問題児
「ギルド長!?いらっしゃったんですか!?」
ギルドの奥の扉から現れたのはこのギルドの主、ギルド長フレッド・リンチであった。
「あぁ、さっき帰ってきたところだがね・・・それよりもトリニア、その書類も彼が?」
「は、はい!ユーリさんが復元してくださいました」
外から帰ってきたばかりのためか羽織っていた上着を脱いだギルド長は、それを近くのスタンドに掛けながら顔を横に向ける。
そこには、つい先ほどユーリの手によって復元された書類が積み重なっていた。
「ほぅ、なるほどなるほど・・・これは素晴らしい」
彼はそこから書類を一つ取り出すと、ざっと内容を眺めて感嘆の声を漏らす。
「さて、先ほどの話なのだが・・・どうだろうか、ユーリ・ハリントン君。うちで働いてみる気はあるかね?」
そしてその書類を元の山に戻した彼はユーリに向き直ると、そう告げる。
その言葉に、ギルド内がざわついていた。
「おいおい冒険者を、しかも元騎士を事務員で雇うなんてありかよ?」
「でもさっきまでの仕事ぶりを見るとなぁ・・・あの能力は魅力だぜ?」
「確かに・・・でも、元騎士様がそんな仕事を選ぶかね?」
囁かれる言葉は肯定半分、否定半分といった所か。
しかしそのどちらであっても、ユーリ自身がこんな仕事を選ぶとは思っていない意見が大半であった。
「本当ですか!?やりますやります、是非やらせてください!!」
だがしかし、ユーリはそれに即答する。
何故なら彼にとって、事務員の仕事こそが天職であったからだ。
「おぉ!では早速正式な契約を―――」
ユーリの返事に、フレッドも喜びの声を上げるとすぐさま正式な契約へと進もうとする。
「だ、誰か助けてくれー!!」
そんなフレッドの言葉を遮るように、このギルドへと誰かが飛び込んでくる。
「っ!?どうされました!?」
「どうされたって・・・強盗だよ、強盗!強盗が出たんだ!!」
「それは大変!!今すぐ誰かを・・・そうだ、皆出払ってたんだ」
ギルドに飛び込んできた男は、強盗が出たのだと叫ぶ。
それに慌てるトリニアは、誰かをそれに向かわせようとギルドの中へと視線を向けるが、そこに冒険者の姿はなかった。
「そんな・・・誰もいないのか?」
トリニアの言葉に、助けを期待した男は絶望に膝をつく。
「おい、何やってんだ!あの二人に頼めばいいだろ!!」
「あの二人・・・?そうだ!!ネロちゃん、プティちゃん!お願い出来る!?」
それに慌てたギルド職員は、トリニアの肩を揺するとある二人の事を示唆していた。
その二人、ネロとプティの存在を思い出したトリニアは、彼女達へと声を掛ける。
「んー?いいよー」
「強盗さんをやっつければいいの?任せて!」
それに二人は安請け合いすると、そのままギルドの外へと向かっていく。
「ほら、エクスも行くよー」
「うむ」
そしてそこにもう一人、金髪の少女も付き従う。
「あぁ、あの二人に任せればもう安心だ」
「そうそう、それより帰った時のための御褒美を用意しておかないとな」
「は?あんな子供に任せるなんて、あんた達どうかしてるんじゃないか!?」
「いやいや、そうじゃないんですよ。あの子達は特別で・・・」
出ていった二人に、ギルド内にはすっかり安心といった空気が流れている。
それに一人、駆け込んできた男だけが戸惑っていたが、彼にもギルド職員がしっかりと詳しい事情を説明をしていた。
「あ、ちょっと待てって!お前達にスキルを付与した紙はあの時一緒に燃えて、もう使えなくなってるんだぞ!?」
しかしそんな中で一人、ユーリだけが二人の心配をしていた。
何故ならば、その二人を強者たらしめていた様々なスキル、それを付与していた書類はあの時焼失し、もはやなくなっていたからだ。
「えっ?一緒に燃えてって・・・どういう事ですか?」
「・・・えっ?あっ!?」
そして心配に思わず上げた声には、ついつい隙も現れてしまう。
ユーリが口にした一緒にという言葉、それはあの原因不明の発火現象、その原因を知っているかのような口ぶりであった。
「ユーリさん、もしかしてあの発火現象について何か知って―――」
失言に口を押えるユーリ、彼を問い詰めようとするトリニア。
「うぎゃああああぁぁぁ!!!?」
そこに悲鳴と、遅れて爆音が響く。
「けほっけほっ!?な、何だ・・・?何が起こったんだ?」
爆音と共に奔った衝撃に、モクモクと煙が立ち込める。
「は?何だこれ・・・?」
煙に噎せ返るユーリが顔を上げるとそこには、半壊したギルドの姿があった。
「さて、何か申し開きはあるか盗人よ?」
そして煙の中を悠然と歩く美しい金色の髪の少女、エクスの姿が。
「も、申し開きだぁ?お、俺は店の女からちょっと小銭を巻き上げただけだぞ!?ここまでされる事かよ!?」
エクスが足を進めるその先には、ギルドの壁にめり込むように倒れ伏している薄汚い男の姿があった。
これまでの経緯から、恐らくそれが先ほどの強盗なのだろう。
「・・・なるほど、小銭を巻き上げただけか」
「そ、そうだ!だから―――」
エクスの問い掛けに、強盗はこんな事をされるほどの罪を犯してはいないと叫ぶ。
それにエクスも軽く頷き、強盗はその姿に希望を見出し表情を明るくする。
「万死に値するな」
そして彼女は冷たく、そう告げた。
「そうだ、やれやれー!やっちゃえ、エクスー!」
「そうだよ!お婆ちゃん、そいつに突き飛ばされて転んじゃったんだから!」
そんなエクスを後押しするように、ネロとプティの二人がその両手を振り回しながら煽っている。
それにゆっくりと、エクスは手にした剣を振り上げる。
そこに込められた力は、今目の前で起こった光景を見るまでもなく明らかだ。
「や、やめ―――」
死の予感に、首を横に振りながら命乞いをする強盗。
当然、エクスはそれを気にも留めない。
「やめろぉぉぉ!!!」
だから、彼がその前に身体を投げ出していた。
「・・・何のつもりですか、マスター?」
目の前に身体を投げ出し強盗の前に立ち塞がったユーリの姿に、エクスはその手を振り下ろす寸前で止めている。
ユーリの背後では、自らの命の終わりを感じ取った強盗が白目を剥いて失神してしまっていた。
「いやいやいや!何のつもりですか?じゃないよ!!どう考えてもやり過ぎでしょ!?」
「理解しかねます。その男はか弱い老婆から金品を奪いました、その罪は万死に値するかと」
「えー、何その蛮族思考・・・?流石に極端すぎるでしょ!」
ユーリの行動の意味が全く分からないという様子のエクスに、彼は流石にやり過ぎだと訴える。
しかしその彼の言葉にも、エクスはきっぱりとその強盗は殺すべきだと口にするだけ。
そんな彼女の態度に、ユーリは頭を抱えてしまっていた。
「ユーリ君、初めて見るが・・・そこの彼女も君の関係者かね?」
そんなユーリに、背後から声が掛かる。
それは、頭の上に瓦礫を積み重ねているギルド長であった。
「えっ?あー、そのですね・・・はい、その通りです」
彼の姿に思わずそれを誤魔化そうとしたユーリはしかし、やがて諦めると項垂れながらそれを肯定する。
「そうか・・・協力に感謝する」
そう短く告げると、彼は踵を返し部下へと指示を出す。
彼の指示によって動いた部下によって、失神した強盗は手早く運び出されていった。
「あ、あのー・・・さっきの話ってどうなりましたかね?」
背中を向け、もはやユーリに興味がないといった様子のギルド長に、彼は未練がましく声を掛ける。
「・・・さっきの話?一体、何の事かね?」
それにギルド長は、首を傾げてはすっとぼけて見せていた。
「ですよねー」
折角手に入れたと思った理想の職場があっという間に目の前から消えたユーリは、乾いた笑みを漏らす。
そんな彼の事を、全く状況を理解していないエクスが心配そうに覗き込んでいた。
「あ、こいつあれですよ。ほらあの指名手配犯の!」
「えっ、本当なの!?」
これ以上暴れられたら堪らないと、エクスごと退散させられたユーリ達。
彼らが去った後、ギルド職員達は現場の片づけと、エクス達が捕まえた犯人の護送を行おうとしていた。
「間違いないですよ!えーっと、何だったっけな・・・あぁ、あれですあれ!取引が禁止されている希少動物を密輸してるとかで指名手配になった!」
「へぇ~・・・希少動物の密輸を。それでこいつは何を密輸してたの?」
白目を剥いて失神している強盗犯、彼はどうやら指名手配されていた犯罪者であるようだった。
それを思い出して声を上げたギルド職員に、もう一人のギルド職員が尋ねる。
「あぁ、それは・・・何でも、琥珀龍っていう幻獣とも呼ばれるような凄い龍種を密輸してたんですって」
「えぇ、龍種の密輸!?よくそんな事が出来たわね、こいつ・・・そんなに腕が立つようには見えないけど」
龍種というのは、ドラゴンの上位種に当たる強大な魔物だ。
そんな魔物を密輸していたと聞き、もう一人のギルド職員は驚きの声を上げる。
「いやいや、その琥珀龍っていうのは兎とかそれぐらいの大きさで、大人しい生き物だって話ですよ」
「何だ、つまんないの」
驚くもう一人のギルド職員に、ギルド職員はその密輸された龍種は危険な生き物ではなかったのだと話す。
それに肩透かしを食らったもう一人のギルド職員は、溜め息を吐いては腰を下ろす。
「おーい、お前ら!いつまでやってんだー、さっさとそっち終わらせてこっち手伝えよー!」
「はいはーい、すぐに終わらせまーす!ほら、早く済ませるわよ!」
「はーい」
そんな二人に周りで忙しく片づけを行っていたギルド職員が、いつまで掛かっているんだと声を掛けてくる。
それに慌てて、二人は腰を上げて作業を急いでいた。
「あれ、翡翠龍だったっけ?」
そうして立ち上がったギルド職員は、ふとそう呟く。
「ほら、サボってないで早く早く!」
「すみませんすみません、今行きますから!」
しかし彼は急かす周りの声にすぐに駆け出し、その事を次の瞬間には忘れてしまっていたのだった。




