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マーカス・オブライエン

「ま、参った!」


 宙に舞った訓練用の剣が、床に転がって乾いた音を立てる。

 それと同時に、いやそれよりも早く首筋へと伸びた切っ先に、思わず男は降参の声を叫んでいた。


「・・・御手合せ、ありがとうございました」


 そんな相手を見下ろして、対面に立つ少年は礼儀正しく頭を下げる。

 かつてのリグリア王国首都、古都バーバリーの領主は四大貴族でも筆頭と呼ばれるオブライエン家だ。

 その主の館である白夜城は、かつての宮殿を改築し要塞化したものだ。

 ここはその白夜城の一角、中庭に設けられた訓練場であった。


「いや、お見事!流石でございますな、マーカス様!!我が白鷲騎士団でも有数の使い手であるラスゴー殿を破られるとは!!」

「ふぅ・・・そんな事ないよ。今回はたまたま運が良かっただけ、十回やれば九回はラスゴーさんの勝ちさ」


 決した勝敗に勝者の下へと周りの観衆が集まってくる、彼らは口々にその少年への称賛の言葉を投げかけていた。

 その輪の中で一度頭を下げた少年は、訓練用の兜を外すと髪を払うように首を軽く振るう。

 そこに現れたのは、金髪碧眼の絶世の美少年であった。


「いやはや御謙遜を!!あの剣の冴え、お父様であるジーク様の全盛期を彷彿とされましたぞ!!ジーク様が羨ましい、マーカス様のような優れた御子息がいらっしゃるとは!」

「然り、然り!!何でも、この間は僅かな手勢をもってこの街の近くに現れた山賊を見事打ち倒したとか!剣の腕前だけでなく、部隊の指揮にも優れるとは・・・末恐ろしい!!」

「いや私が耳にした噂では、学問の方にも優れているという話ですぞ!何でも王都から呼び寄せた帝王学の家庭教師が、教えることがないと逃げ帰ったとか」


 対戦相手を気遣い申し訳なさそうに微笑む金髪の美少年、マーカスに対して周りの大人達は口々に褒め称える。

 それは何も、彼が大貴族の子弟であるという理由だけではないだろう。


「おおっ、それは誠ですかな!?とにかく、マーカス様さえ次の当主の座に収まればオブライエン家も安泰という事ですな!!」

「その通りですな、はっはっはっは!!」


 容姿端麗、剣を取れば国内でも有数の騎士を打ち倒し、部隊を率いれば被害も出さずに賊を打ち倒す。

 学問にしても大人を上回り、周りへの気遣いを忘れない優しさも備えている。

 そんな完璧といっても大袈裟ではないマーカスに、周りの大人達はこれでオブライエン家は安泰だと大合唱していた。


「・・・家を継ぐのは、ユーリ兄さんじゃないか」


 彼らはまるで、兄であるユーリを存在しないかのように扱う。

 マーカスは歯を食いしばり、それを軋ませながらそう呟いていた。


「マーカス様 、何か仰いましたか?」

「いいえ、何も。それより次の相手はまだでしょうか?休憩はもう―――」


 マーカスが呟いた言葉は、誰にも聞き取られない。

 何故なら、彼がそれをうまく誤魔化してしまうから。


「兄様ー!!マーカス兄様ー!!!」


 話題を変えようと次の対戦相手を求めるマーカスに、小さな人影が声を上げながら駆け寄ってくる。

 その小さな人影はマーカスを囲う人込みを一気に通り抜けて、彼へと飛び掛かっていた。


「マーカス兄様、もう訓練は終わったの!?だったら私と遊びましょ!!」

「エ、エスメラルダ!?全く・・・いきなり飛び掛かって来ちゃ駄目だって、前から言ってるだろ?」


 マーカスへと飛び掛かり、彼へと馬乗りになっている黒髪の美少女、エスメラルダは太陽のように眩しい笑顔で彼へと語りかける。

 彼女のその長くボリュームのある黒髪は、覆い被さったマーカスの顔へと垂れさがりカーテンのようになっていた。

 そんな彼女にマーカスはまたかと頭を抱えると、彼女の両脇に腕を入れその身体をゆっくりと持ち上げる。


「ぶー!!だって、ユーリ兄様もマーカス兄様もいなくて退屈なんですもの!!そうだ、マーカス兄様!ユーリ兄様はいつ頃帰ってくるの!?」

「どうかな?いつもならもうそろそろの筈だけど・・・あれ、父上?こんな所に来るなんて珍しいな」


 抱えていたエスメラルダを近くの地面へと下ろしてやったマーカスは、その汚れた裾を軽く払ってやっている。

 そして彼女の乱れた髪も整えてやったマーカスは、近づいてくる人影へと顔を向ける。

 この地の主にして彼らの父親、ジーク・オブライエンへと。


「・・・エスメラルダもいるのか。丁度いい、お前も聞いておけエスメラルダ」


 マーカスの手前、声が十分に届く距離で立ち止まったジークはゆっくりと口を開く。

 彼の前には自然と人が引いていき、彼らは今や頭を下げたポーズのまま固まっている。

 それはこの距離にあってもなお感じる、彼の圧倒的な迫力によるものか。


「マーカス、これからはお前がこの家の跡継ぎだ。それを意識して、日々励め」


 ジークは短くそれだけを告げると、すぐに踵を返す。

 沈黙に、彼が身に纏った外套を翻す音だけがこの訓練場に響いていた。


「僕が、跡継ぎ・・・?待ってください、父上!!兄さんは、ユーリ兄さんはどうなるんですか!?僕が跡継ぎになる事、ユーリ兄さんは知って―――」

「我がオブライエン家に、ユーリなどという人間はいない。マーカス、お前が我が家の長男だ。いいな?」


 信じられない言葉に疑問を叫んで追い縋るマーカスに、ジークが返した言葉はまたしても短い。

 そして彼は、二度と立ち止まる事も振り返る事もなかった。


「僕がオブライエン家の長男・・・?そんな、それじゃユーリ兄さんはもう・・・」


 ジークが口にした言葉の意味、それをマーカスは理解していた。

 彼の兄ユーリ・オブライエン、その人物はこの家を勘当されたのだ。

 マーカスは膝を折り、地面へと蹲る。


「ねぇ、マーカス兄様、嘘だよね?ユーリ兄様がもういないなんて、うちの子じゃないなんて嘘だよね!!?うわああああぁぁぁぁぁん!!!」


 そんな彼に縋りつき、涙を浮かべるエスメラルダの泣き声だけがいつまでも響き続けていた。

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