ユーリのいない騎士団
リグリア王国首都、王都クイーンズガーデン近郊の要塞オールドキープ、通称「狼の巣」と呼ばれるその場所で、一人の騎士が小走りで駆けている。
「おっ、早いな。例の仕事はどうしたんだ?」
その騎士が向かった先には、彼と待ち合わせをしていたのか別の騎士が待っており、片手を上げて声を掛けてくる。
「ははっ、そんなのあいつに押し付けたに決まってるだろ?」
「あいつ?あぁ、あの『ドブ生まれ』か」
「そうそう!あんな奴がこの騎士団にいるだけでも迷惑なんだから、これぐらいは働いてもらわないとな!」
合流した騎士に同僚は、任されていた仕事はどうしたんだと尋ねる。
それに彼は仕事を誰かに押し付けたと笑うと、周りの者達もあぁあいつかと納得し、馬鹿にしたような笑い声を響かせていた。
「・・・自分に与えられた仕事も満足にこなせない騎士の方が、迷惑なんじゃないですか?」
そんな彼らの横を金髪の美青年が通り過ぎ、ぼそりと呟く。
「あ?マルコムお前・・・今、何か言ったか?」
それに彼らは立ち止まると、その中のリーダー格の騎士が苛立った様子で横を通り過ぎた金髪の騎士、マルコムに因縁をつけていた。
「いえ、何も?あぁ、何か誤解させてしまいましたか?でしたら謝ります」
そんな彼らにマルコムは爽やかに微笑むと、先手を打って頭を下げていた。
「・・・ちっ!おい、行くぞ!!」
「えっ?いいのかよ?ちょ、待ってくれよ!」
頭を下げたまま動かないマルコムの前に沈黙していたリーダー格の騎士は、小さく舌打ちを漏らすとそのまま踵を返す。
それに周りの騎士達も慌てて彼の後を追っていた。
「ふんっ、下賤な犬同士が群れやがって」
周りの騎士達も合流し、この馬鹿立ち去ろうとしているリーダー格の騎士は一度振り返ると、そう捨て台詞を吐く。
「低い立場に生まれた者と、そんな弱い立場の者を叩くしか出来ない奴ら・・・どっちが下賤だ」
彼らの姿が見えなくなるまで頭を下げて続けていたマルコムは、その姿勢のままそう呟く。
そして彼はまるで汚いものを払うように髪を払うと、速足でどこかへと向かっていくのだった。
「休暇から帰ってすぐに仕事なんて、随分と熱心なんだなシーマス・・・押し付けられたんだろ、その仕事」
オールドピーク要塞の執務室、少し前までほとんどある人物一人の専用となっていたその部屋の壁にもたれ掛かり、マルコムはそう声を掛ける。
「マ、マルコム!?びっくりさせないでくれよ・・・はははっ、実はそうなんだ。でも僕はこの騎士団に置いてもらってるだけでも有難いぐらいの立場だから、これぐらいやらないと」
「・・・それとこれとは別の話だろ」
その声にびくりと肩を跳ねさせたのは、黒髪で幼い顔立ちをした眼鏡の青年だ。
シーマスと呼ばれたその青年は、申し訳なさそうに頭を掻くとマルコムの言葉を肯定する。
「うーん、そうかな?でもさユーリが抜けて事務仕事も溜まってるし、誰かがこれを片付けないと・・・知ってる?ユーリって、これを一人でこなしてたんだって。信じられる?」
「あいつは、それしか取り得がなかっただけだろ?・・・どれくらい残ってるんだ?」
目の前の机に山積みされている書類の量を示し、少し前までこの部屋の主であったユーリの仕事量の凄さを表現するシーマスに、マルコムは吐き捨てるようにそう告げる。
「え?えーっと、そうだな・・・ここいら辺りまでを今日中に片付けようかと思ってるんだけど」
「なら、二人でやれば昼過ぎまでには終わるな」
山積みになっている書類から、今日やる分の書類をより分けているシーマスに、マルコムは彼の隣の席へと腰を下ろす。
「マ、マルコム!?」
「・・・何だ、やらないのか?」
「う、ううん!やるよ、やる!!よーし、昼までには終わらせるぞー!!」
突然隣に座り、仕事を手伝う様子を見せたマルコムにシーマスは驚く。
そんな彼に疑問を口にしたマルコムに、彼は思いっきり首を横に振って否定すると、こぶしを握り締めては気合を滾らせていた。
「・・・それは無理だろ」
そんな彼の事をマルコムは鼻で笑うと、目の前の仕事に取り掛かる。
それに慌てて、シーマスも仕事に取り掛かっていた。




