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追放

「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」


 リグリア王国首都、王都クイーンズガーデンから少し離れた丘の上に建つ要塞オールドピーク。

 そこは通称「狼の巣」と呼ばれる、リグリア王国最強の騎士団「黒葬騎士団」の駐屯地である。

 その建物の一室、事務作業などを行うために設けられた執務室の扉を乱雑に開け放った髭面の男は、開口一番にそう告げた。


「え?クビって・・・じょ、冗談ですよね、オンタリオ団長?」


 その声に、ユーリと呼ばれた青年は事務作業の手を止めて顔を上げる。

 彼の顔には擦った時についたのかインクの黒ずみが張り付いており、その周囲に積み上げられている書類の量からも、彼が何日もこの部屋にこもって作業を続けていたことが窺えた。


「冗談であるものか!大体ユーリ、貴様はこの部屋に籠っては物書きをして遊んでいるばかりで騎士としての責務も碌に果たしてもおらんではないか!!それでクビにされる訳がないと、良くも思えたものだな!!ここは最強の騎士団たる、黒葬騎士団が住まう『狼の巣』ぞ?物書きで遊んでいるだけの、事務員などが立ち入っていい場所ではないわ!!」


 いきなりのクビの宣告に動揺し、椅子から転がり落ちかけたユーリはガタガタと忙しなく音を立てている。

 その忙しない動作に舞った埃の量は、普段この部屋を彼以外の人間が利用していないことを示していた。

 クビの通告が嘘ではないとがなり立てるオンタリオと呼ばれた髭面の男は、怒りのままにユーリが作業していた机に両手を叩きつけた。


「そうだそうだ!!自分だけ楽な仕事を選びやがって!」

「一人だけ巡回任務も魔物退治の定期遠征も免除なんて・・・家柄がいいからって、調子乗ってたんだろ!?」

「大体、何だその恰好は!誇り高き黒葬騎士団の一員だという自覚はないのか!?」


 オンタリオが叩きつけた手の衝撃に、ユーリの目の前の机に積み上げられていた書類の山が崩れ、ヒラヒラと宙を舞う。

 その舞い踊る書類の向こう側には、ユーリの同僚である騎士達が次々にこの部屋へと足を踏み入れてくる光景が広がっていた。

 彼らはこの部屋へと足を踏み入れると、口々にユーリへの不満を並び立てていた。


「うっ!?そ、それは・・・で、ですが団長!確かに自分は騎士としての成果は何一つ上げておりません!しかし代わりに、この騎士団の書類仕事は自分が一手に引き受けております!ですから―――」


 部屋の扉からぞろぞろと入ってきた同僚の騎士達は、皆一様に厳しい視線をユーリに向けている。

 その視線についいつもの癖で頭を掻こうとしたユーリは、一体どれ位身体を洗っていないかを思い出すとそれを止めていた。


「ふんっ!書類仕事だと・・・それは、これの事か?ふむふむ、『黒葬騎士団来年度予算案』か。それでこちらは『邪龍の宝珠移送計画書』ね、なるほどなるほど・・・」

「そ、そうであります!自分はこの仕事で騎士団に貢献を―――」


 針の筵のような視線の中で苦しい言い訳に終始するユーリに、オンタリオは彼が先ほどまで作業していた書類を拾い上げる。

 ユーリはそのオンタリオの姿に希望を感じ、自らの仕事を慌ててアピールしていた。


「こんなもの、誰にでも出来るわ!!」


 しかしオンタリオは、その書類をユーリの目の前で破り捨ててしまった。


「こんな誰にでも出来る仕事を成果とのたまうなど、片腹痛いわ!!おい、誰か!こいつを摘まみだせ!」


 つい先ほど出来上がった書類を目の前で破り捨てられたショックに固まってしまっているユーリを、オンタリオの命令を受けた騎士達が取り囲む。

 そして彼らはユーリの両脇を固めると、そのまま彼を摘まみだし始めていた。


「ま、待ってください団長!!自分は他にも、この騎士団に貢献しています!!」

「・・・ほう?このくだらない仕事以外にもだと?いいだろう、言ってみろ」


 身体を運ばれる感触に放心状態から回復したユーリは、何とか首を回避しようと声を上げる。

 その声にオンタリオは反応すると、腕を掲げては彼の周りの騎士の動きを制止していた。


「・・・皆、今まで突然新しいスキルが目覚めたり、急に力が上がったなんて経験した事ありませんか?実はそれ、僕がスキル「書記」で皆にスキルや称号を与えていたからなんです!」


 集まる注目、その視線は皆懐疑的だ。

 その視線の中でユーリは明かしていた、自らのスキル「書記」の力を。


「俺達のスキルをユーリ、お前が?」

「そ、そうなんだ!だから―――」


 ユーリの発言に驚いた様子を見せる周り騎士達に、彼は手応えを感じ顔を上げる。


「はははははっ!!!そんなのある訳ねーだろ!!」


 しかしその手応えは、直後に響いた嘲笑の声にすぐに掻き消されてしまっていた。


「ち、違う!!自分は本当に―――」

「くどい!!そんな妄言を吐いてまで、この騎士団に残りたいのか貴様は!!」

「の、残りたいです!」


 ユーリは別に、この騎士団の仕事が好きな訳ではなかった。

 しかしここで任されていた、事務仕事は大好きで大好きで堪らなかったのだ。

 そのために彼は思わず声を上げる、ここに残りたいと。


「であれば実力を証明して見せろ。勿論、騎士としてのな。マルコム、相手をしてやれ!!」

「はい、お任せを団長」


 そしてオンタリオはそのための試練として、ある男の名前を叫ぶ。

 その声に応え、周囲の騎士の間を割って進み出てくる金髪の青年。

 それはユーリと同期入団にしてこの黒葬騎士団最強の騎士、マルコム・スターンその人だった。




「手加減してあげるよ、ユーリ」


 オールドウォール内の訓練場へと場所を移し、お互い訓練用の武具を身に纏っては、訓練前の儀礼を行おうと近寄ったユーリに、マルコムがそう囁く。


「えっ?て、手加減って・・・マルコム、君は一体何を・・・」

「しっ、変な動きをすると周りにバレる。このまま剣を合わせて」

「あ、あぁ・・・」


 マルコムの突然の提案に、ユーリは思わずギョッとしてその場に立ち竦んでしまう。

 その不自然な動きに、彼らの手合わせを見守る騎士達がざわざわと騒ぎ始める。

 それを誤魔化すように、マルコムはお互いに交差させた剣先を合わせていた。


「おっと、すまない。強くぶつけすぎてしまったかな?僕が拾うよ」

「あぁ、いやこれぐらい自分で・・・」


 合わせた剣先に耳障りな金属音が響き、予想していなかったその衝撃にユーリは思わず剣を取り落とす。

 それを慌てて拾おうとするマルコムに、ユーリもまたそれぐらいは自分でやると膝を屈めていた。


「そのまま聞いて、ユーリ」


 お互いに屈み、近くなった距離でマルコムは囁く。

 その目は、余計な事を口にするなと告げている。


「僕が始めに上段から袈裟に切り掛かるから、君はそれを躱して僕の胴を払うんだ。そうしたら僕が振り返り様に切り上げるから、君はそれを防いで止めを・・・分かったね?」


 すれ違うような位置でお互いに瞳を交わしているマルコムは、これから行われる手合わせの手順を説明している。

 その通りにすれば騎士団に残れるのだと口にするマルコムに、ユーリは口を噤んだまま何度も頷いていた。


「すみません、手間取っちゃって!すぐに始めます!」

「大丈夫かー、ユーリ?手ぇ震えてんぞー?」

「はははははっ!!」


 拾った剣をユーリに手渡したマルコムはすぐに立ち上がると、それを見守る聴衆に爽やかに笑いながら声を掛ける。

 彼の余裕たっぷりなその態度と裏腹に、ユーリはその場に立ち尽くしており、聴衆はそんな彼を笑い者にする。


「全く・・・双方ともに準備はいいな?それでは、始め!!」


 ユーリとマルコム、双方が距離を取ったのを確認し、オンタリオが開始の合図を叫ぶ。


「行くぞ!!」


 開始の合図と共に、マルコムが飛び込んでくる。

 その構えは約束通り、上段だ。


「最初は上段から袈裟切り、最初は上段から袈裟切り・・・よし!」


 マルコムが向かってくるまでの刹那、繰り返したのは先ほど聞かされた手順だ。

 最初は上段から袈裟切り、それを躱してこちらが胴を払う。

 約束通り、上段からの袈裟切りがくる。

 躱した。


「次は、胴を・・・払う!」


 袈裟切りを躱し、すれ違いざまに胴を払って抜ける。

 手順通りなら、それで決まる筈だ。

 何度も繰り返した手順に、迷いなく放った胴薙ぎは今までの生涯で最高の切れ味を見せる。


「あ、れ・・・?何で、外れて・・・?」


 しかしそこに、手応えはない。


「ばーーーか、俺がお前なんかに協力する訳ねーだろ」

「え?がっ!?」


 その声が聞こえてきたのは、先ほどの約束通りならマルコムがいる筈の場所とは反対の方向、その耳元からだった。

 そしてその声色は、先ほどまで聞いていた声とはまるで似ても似つかない冷たい響きで、ユーリがそれがどういう事か理解出来ないでいると、激しい衝撃が彼の身体を襲う。


「ははははははっ!!!幾ら雑魚でも、ここまで無防備に食らう事があるか!?見ろよ、あの情けない姿!!あれが最強の黒葬騎士団の一員だって?そんなの許せねーよな、なぁ皆!?」

「そうだそうだ!!」


 完全に無防備な状態で背後から強烈な一撃を食らったユーリは、とても情けない姿で床に転がっている。

 其れを笑いものにしては周りを煽っているマルコムは、とてもではないが先ほどまでとは同じ人物と思えない表情をしていた。


「あぁ、そうそう。ユーリさぁ・・・何か俺らのスキルも、お前が与えてくれたもんらしいじゃん?じゃあさぁ・・・こいつもそうって事だよなぁ?」


 床に転がったユーリを見下ろし、肩に剣を担ぐマルコムはその左手に氷の槍を出現させている。

 それは彼の代名詞ともいえる、氷の上位魔法「アイスランス」だ。


「そ、その通りだよマルコム!!確かに僕がそれを・・・そうだ!確か、ここに・・・ほら!!」


 そんな訳はないとユーリを馬鹿にするように、それを見せつけるマルコム。

 しかし彼が口にした通り、そのスキル「氷魔法」はユーリが与えたものであった。

 その証拠となる書類を身体を弄って探り当てたユーリは、それを広げて見せる。


「確かに・・・何だって?」


 マルコムはその広げた書類にアイスランスを打ち込み、どこに証拠がある嗤う。


「あ、あぁ・・・」


 自らの能力を証明する証拠を紛失し、ユーリにはもはや打つ手がない。

 そして何より、自らの顔のすぐ近くを掠めていったアイスランスの迫力に、彼は動けなくなっていた。


「どうした?もう種切れか!?ははははっ!はったりなら、もっとうまくかますんだったな!!」


 恐怖に固まり動けなくなっているユーリの姿に、マルコムは両手を広げて勝ち誇る。


「大体、オブライエン家に生まれたってだけで厳しい入団試験をパスしたくせに、碌に働きもしないでさぁ・・・それでも許されるんだから、いい気なもんだよなぁ!前から君の事は気に食わなかったんだよ!いなくなってくれて清々するね!!」

「っ!?そ、そうだ!僕はオブライエン家の人間だ!こんなことして、ただで―――」


 勝ちを確信したマルコムは、今までの恨み辛みをぶちまける。

 しかしそこに、この場を逆転するヒントが含まれていた。

 オブライエン家、それはユーリの生家であり、この黒葬騎士団の初代団長を務めたこともある大貴族であった。

 そしてこのリグリア王国を代表する四大貴族の一つであり、その筆頭とも呼ばれる家でもあるのだ。

 そんな家に連なる自分がこんな仕打ちを受けていい筈がない、ユーリはそう口にしようとする。


「ばーーーーーか!まーだ、分かんないのか?こんな事になってるって時点でなぁ、お前はとっくにそのオブライエン家を勘当されてんだよ!!ははははははっ!!」


 そしてマルコムは、さらに残酷な事実を告げる。

 足元がガラガラと崩れる音がした。


「そん、な・・・父上が、僕を勘当した?そんな、そんな事が・・・」


 信じられない事実に、ユーリはその場に膝をつきそのまま崩れ落ちる。


「はっ、今更理解したのか・・・ユーリ、お前はもうオブライエン家のものじゃない。ってことはだ・・・このままここで殺したって、構わないって事だよなぁ!!」


 放心状態のユーリを見下ろすマルコムは、再びその左手を掲げる。

 それは先ほど彼が放った氷魔法「アイスランス」、それを再び使おうとする仕草であった。


「そこまでだ」

「っ!?団長、しかし!?」

「ジーク様からは、騎士団を追放しろと厳命されている。分かるか?追放だ、追放。それを違えて、お前はこいつを殺すというのか?」

「くっ・・・分かり、ました」


 そんなマルコムを、オンタリオが制止する。

 彼はある名前を出して、ユーリを殺す訳にはいかないと話していた。


「ジーク様・・・?そうか、父さんが僕を・・・ははっ、ははは・・・」


 その名前は、ユーリの父親であるオブライエン家現当主の名前だ。

 それを知ったユーリは一度目を見開き、乾いた笑みを漏らす。


「おい、誰かそいつを摘まみだせ。その元騎士をな」


 オンタリオの指示に数人の騎士が動き、ユーリの身体を抱えて運び出す。

 ユーリはそれに、抵抗を示すことはなかった。




「アイスランスが使えなかった?まさか、な・・・」


 ユーリが運び出され、その場に残っていた他の騎士達が立ち去った訓練場に一人、マルコムが立ち尽くす。

 彼は自らの左手を見詰めながら、怪訝そうに眉を顰めていた。

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[一言] 事務方をバカにするとかそれ何処の旧日本軍?
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