そして家族になる
「これは・・・どういう事なんですか、女将さん!?」
二人の兵士と思われる男に組み敷かれているユーリは、その体勢のまま何故なんだとマイカに尋ねる。
ネロとプティの二人はその兵士達にユーリを放せと挑みかかっていたが、流石は鍛えられた兵士達か、その程度では彼らはびくともしなかった。
「どういう事?本気で言ってんのかい、あんた?」
「えっ?」
ユーリの必死の問い掛けにも、マイカは悪びれた様子も見せない。
それどころか彼女は、ユーリに対して見下げ果てたかのような視線を向けていた。
「はぁ・・・察しが悪いねぇ。いいかい?突然若い男の部屋から見知らぬ女の子が二人、しかも素っ裸で出てきたんだ、通報するのが市民の義務ってもんさね。それとも何かい?何か言い訳でもあるってのかい!?」
「ぐっ!?そ、それは確かに・・・」
部屋を貸していた若い男の部屋から見知らぬ女の子が裸出てきた、だから通報したのだとマイカは口にする。
その理屈は余りにもっとも過ぎて、ユーリは黙るしかなかった。
「はっ、言い訳はなしかい!じゃあとっとと、その誘拐犯を連れてっておくれ!こんなのに部屋にいられちゃ、こっちは商売あがったりだよ!!」
口を噤んだユーリに、それを見たマイカは彼を取り押さえる兵士を促し、さっさと彼をこの場から退去させようとしていた。
「ちょ!?ま、待ってくれ!!?俺はやってない、やってないんだ!!信じてくれ、本当に俺はそんな事・・・!」
兵士達に両脇をがっちり固められ運ばれようとしているユーリは、必死に自らの潔白を叫ぶ。
「今更、そんな理屈が通ると思ってるのかい!?この状況が全てを説明してくれてるってもんさね!それとも何かい?この二人は勝手に押しかけて来ただけで、あんたとは何の関係もないって言うのかい!?」
「うっ!?そ、それは・・・」
それは無理筋だ、そう理解しユーリは口を噤む。
「まぁ、それもない話ではないさね。近頃は自分の子供をそうして使う親もいるって話だ。ましてやこの子らは獣人、金に困ってたって不思議じゃない・・・そういう事かい、あんた?」
しかし助け船は、意外な所からやってきた。
マイカは自分で有り得ないと口にした展開を、なくはないと自ら否定する。
そして自らの考えが間違いないかと、ユーリの瞳を覗き込んで尋ねてきていた。
「俺は・・・」
ここでマイカの提案に従えば、自分は助かる。
しかしそれは、二人を売り渡すという事だ。
それの何が悪いというのか、元々なかった事にしようとしていた二人じゃないか。
「俺は―――」
下した結論に、口を開く。
「わ、私達が勝手に押しかけました!!」
「そうそう。いやーこのお客さんちょろくてさー、ちょっとサービス?したら、一杯お金?くれてー」
そしてそれを言葉にするより早く、ネロとプティの二人が自分達がやったと自白していた。
「お前達・・・」
「えへへ、おとーさ・・・じゃなかった、お客さん。迷惑かけて、ごめんね」
「ちぇ、ドジっちゃった。でも、ま・・・今度はもっとうまくやるからさ、またねお客さん」
言葉を失い立ち尽くすユーリに、二人は涙で潤んだ瞳で必死に笑みを作っている。
彼女達は自らの身を犠牲にして、俺を救おうとしている。
そんな二人を俺は―――。
「ど、どういう事だ?」
「つまりこっちは被害者で、向こうが加害者って事でしょ。取り合えずそこの二人を連れて帰りましょう、先輩」
「お、おぅ」
兵士達がユーリの拘束を解き、ネロとプティの二人を連行しようとしている。
「待ってくれ!!」
―――見捨てるのか?
「その二人は・・・その二人は俺の娘だ!!娘なんだ!!お願いだから、連れて行かないでくれ!!!」
叫び、飛び出したユーリを兵士の一人が慌てて止める。
それでも構わず、ユーリは叫び続けていた。
その二人、ネロとプティが自分の娘なのだと。
「おとー・・・さん?おとーさぁぁぁん!!」
「うぅ・・・ぐすっ。遅いよ、馬鹿ぁぁぁ!!」
堪えきれなかった涙が、零れて落ちる。
兵士の手をすり抜けて、二人がユーリの胸へと飛び込んでいく。
「やれやれ、結局そういう事かい。悪いね憲兵さん達、どうやらあたしの勘違いだったようだ」
「へ?いや、それは・・・」
お互いに抱き合ってわんわん泣き続けているユーリ達に、マイカは肩を竦めると全て自分の勘違いだったと兵士に告げる。
「何だい、文句があるってのかい!?ほら、あんた達もいつまでも泣いてないでしゃきっとおし!」
「女将さん、俺・・・」
「いいのさ、皆まで言わなくて。誰にだって、人に言えない事情の一つや二つあるもんさね。それより―――」
いつまで泣いてるんだと叱りつけるマイカに顔を上げたユーリは、鼻水をグズグズ鳴らしながら事情を話そうとしている。
そんな彼を手で制したマイカは、どこか遠い目をしていた。
「ほら、財布を出しな。その子たち二人の宿代、きっちり耳を揃えて払ってもらうよ」
そしてマイカは告げる、その二人の分の宿代もちゃんと払えと。
「えっ?えぇーーー!!?」
折角の感動的な空気を台無しにするマイカの言葉に、ユーリは思わず言葉を失う。
そしてその意味を理解した彼が放った驚愕の声は、その日で一番大きな叫び声であったという。




