ギルドのアイドル
「あ!おかえりなさい、ユーリさん!」
建物への来場者の存在を告げるベルの音に、ギルドのカウンターで作業をしていたトリニアは顔を上げる。
そしてそこに現れた人物が誰か分かると、彼女は笑顔で出迎えの言葉を投げかけていた。
「おっ、ユーリ御一行のご帰還かい!どうだい、今日の成果は?」
「えっ?えーっと、まぁぼちぼちです」
「はははっ、謙遜すんなって!!どうせ今日もたんまり稼いできたんだろ?全く、羨ましいねぇ!!がはははっ!!」
トリニアが視線を向けた先には依頼を終えて帰ってきたからか、少し疲れた様子のユーリ達の姿が。
彼らには、早めに仕事を終えギルドでたむろしていた他の冒険者達からも声が掛かる。
その声は、ユーリ達の実力をすっかり認めたものであった。
「きゃー!!ネロちゃんプティちゃん、帰ってきたのー?ほら、こっちおいでこっちおいで!」
「んー?お菓子くれるならー」
「っ!!そ、それなら、ほら!一杯用意してあるから!!ね、ね!?」
「ちょっとあんた!?何独り占めしようとしてんのよ!!ほら二人とも、こっちにもあるからねー?」
ユーリと一緒に帰ってきたネロとプティは、ギルドへと足を踏み入れるとすぐにその中へと駆けていく。
そんな二人に対して、ギルド内で彼女達の帰還を待ち望んでいた女性冒険者達が一斉に声を掛ける。
その手元には思い思いのお菓子や食べ物、そして玩具が握られていた。
「ねー、プティちゃん?今日はどんなお仕事してきたのー?」
「はむはむ・・・えっとーね、今日は何かおっきい奴をネロと二人でやっつけたんだよ!えーっと、何て言うんだっけー?」
「フォレストオーガだろー?そんなのも分かんないなんて、プティは馬鹿だなー」
「むー!プティ、馬鹿じゃないもん!!」
ネロとプティ、そのそれぞれに気に入られ彼女達を自らの膝の上に乗せる栄誉を賜った女性冒険者に、周りの女性冒険者達は羨望と嫉妬の視線を向けている。
そんな彼女達の真ん中で、ネロとプティは思い思いのお菓子を頬張りながら楽しそうにじゃれ合っていた。
「えっ?フォレストオーガって、あの?そこら辺の兵士なら、一部隊は軽く壊滅させるっていう?」
「う、嘘でしょ?やばくない・・・?」
そんな二人が気軽に口にした魔物の名前に、周囲の冒険者達がざわついている。
しかしそんな周りの様子など気にも留めずに、二人は目の前の献上品を堪能していた。
「ふふふっ、二人ともすっかり皆のアイドルですね」
「はははっ、あいつら遠慮を知りませんから。おーい、二人ともー!あんまり我侭言って、お姉さん達に迷惑かけるなよー」
「「はーい!」」
ネロとプティを中心に、その周りに人が集まりこうして賑やかに騒ぐこの構図は、ここ最近のギルドではすっかりおなじみの光景となっていた。
その光景へと目線を向けながらニッコリと微笑むトリニアに、ユーリは苦笑いを漏らしながら謙遜を返す。
そんなユーリの注意にも、二人は手をひらひらと振っては気のない返事を返すだけだった。
「これ、お願いします」
「あ、はい。依頼の清算ですね?」
「はい。受付、お一人なんですか?大変ですね・・・」
「えぇ、先輩が謹慎になっちゃったんで・・・でもですね、もうすぐ応援が―――」
ユーリは依頼が完了した証拠に、その討伐した魔物の身体の一部をカウンターへと差し出す。
それを受け取ったトリニアの横には、いつも目にした黒髪の女性の姿がない。
「きゃー!!?先輩、それ先輩のお子さんですかー!?」
「そうだよー、可愛いでしょー?」
「えー、何か月何ですかー?」
「えっとねー、丁度半年ぐらいかなー?」
それを気にするユーリに、トリニアが応援が来ると話そうとしていると、その背後から黄色い歓声が上がる。
それは彼女の背後に、赤ん坊を抱えた金髪の女性が現れたからであった。
「先輩、来てくれたんですか!」
「うん、来たよー。何かレジーの奴がとちったって聞いたけど、マジ?」
「・・・マジです」
「あはははっ!!あいつ昔っから、そういう所あるんだよねー。仕事は出来るんだけど」
ギルド職員に囲まれているその女性の姿に、トリニアは立ち上がる。
そして彼女もトリニアの下へと歩み寄ると、その隣の席が空いている事に豪快に笑い声を上げていた。
「まぁ、同期の好みって訳でもないけど。あいつが抜けた分の穴は私が何とか・・・ん、何だいこのおチビちゃん達は?」
同期であるレジーが抜けた分の穴を埋めると告げる女性は、肩を回しては仕事に取り掛かろうとしている。
そんな彼女の足元に、目をキラキラと輝かせたネロとプティの姿があった。
「あ、先輩。その二人は―――」
「ねーねー、おばさん!!それ何、それ何ー?」
「わー!小っちゃくて可愛いー!」
冒険者ギルドという場所には相応しくないその二人の姿に、赤ん坊を抱えた女性は不思議そうに首を傾げている。
そんな彼女に対してトリニアが事情を説明しようとするが、それよりも早く二人が声を上げていた。
「はははっ!何だいおチビちゃん達、赤ん坊を見るのは初めてかい?」
「赤ん坊って言うの?うん、初めてー!」
「お手手もちっちゃーい。わー、わー・・・!」
赤ん坊を見るのも初めてという反応をする二人に、女性は楽しそうに笑い声を上げる。
「そうかいそうかい・・・なら、一度抱いてみるかい?」
「「いいの!?」」
赤ん坊を前にその目をキラキラと輝かせている二人に女性は優しく微笑むと、二人の前に赤ん坊を差し出して見せる。
「先輩、いいんですか!?」
「いいのいいの、こういうのは子供の内に経験しとくもんさ。ほら、気をつけて。そっと抱くんだよ」
初めて会ったばかりの二人をあっさりと信用し、自らの子供を預けようとする女性にトリニアは驚き声を上げる。
そんなトリニアの懸念を軽く笑い飛ばした女性は、二人に赤ん坊を預けていた。
「「わー・・・」」
いつもは些細な事で争い衝突する二人も、この時ばかりは大人しく二人の手でしっかりと赤ん坊を抱える。
「どうだい、案外軽いもんだろう?」
「うん。でも、重たいね」
「重たい?あはははっ!!そうだろそうだろ、うんとその重さを味わいな」
二人の目線の高さに合わせて膝を折った女性は、彼女達の口から漏れた言葉に豪快に笑い声を上げる。
そして彼女は二人の頭を優しく撫でると、無言で赤ん坊を見詰める二人の様子を見守っていた。
「「ありがとー、おばさん!」」
「はははっ、どういたしまして。また抱きたくなったら、言いなね」
「「うん!」」
一頻り赤ん坊の感触を堪能した二人は、それを女性へと返す。
「「ねーねー、おとーさん」」
「ん、どうしたんだい二人とも?」
赤ん坊を女性に返した二人は、ユーリの下へと駆け寄ってくる。
彼女達はユーリの服の裾を引っ張っては、何やらおねだりをしたそうにしていた。
「ボク、
赤ちゃんが欲しい!!」
「私、
「ぶーーーっ!!?」
そして二人は、そんなとんでもない爆弾発言をかます。
「は?赤ちゃんって・・・やっぱりあの人、そっち!?」
「ふざけんじゃないわよ!!私のネロちゃんとプティちゃんに、手を出したらただじゃおかないんだから!!」
二人の爆弾発言に湧き上がるギルド内、それらは全てユーリを敵視する声だった。
「ち、違いますから!!い、妹だよな!?妹か弟が欲しいって事だよな、二人とも!!?」
「あー、そうかも。ボク、妹が欲しいなー。そしたら一緒に遊んであげるの」
「うん、私も妹が欲しい!」
突き刺さるような鋭い視線の数々にユーリは必死に言い訳をすると、二人にもそれに同意するように求めている。
それに二人は、あっさりと意見を覆していた。
「はははっ、そうだよな!妹だよな、妹!そ、そういう事なので皆さん!誤解をお招きして、申し訳ありませんでした!」
二人が口にした事に、何だそうだったのかと納得の空気が広がるギルド内。
そしてそれを強調するようにユーリが声を上げると、一気に事態は沈静へと向かう。
「え、えっと、トリニア?清算はまだかな?悪いんだけど急いでもらえると―――」
それでもまだ、こちらに向かって鋭い視線を向けてくる女性冒険者の姿はチラホラと見られた。
ユーリはそれから早く逃れようと、トリニアに清算を急がせる。
「とっくに終わってますけど?さっさとそれ受け取って、帰ったらどうですか?」
それに答える、トリニアの声は冷たい。
彼女は乱暴な動作で、報酬の詰まった硬貨袋をカウンターの上に投げつけていた。
「え?な、何かいつもと態度違くない?」
「は?普段通りですけど?」
「そ、そうですよね!?失礼しました!お、おい!二人とも帰るぞ!・・・あれ、あいつらどこ行ったんだ?」
そのいつもと違う態度をユーリが指摘すると、トリニアはさらに冷たい視線を彼に向けるだけ。
その迫力にさっさと退散する事に決めたユーリがネロとプティに声を掛けるも、そこに二人の姿はなかった。




