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進撃のフェルデナンド

 バスカス平原、森の木々の向こうにカンパーベック砦の塔の先端が覗くその場所には、王都への侵攻を防ぐように展開する兵士達の姿があった。

 王位の簒奪を狙ったルーカスは脆くも敗れた、では何故彼らはこんなところで軍を展開しているのか。

 その答えは、彼らが視線を向ける先にあった。


「あ、あんな大軍、勝てる訳がない・・・」


 バスカス平原に展開するリリーナ達の兵、彼らは一様に同じ方向へと目を向けていた。

 そこにはその平原を埋めつくすような兵がこちらへと猛然と前進し、激しい土埃を立てていた。


「に、逃げろ・・・逃げろぉぉぉ!!」


 その声が切欠となり、兵士達は武器を捨て鎧を脱ぎ捨て、さらには重りなるものを投げ捨てては、全てを捨てて逃げ出していく。

 そこには程なくして地平を埋め尽くすような兵が到着していた、彼らの多くは金の杯を咥えた熊というレンフィールド家の家紋を刻まれた旗を掲げていたのだった。


◇◆◇◆◇◆


「ははははっ!何だ、やってみると案外簡単じゃないか!!」


 尻尾を巻いて逃げ出していく敵軍に、フェルデナンドはその金髪をかき上げながら高らかに笑った。


「なぁ、コーディー!君もこっちに来て・・・どうした、不満そうじゃないか?」


 興奮しているためか普段の上品な表情や態度が剥げ落ち、どこか凶暴な様相をその顔に浮かべているフェルデナンドは、この光景を齎した相棒へと声を掛ける。

 しかし彼が手を伸ばして呼びかけた先には、不満そうな表情を浮かべたコーディー・レンフィールドが待っているだけだった。


「・・・どうした、ではないでしょう!分からないのですか、フェルデナンド様?あれですよ、あれ!」


 フェルデナンドが手綱を振って彼の下へと近寄っても、コーディーは恨みがましい視線を向けるばかりで暫くは沈黙を保っていた。

 そしてようやく口を開いた彼は、背後を振り返るとある一点を指し示していたのだった。 


「あれ?あぁ、彼の事か・・・」


 そこには多数の貴族に囲まれ、それらに何やら忙しく指示を出しているジーク・オブライエンの姿があった。


「私は、あれを追い落とすために殿下に協力しているのですぞ!?それなのに・・・これでは意味がないではありませんか!?」


 レンフィールド家はかねてよりオブライエン家をライバル視しており、何かにつけて彼らを追い落とそうとしていた。

 それは同じ四大貴族でありながら、オブライエン家は筆頭ととして特別な地位にある事と無関係ではないだろう。

 さらにジークが当主となってからのオブライエン家はさらに存在感を強めており、今では四大貴族とはオブライエン家とその他の三家というのが大衆の認識であった。

 その状況を何とか覆そうとフェルデナンドに協力しているコーディーからすれば、今の状態はとてもではないが許容出来ないものなのである。


「私とてルーカスがこの場にいる事に耐えているのだ、君も堪えてくれないか?」

「ルーカスなど所詮は負け犬、ただの敗残者ではないですか!!あんなもの何の障害にもなりはしない!しかし、ジークは違う!!あれは猛毒の牙を隠した蛇ですぞ、放っておけばいずれ殿下にも牙を剥きましょう!今の内に対処しておくべきです!!」


 ジークとルーカスでは役者が違うと、声を張り上げるコーディー。

 その歯に衣着せぬ物言いを耳にした当の本人であるルーカスは何とも言えない表情で遠くからコーディーの事を見詰めていたが、彼はそれに気づく様子はなかった。


「・・・彼がいなければ、これ程の兵は集められなかった」

「それならばルーカスの連れてきた兵でも事足りるでしょう!?それでも足りないのならば、私がさらに兵を出してもいい!それで良いではないですか!!」

「しかし彼が連れてきたのは敵方の兵だ、その意味は大きいだろう?彼がこちらに下っていなければ、この戦いとてこうも簡単にはいかなかった」


 確かに兵ならば、コーディーにも揃えられるだろう。

 しかしジークが引き連れてやって来たのは、本来ならば敵方に回る筈の兵なのだ。

 その効果は余りに大きい、現に彼らは今まさにその効果を目の当たりにしたばかりなのだから。


「ぐっ!そ、それは・・・」


 無血での勝利、その事実を目の当たりにしたばかりのコーディーはフェルデナンドに言い返すことが出来ない。


「理解してくれたようで嬉しいよ、コーディー。何、心配することはない。この戦いに勝利すれば私は王になる、その暁には君に好きなポストを用意するさ。その後ならば、あの男など君の好きに出来るだろう?」


 言葉に詰まり押し黙ってしまったコーディー、フェルデナンドは彼の肩を軽く叩くと手をひらひらと振りながら去っていく。


「殿下、少しよろしいでしょうか?今後の方針なのですが・・・」

「あぁ、ここで聞こう。話してくれ、オブライエン卿」


 そんな彼にジークが歩み寄ると、今後の方針について相談を持ち掛ける。

 フェルデナンドもその話に真剣に耳を傾けており、その姿はまさに側近と主といったものであった。


「殿下が王となった後で除けばいい?しかし殿下、その時にはその男もお取立てになるのではありませんか?」


 ジーク・オブライエンの優秀さは、彼をライバル視しているコーディーとて良く存じていた。

 だからこそ、そんな彼を政権を取った後のフェルデナンドが放っておく筈がないと彼は知っていたのだ。


「よし分かった、そのようにしよう。皆聞いてくれ、次の目標が決まった!」


 現に、フェルデナンドはジークの意見を参考にし、その言葉通りに軍を動かしている。

 その男が、未来の宰相やそれに準じる立場にならないと誰が想像するだろうか。


「カンパーベック砦へ!王都の守りの要である、あの砦を落とすぞ!!」


 ジークの指示を受け、その場に集まる貴族達の前へと進み出たフェルデナンドは手を伸ばすと次の目標について堂々と宣言する。

 それはカンパーベック砦、王都の守りの要であるその砦であった。


◇◆◇◆◇◆


 新たなる、さらに大きな目標が示されたことで周囲からは雄たけびのような歓声が上がる。

 それは彼らがこれまで、連戦連勝でここまでやって来たことも影響しているだろう。

 その熱気に浮かされたような光景を一人、怨めしい表情で眺める男がここにいた。


「不味い・・・不味いぞこれは!!」


 その男、ルーカスはその大きな身体をわなわなと震わせながら叫ぶ。


「このままでは全てフェルデナンドに持っていかれてしまうではないか!!おい、これは一体どういう事なのだパトリック!?説明しろ!!」


 ルーカスは大敗の後、失地回復のためにフェルデナンドと合流したのだ。

 しかしこのままでは彼はフェルデナンドにいいように利用されただけで、何もいいところなく終わってしまう。

 それに納得がいかないルーカスはそれを唆した男、パトリックへと迫る。


「・・・ジーク・オブライエンがこちらにやってくるなど予想外でしたから。それに私が言ったことも間違ってはいなかったでしょう?ルーカス様を頼って、多くの貴族が集まってきたではないですか」

「それも今やフェルデナンドの手下となったわ!!我はまんまと利用されただけではないか!?」


 唾を飛ばす勢いで食い掛ってくるルーカスに、パトリックは軽く肩を竦めるだけ。

 彼はジークがこちらにやってくるなど予想外だったと開き直ると、自分が言ったことも間違ってはいなかったと口にした。

 確かに彼が言う通り、かつてルーカスの下に身を寄せていた貴族達の多くが彼を頼ってやって来た。

 しかし彼らのほとんどは今や、フェルデナンドの下についてしまったのだ。


「今のままでは、そうなってしまいますね」

「・・・今のままでは、だと?何か策でもあるというのか、パトリック!?えぇい勿体ぶらずに、早く教えるのだ!」


 ルーカスの手からぬるりと抜け出したパトリックは、彼の背後に周りながらそう意味深に囁く。

 その言葉に、ルーカスは期待に目を輝かせると勢いよく振り返っていた。


「エマスン家を取り込むのです」


 振り返れば目の前に、蛇のように嗤うパトリックの姿があった。

 そして彼は囁く、エマスン家を取り込めと。


「今のフェルデナンド様の勢いも、レンフィールド家の力あってのもの。であれば、同じ四大貴族の一つ、エマスン家を取り込んでしまえばいい。幸いあの家は今だどちらの勢力にも組することなく日和見を決め込んでいます。彼らを取り込めば、同じく日和見を決め込んでいる貴族達も取り込めるでしょう。そうすれば・・・」

「お、おぉ!我がこの勢力の主導者になれるという事だな!!よし、では早速・・・手紙だ、エマスン家に手紙を書くぞ!!えぇい、誰かいないのか!早くペンを持て!!」


 またしてもパトリックの手の平の上で踊らされるルーカスは、彼が言うままに動かされる。

 早速、エマスン家を動かすための手紙の執筆へと取り掛かるルーカスの姿に、パトリックは満足げな笑みを浮かべていた。


「勿論、それが上手くいけば・・・ですがね。さてさて、どうなる事やら」


 ルーカスがドタドタと慌ただしい足音を立てながら去っていくのを見送ったパトリックは、口元に指を添えながらそう一人呟く。

 蛇のような長い舌をチロリと覗かせて嗤う彼の目は、ジーク・オブライエンに吸い付いてそこから動くことはなかった。

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