ぶエクスの様子は、ユーリに逆に不安を感じさせていた。


「まぁいい。それよりマービンさんは何で、今日になって急に待ち合わせ場所を変更してきたんだ?事前に知らされたから行き違いにならずに済んだけど・・・」


 マービンは今朝になって、急に待ち合わせの場所を変更してきた。

 それを知らせに来た彼の部下は、丁度ユーリ達が出かけようとした時にやって来ており、少しでもタイミングがずれていれば危なかったとユーリは振り返る。


「大丈夫!問題を起こさなければいいだけなのだからな!その程度の事、このエクスに掛かれば造作もない!・・・造作もないさ」


 そんなユーリの背後では、エクスがこぶしを握り締めては気合を入れていた。

 その声は自らに言い聞かせるもので、語気の強さに比べて声量は小さく周りには聞こえていないだろう。

 しかしそんなエクスの事を、プティだけが心配そうに見詰めていた。




「何だ、やれば出来るじゃないか!」


 嬉しそうなユーリの称賛の声。

 それは、彼の目の前の金髪の少女に対して発せられたものだ。


「え、えぇ!当然です、マスター。この程度、私が本気になれば造作もないこと」


 それに応える金髪の少女、エクスは胸に手を当てては得意そうな表情を見せる。

 しかしその表情はどこか、不自然なもののように思えた。


「そうかそうか、そいつは良かった!じゃあ、引き続き頼むぞ!」

「はい、お任せくださいマスター!このエクス、マスターに必要な存在だと必ずや証明し、お傍にお仕え続ける所存で・・・あっ!?」

「お仕え続ける?一体、何の話をしてるんだ?」


 ユーリの称賛に調子に乗ってしまったエクスは、思わず本音を漏らしてしまい慌てて口を押えていた。


「な、何でもありませんマスター!どうか、お気になさらず!!」

「んー?まぁ、エクスがそう言うなら・・・とにかく今後もその調子でな!」


 折角頑張ったいい子としての振る舞いも、そこに下心があったとバレれば台無しになってしまう。

 エクスは必死に両手を振って、それを誤魔化そうとしている。

 そんなエクスに怪訝そうに首を傾げたユーリはしかし、あっさりと彼女の言い分に納得すると励ますように彼女の肩を叩き、そのまま前へと歩いていく。


「はい、マスター・・・勿論、です」


 ユーリの言葉に笑顔を見せるエクスは、その感触を確かめるように肩へと手をやっている。

 しかしその俯いた表情は、褒められた嬉しさとは無縁なものであった。


「ひぃ!?誰か、誰か捕まえておくれ!ひったくりだよ!!」

「おい、聞いたか?ユーリんとこ、また女が増えたってよ。流石は騎士様、女侍らせていい気なもんだな!」


 一見、平和で何も起こっていないように見えるこの人通り。

 しかし超人的な聴力を持っているエクス、彼女には聞こえていたのだ。

 犯罪に巻き込まれ苦しむ女性の声も、ユーリを馬鹿にしてほくそ笑む男の声も。


「・・・問題を起こしちゃいけない、から」


 握りしめたこぶしは震え、強く食いしばった歯からは軋んだ音が漏れる。


「これで、いいんだ。私が何とかしなくても、きっと誰かが何とかしてくれる・・・マスターが気にしてない事を、私が怒っても仕方ない。だから・・・これで、いいんだ」


 そう何度も言い聞かせている、エクスの表情は暗い。

 彼女の耳には今も、誰にも聞こえない悲鳴と罵声が届き続けていた。

 彼女はその手を、自らの耳へと伸ばす。


「ねーねー、おとーさーん?あとどれくらいでつくのー?ボク、もう飽きちゃったー」

「引っ付くな引っ付くな!えー、あとどれくらいかって?あぁ、もうその角を曲がればすぐだぞ」

「本当!?へへへ、いっちばーん!!」

「あ、おい!?全く・・・」


 そんなエクスの目の前では、ネロがユーリへと抱き着いては楽しそうにしていた。

 彼女は目的地がもう近いのを知ると、自分が一番乗りしてやろうと飛び出していく。

 それにユーリ達は呆れながらも、どこか楽しそうな様子でついて行く。


「マスター、待ってください!私も・・・!?」


 一人、離れた場所に立ち尽くし置いて行かれそうになっていたエクスは、慌ててその後を追い駆ける。

 しかしその途中、彼女は突然足を止めていた。

 それは―――。


「きゃあああ!!?」

「何ですか貴方達は!?お嬢様、お嬢様ー!!」


 その誘拐事件を目撃したからだった。


「誘拐!?わ、私が助けなくても、誰かが助けて・・・っ!?」


 白昼堂々起きた誘拐事件は、確かに彼女の言う通り周りが放ってはおかないだろう。

 それが人通りが全くなく、大通りからも死角になっている路地で起きたのでなければ。


「誰もいない!?そんな・・・私以外、誰も目撃していない?それじゃあ、私が助けなければ―――」


 ―――彼女は見捨てられるのか?

 ドクンと、心臓が音を立てる。


「助け、ないと・・・助けて、それで―――」


 ―――私が、マスターから捨てられるのか?

 またしても心臓がドクンと音を立てる、うるさいな。


「仕方ない、じゃないか・・・だって、だって―――」


 ―――生きていたいんだから。

 生まれたばかりの私が、初めて言葉を喋ったばかりの私が、誰かに頭を撫でられることがこんなにも嬉しいと知ったばかりの私が、もう少し生きたいと願って何が悪い?

 例えそのために、見知らぬ誰かを見捨てたとしても。


「その・・・大丈夫かな、エクス?何か心配事があるなら、お姉ちゃんにお話してくれると嬉しいな。何て、えへへ・・・」


 そんなエクスを心配して、プティが控えめに声を掛けてきてくれる。


「っ!あ、あの!」


 プティにそれを話してしまえば、きっと彼女は救われる。

 それで全て、丸く収まる筈なのだ。


「な、何でも、ないです」


 だけど、それで今回のユーリの就職の話が駄目になったら?

 そして、その責任がエクスにあると見なされてしまったら。

 そんなこと考え過ぎだと笑うかもしれない、しかしどうしてそうならないと言い切れる?

 助けを求める声は震えて、やがて全てを誤魔化す言葉に変わっていた。

 ひび割れたように笑うエクスの頬に、涙が伝う。


「何でもないって、そんなの―――」

「おーい、二人とも何してんだー?遅れるぞー」


 その表情は、どう考えても只事ではない。

 それを問い詰めようとするプティの背後から、場違いな声が響く。

 それは気楽な様子で遅れる彼女達へと声を掛けてきた、ユーリのものであった。


「ねーねー、おとーさん。あれなにー?」

「んー、どうしたネロ?ん、あれは・・・?」


 こちらへと歩いてきたユーリ達、その途中でネロが何かに気付き彼の手を引く。

 彼らが顔を向けた先は、誘拐が起きている路地の方向であった。


「ち、違いますマスター!あれは―――」


 それに気付いてしまいそうなユーリに、思わずエクスは誤魔化しの声を上げていた。

 それが何を誤魔化したかったのか、彼女にももはや分からない。


「何やってんだ、馬鹿!!!」


 そんなエクスをユーリは怒鳴りつける、その言葉には強い怒りが滲んでいた。

 同じなんだと思った。

 彼も私と同じで、自分のために見知らぬ誰かを見捨てる人なのだと。


「早く助けに行くぞ!!!」


 そんな私を置いて、彼は駆け出していた。

 見知らぬ誰かを助けるために、真っすぐに。

 ドクンと、心臓が高鳴る音が聞こえた。


「何してるんだよ!?俺一人だとやられちゃうだろ!?ほら、エクスも早く!!」


 一人で駆け出した主が、ついて来いと手を差し伸べてくる。

 もはや、迷いはなかった。


「はい、マスター!!!」


 差し伸べられた手を取り、花が咲き誇るように笑顔が溢れてくる。

 その名を口にする事がこんなにも嬉しい事なのだと、私はこの時初めて知ったのだ。

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