就職活動
「へぇ、うちで働きたいって?で、これは?」
そう口にしながら、目の前の壮年の男性は椅子に座り手元の書類を掲げて見せた。
スキル「書記」の能力を生かすにも、単純に好きな仕事という理由でも、ユーリが求める職場は事務員が必要な職場だ。
そんな彼にとって狙い目の職場とは、家族経営のようなこじんまりとした商店ではなく、多くの人員を必要とする商会や組織であった。
そしてユーリはそんな商会の一つに就職を申し込み、その人事採用担当者に奥の部屋へと通されたのだった。
「え?あ、履歴書です。必要かと思って作ってきたんですけど・・・」
「へー、これ履歴書なんだ。都会の方だとこういうの必要になるんだねぇ、別にいいのに。ま、折角だし読ませてもらうけど・・・んんっ!?」
「っ!?な、何か変な所ありましたか!?」
ユーリが自らのスキル「書記」を使用して用意した履歴書。
それを手にしては怪訝そうに眉を顰める商会の人事採用担当者は、どうやら履歴書というものを初めて目にしたようだった。
そんな彼が履歴書のある部分へと目を向けると、突然驚いたように声を上げる。
「君ぃ!この前歴って所に、黒葬騎士団ってあるけど・・・それ本当なのかね!?嘘をついてるんじゃ―――」
「あ、何だ。それなら本当です、僕・・・じゃない、自分はつい先日まで黒葬騎士団で騎士をやっていました」
「ほら、やっぱり嘘じゃないですか!この国の誇りである黒葬騎士団の名を騙るなどけしから・・・えっ、嘘じゃない?本当に、黒葬騎士団に?」
「はい、本当です。何なら確認してもらっても・・・」
どうやら彼は、ユーリの前歴が黒葬騎士団であることに驚いていたようだ。
そして余りの驚きにそれを嘘だと決めつける彼に、ユーリは不思議そうな表情で嘘じゃないと断言する。
「いやいやいや!!黒葬騎士団の元騎士様に、そのような事するなど滅相もない!!えぇえぇ、信じますとも!いえ、始めから疑ってなどいませんとも!えぇ、はい!!」
ユーリが元騎士であり、しかも黒葬騎士団の所属だったと知った採用担当者は急に手の平を返すと、へりくだった態度で両手を激しく揉み合わせている。
「えぇと、それで・・・採用の方はどうなるんでしょう?」
「えぇえぇ!それはもう採用ですとも!!」
「あぁ、良かった」
強くこぶしを握り締めそう断言した採用担当者に、ユーリは胸を押さえて安堵する。
「ユーリ様ほどのお方となれば、いきなりキャラバンの護衛隊長を任されましょう。いや、もはやそれを通り越して一気にエリアの護衛責任者にも・・・いやはや、うちも丁度販路を拡大したばかりで、ユーリ様のように腕の立つお方は大歓迎なのですよ!!」
そして彼は口にする、ユーリのような腕の立つ護衛は大歓迎なのだと。
「えっ?あの自分、事務員希望なんですけど・・・?」
そう、ユーリは元騎士でありながら、事務員での就職を希望していたのだ。
「はっ?事務員?護衛や、警備責任者ではなく?」
「はいっ!書類の整理でも、経理の仕事でも何でもやりますのでどうか―――」
ユーリが騎士としての腕前を使う職業でなく、全く関係のない事務職を希望していると知って固まる採用担当者。
ユーリはそんな彼に、頭を下げては何とか頼み込んでいた。
「いや、それはちょっと。騎士様にそんな仕事させる訳には、ねぇ?」
しかし、現実は非常である。
採用担当者が欲しいのは腕の立つ元騎士なのであって、元騎士という変わった経歴の事務員ではないのだ。
「そう、ですか。その、ありがとうございました」
採用担当者のその困ったような表情に、もうこれ以上芽がないと悟ったユーリは彼に一礼すると、その場から立ち去ろうと踵を返す。
「あーでも、そっか・・・最近一人辞めたんだったか、事務員の子が。その代わりでいいなら、ありますけど事務の仕事」
「っ!?本当ですか!?やります、やらせてください!!」
この場から立ち去ろうとするユーリに、採用担当者が何かを思い出したかのようにポツリと呟く。
その内容に、ユーリは思わず飛びついていた。
「ほ、本当にいいんですか?騎士様がやるような仕事じゃないですよ?地味ですし、給料の方も大して出せませんが・・・」
「いいんです、事務の仕事さえやれれば!!」
「はぁ・・・ユーリ様がそれでいいなら。それじゃ、また明日この時間に来れますか?」
「はい、勿論です!」
地位も名誉も給料も低い仕事に飛びついては涙を流さんばかりに喜ぶ元騎士の姿に、採用担当者はドン引きした様子で戸惑っている。
そんな彼の事などお構いなしに、ユーリは輝かんばかりの笑みを見せていた。
「はー、よしよしやったぞ・・・どこも元騎士、元黒葬騎士団ってだけで過度に持ち上げておいて、こっちが事務仕事希望だって知った途端、手の平返しからのお断りばかりだったもんな・・・十数か所目にしてようやく、ようやく希望の仕事に。うぅ・・・」
採用担当者に軽く頭を下げ、そのまま帰路につこうとしていたユーリは、その途中に思わず感極まり立ち止まる。
その背後では、何やら慌てた様子のこの商会の関係者が駆け込んできていた。
「ちょ、ちょっとそれ見せてもらってもいいですか!?」
「えっ、なに?そんなに慌てて・・・それって、この履歴書の事?別にいいけど・・・」
「いいから早く!!ふんふん・・・あぁ、やっぱり!?」
「やっぱりって、何よそんな大声なんて出して?えっ、耳を貸せって?一体何が・・・えっ!?あのオブライエン家の人間!!?」
慌てた様子で採用担当者へと駆け寄ってきた関係者は、彼の手からユーリの履歴書を引っ手繰るとその一部分、つまり彼の名前を記している部分を凝視する。
そしてそんな彼から耳打ちをされた採用担当者は、そこに書かれていた事実を叫んでいた。
そうユーリが、あのオブライエン家の子息であるという事実を。
「えっ、しかも勘当されたって・・・それ、不味くない?そんなのうちで雇っちゃ、不味くない?」
「だから、不味いんですって!!」
「そうだよねぇ・・・じゃ、やっぱりこの話なかった事に・・・って、あっ」
更にユーリがそのオブライエン家から勘当されている事実を耳にした採用担当者は、彼を雇うリスクを鑑みてそれを取り止めようと考え始める。
そんな彼が視線を巡らせた先には、その話しをばっちり聞いてしまっていたユーリの姿があった。
「えーーーっと、まぁ・・・そういう事なんで、ごめんね?」
「・・・はい、分かりました」
全てを聞いてしまったユーリに、今更彼らの判断に異を挟むことなど出来ない。
気まずそうに頭を掻いている採用担当者に、ユーリは一言告げると頭を下げる。
そして彼は静かにその場から立ち去り、扉を閉めていた。