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名将は二人いた

「チェックメイト」


 リグリア国王都クイーンズガーデン、その最終防衛拠点となるカンパーベック砦からしばらく、最近の戦況によって前線を押し上げた地点の野営地、そこに彼はいた。

 懲罰部隊に回される物資というのは、その部隊の性質からしても余りいいものとは言えない。

 それが反映されているのか、この幕舎を構成する素材や内装、それらはユーリ達が使っているものと比べて質のいいものであった。

 しかしその中の様子よく言えばこざっぱりとしており、必要最低限といったものしか置いていなかった。

 そこがユーリ達の幕舎と違う所だったが、ユーリ達のそれも主にシャロンがお洒落だからという事で持ち込む小物がメインであり、後はデズモンドのトレーニング器具が数点といった有様だったのであるが。


「ややっ!?これは参りましたな、うむむ・・・」


 幕舎の真ん中に設けられた小さなテーブルを挟んで、金髪の美青年と白髪の老騎士が向かい合っていた。

 彼らが興じているのは、チェスのようなボードゲームだ。

 金髪の美青年、マーカス・オブライエンが動かした駒と口にした言葉に、老騎士はぴしゃりとその広くなった額を叩くと悩ましげな唸り声を漏らしていた。


「はははっ!時間はたっぷりとあるんだ、ゆっくり考えるといい・・・っ!?」


 追い詰められた様子の老騎士にマーカスはさわやかに笑うと、幾らでも時間をかけていいと優しく声を掛ける。

 その間に何か書類仕事でも片付けようと思ったのか、視線を横に向けた彼は何かに驚くと慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。

 目の前の若者の激烈な動きに老騎士も一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、その視線の先へと目を動かすと彼とすぐに同じ姿勢を取っていた。


「楽にしてください、そんな態度を取られては慰問の意味がありませんから」

「はっ、ですが陛下・・・」


 彼らの視線の先そこにいたのはこのリグリア国女王、リリーナ・クレイ・リンドホーム=エルドリッジであった。

 彼女はその眩い金髪を王冠ではなくその美しい髪に相応しいティアラで飾り、戦場での装いながら気品を感じさせる鎧で身体の一部を飾っていた。


「リリーナも普段の執務やこの長旅で疲れていますの。ここは身内みたいなものだけなのですし、少しは休ませて上げてくださいませ」

「あ、あぁ・・・それなら」


 リリーナの許しを得ても不動の姿勢を崩さないマーカスに、彼女の後ろに控えていたオリビアがスッとマーカスの下へと歩み寄るとその耳元で囁く。

 その囁きにリリーナの顔へとチラリと視線を向けたマーカスは、そこに僅かだが疲れの色を見つけていた。


「ありがとう・・・これは、お二人が?どちらが優勢なのですか?」


 リリーナの疲れの色を察し姿勢を崩したマーカスは、老騎士にも目配せすると姿勢を崩すように促している。

 楽な姿勢を取った二人にリリーナは微笑むと、彼らが先ほどまで興じていたボードゲームを覗き込む。


「はははっ、優勢などというものではありませんな!私の完敗でございます陛下」


 リリーナの質問に老騎士が気持ちのいい笑い声を響かせると、先ほど見せたのと同じ額を叩く仕草をし自らの敗北を誇るように白状していた。


「そう。私の騎士は、盤面の上でも名将という事ですね」

「そ、そんな滅相もございません!私など父上・・・宰相閣下には一度も勝利したこともない、まだまだ未熟の身でございますので!」


 老騎士の言葉にリリーナはニコリと微笑むと、マーカスに笑い掛ける。

 彼はそれに顔を真っ赤に染めるとそれを隠すように頭を下げ、ひたすら自分など大したことはないと主張していた。


「ふむ・・・若にそう言われますと、私などは立つ瀬がなくなってしまいますなぁ」

「え?い、いや!僕はそんなつもりは!?」

「ふふっ、人の誉め言葉は素直に受け取っておくものですよマーカス。あら、どうしたのオリビア?」


 しかしその主張は、彼に負けた老騎士の下げる結果にもなってしまっている。

 それを老騎士がわざとらしく口に出せば今度はマーカスが追い込まれる形となってしまい、慌てる彼の姿にリリーナは口元を隠して優しく微笑んでいた。


「・・・これ、どちらがマーカスのものですの?」


 リリーナの言葉に三人がそれぞれに笑みを浮かべていると、彼女の侍女であるオリビアがボードゲームの盤面をじっと覗き込んでいた。

 彼女はそれを覗き込みながら、どちらがマーカスの手駒なのかと尋ねる。


「え?こっちだけど・・・」

「それはおかしいですわ、だってこうすればこちらの勝ちですもの」


 不思議そうな表情でそれを教えるマーカスに、オリビアはそれは有り得ないと首を横に振った。

 そして彼女はボードゲームの盤面で駒を動かすと、彼とは反対側の勝ちだと示して見せていた。


「え、本当に?」

「どれどれ・・・ほほぅ!?これはこれは・・・まさかこんな手があったとは」


 オリビアが口にした言葉にマーカスは驚き、彼女が動かした盤面を覗き込む。

 それにつられて盤面を覗き込んだ老騎士は、その盤面を読み込むと感嘆の声を漏らしていた。


「では、本当に?」


 オリビアが打った手に感心するように何度も頷いている老騎士、その横ではマーカスが参ったなと頬を掻いている。

 その姿を目にすれば誰でも分かるだろう、オリビアが逆転の一手を打ち、勝敗が翻ったのだ。


「えぇ。どうやら陛下、ここにもう一人名将がいたようですぞ」


 信じれないという表情でオリビアと二人の姿を交互に見つめるリリーナに、老騎士はにっこりと微笑むとそう告げる。

 その背後では、オリビアがとても得意げに渾身のドヤ顔を披露していたのだった。

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