漫才「愛は諭吉と共に」
ボ=ボケ
ツ=ツッコミ
二人「みなさんこんにちはー」
ボ「早速ですが――――」
ピロ~ン♪
ツ「ん? 何の音ですか?」
ボ「すいません、携帯のチャット音です」
ツ「ちょっとぉ。今は本番中なんですから携帯なんて持ってきたらダメじゃないですか。最低でも電源を切っておくとかしないと駄目でしょ?」
ボ「ほんとに申し訳ないです」
ツ「今度から気を付けて下さいね」
ボケ:数秒間携帯を見つめる
ボ「突然ですが、奥さんの事、愛してますか?」
ツ「は? 突然何です? つうか携帯しまって下さいよ。携帯見ながら漫才するなんてありえないでしょ?」
ボ「愛してないんですか?」
ツ「は? そりゃ愛してますよ。それが何か? つうか携帯早くしまって下さい」
ボ「では愛する人という事で宜しいですね?」
ツ「は? まあ、そうなりますね」
ボ「じゃあ愛人という事ですね」
ツ「違うわ! その言い方だと全く別の意味になるでしょ!」
ボ「そういえば車を持ってますよね?」
ツ「は? 突然話を変えましたね」
ボ「持ってますよね?」
ツ「まあ、古い国産ですけどね」
ボ「車を大事にしてますか?」
ツ「そりゃあ大事にしてますよ。国産と言えどもちょっと無理して買ったビンテージとも言える車ですしね。奥さんには反対されたのを押し切って買った車です。それが何か?」
ボ「いわゆる愛車というやつですね」
ツ「何が言いたいんですか?」
ボ「いつかはその愛車も売っちゃうんでしょ?」
ツ「まあ、大事にしているとはいえ所詮はただの機械ですしね。何らかの理由で維持出来なくなったら、まあ残念ですが手放す事もあるでしょうねぇ」
ボ「愛人に愛車。愛とは不思議ですねぇ」
ツ「その言い方は良くないな!」
ボ「愛ってつくとお金が絡む様な気がするんですよねぇ」
ツ「だからそういう言い方はよくない! それに純粋な愛だってあるでしょ!」
ボ「例えば?」
ツ「そりゃ愛妻でしょ」
ボ「愛妻に愛想を尽かされたら慰謝料というお金が付きまといそうですが?」
ツ「まぁ、そういった場合には愛想を尽かされる側がきっと悪いんでしょう」
ボ「稼ぎが悪くても愛想尽かされてしまう可能性もありますよね?」
ツ「そこは夫婦二人三脚で頑張って乗り越えようという気持ちがあれば大丈夫なのでは? それこそ愛でしょう」
ボ「愛は些細な事で冷めてしまう物ですよ?」
ツ「まあ、そういう事も無きにしも非ずですが……」
ボ「因みに愛が冷めない何かをしてますか?」
ツ「特には……」
ボ「そうですか。しかし、愛とは何なんですかねぇ」
ツ「まあ、ちょっと恥ずかしい言い方ですが、やはり愛とは思いじゃないですか?」
ボ「思い?」
ツ「特定の相手を思いやる気持ちを総じて愛と呼ぶのでは?」
ボ「なるほど」
ツ「で、特定の相手以外をも思いやる事を博愛と」
ボ「はぁ……」
ツ「だいたい何の話ですか?」
ボ「黙ってエッチなお店に行った事が奥さんにバレてしまいました。どうすれば良いでしょうかねぇ?」
ツ「は?」
ボ「どうするのが良いんですかねぇ?」
ツ「知らないよそんな事は!」
ボ「考えた事も無いですか?」
ツ「1ミリも無いね」
ボ「そうですか。でもここは無難にプレゼント攻撃ですかね?」
ツ「だから知らないって!」
ボ「幾らぐらいがいいんですかねぇ」
ツ「浮気の相場なんて知りませんよ」
ボ「どちらにしても、結局は愛を維持するにはお金がかかりそうですねぇ」
ツ「だからそんな言い方をすると語弊があるって!」
ボ「でもプレゼントって結局はお金が絡む話ですもんね?」
ツ「そもそも浮気した方が悪いんでしょ? まあ、とりあえず今回はプレゼントで許して貰えるなら安いと考えるべきじゃないの?」
ボ「結局は愛を安いとか値付けしてますね」
ツ「そういう意味じゃないよ! 早めに何とかしないと最悪棄てられて慰謝料なんて事になっちゃうかもしれないよ?」
ボ「だから安い方が得だと?」
ツ「だから語弊がある言い方するなっつーの! そもそもプレゼント云々の前に誠意でしょ?」
ボ「誠意を込めたプレゼントですか? 結局はお金がかかるようですね」
ツ「だから語弊がある言い方するなっつーの! まずは誠意をこめた謝罪。あとはその場の空気を読んで、何か物理的な物や旅行等のプレゼントを欲するような感触があればそこで初めてそういう提案をするとかさ」
ボ「なるほど。誠意とやらは置いておくとして、とりあえずはプレゼントですかね」
ツ「誠意を置く必要はないけど……。まあ、一番かどうかは分からないけどプレゼントがベターじゃないですかね」
ボ「あとは金額の問題ですね」
ツ「う~ん。厳密に言えばエッチなお店に行っただけだし、それを浮気と言うのは流石に厳しすぎる気がするなぁ」
ボ「なるほど。で、どうしましょうか?」
ツ「少し高めの御飯を奢る位で良いんじゃないですか?」
ボ「なるほど。じゃあ、御飯奢りますって返事してみます」
ピロ~ン♪
ボ「あ、返事が来ました」
ツ「漫才中なのに……つうか早いですね。で、何て書いてあるんですか?」
ボ「『地獄の沙汰も金次第という諺を知っているか』だそうです」
ツ「マジすか? 御飯程度じゃ許さないって事ですか? こりゃ早々に何とかしないとマジでヤバそうですね。しかし身も蓋も無い言い方するなぁ」
ボ「どうします?」
ツ「う~ん。とりあえず今はお金が無いとか言ってみたら?」
ボ「分かりました」
ピロ~ン♪
ボ「あ、返ってきた」
ツ「早いっすね」
ボ「金が無いと返事したら『車を売ればそれなりの金にはなるだろ』と返って来ました」
ツ「うわ、怖いなぁ」
ボ「どうしましょ」
ツ「ここは試しにガツンと言ってみるのも良いかもしれませんね」
ボ「ガツンとですか?」
ツ「まあ、時代的に亭主関白なんて流行りませんけど、とりあえず探りを入れるつもりで強気に出てみたらどうです?」
ボ「分かりました」
ピロ~ン♪
ボ「返事がきました」
ツ「相変わらず早いですねぇ。で、何と?」
ボ「『お前の命の値段は幾らだ』と返ってきました」
ツ「は?」
ボ「『三途の川の渡し賃として払ってやるよ。優雅に片道クルージングを楽しんで来い』だそうです」
ツ「こわっ! まじで激怒してますね……」
ボ「のようですね」
ツ「もう平謝りしかないですね。何を言われても一切反論せず従う他ないでしょう」
ボ「そうですね。じゃあ頑張って下さい」
ツ「ん?」
ボ「頑張って下さい」
ツ「私が何を頑張るんですか?」
ボ「だって君の事ですし」
ツ「は?」
ボ「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
ツ「何を?」
ボ「実は君と行ったエッチなお店の話を思わず私が口を滑らせてしまい、私の嫁さんにバレてしまいました」
ツ「は?」
ボ「で、正直に話せば許すというお言葉を頂きましたので、君と一緒に行った事を全て話しました」
ツ「……」
ボ「で、話の裏取りをするという事で、先ほど君の奥さんに私の嫁さんから連絡をしたという報告がありました」
ツ「……」
ボ「で、君の奥さんにバレたけどどうすれば良いでしょうかと、今、君に相談しています」
ツ「いや……あの……その……」
ボ「ちなみに先程から私が携帯でチャットしている相手は君の奥さんです」
ツ「は?」
ボ「私は嫁さんとやりとりしていたのですが、途中で私の嫁さんが君の奥さんをチャットに招待したようです」
ツ「……」
ボ「なので先程からの会話は全て君の奥さんの言葉です」
ツ「あの……その……」
ボ「はい?」
ツ「君は許してもらえたの?」
ボ「私は結構な額の鞄をプレゼントする事で今回は許してもらえる事になりました。勿論、私のお小遣いの中からですよ」
ツ「あの……それで、私の奥さんは他に何を言ってましたか?」
ボ「口にするだけでも罪に問われそうな言葉が羅列していますが、読み上げた方がいいですか?」
ツ「いえ、激怒している事は伝わりましたので結構です……。とりあえず私も何らかのプレゼントをする用意があるとだけ、返信して下さい……」
ボ「分かりました」
ピロ~ン♪
ボ「あ、返事が来ました」
ツ「今度は何と?」
ボ「『現金でも可』だそうです」
ツ「情緒無いな……」
ボ「ローンも可能だそうです」
ツ「ローン?」
ボ「3年位迄なら良いそうです」
ツ「さ、3年? 3年も払い続けるほどの額を要求してるって事?」
ピロ~ン♪
ボ「但しトイチだそうです」
ツ「といち?」
ボ「十日で一割の利子だそうです」
ツ「高!」
ボ「でもって複利だそうです」
ツ「鬼だな……。そもそも夫婦の間で金銭のやりとりってのは、果たしてどうなんだろう。おまけに利息まで発生するってのは……」
ピロ~ン♪
ボ「続報です」
ツ「今度は何と?」
ボ「『貴様は愛と恋の違いを知っているか?』と」
ツ「貴様って……」
ピロ~ン♪
ボ「『他人同士が愛を表現する方法は数多あれど、それの最大級の表現方法それこそが結婚である。それすなわち契約であり、愛と恋の違いとは契約の有無であると言える。つまり、恋は口約束にして無契約のじゃれ合いであるが、愛とは公的機関が介入しての契約である』」
ツ「愛と結婚は別だと思うけど……つうか恋をじゃれ合いとか結婚を公的機関の介入する契約って……」
ボ「『またそれらの契約は心の高金利且つ複利の相互貸し付けであると心得よ』」
ツ「は? どういう事?」
ピロ~ン♪
ボ「『婚姻状態にある者達は婚姻という契約の維持に努めなければならない』」
ツ「まあ、そうでしょうね」
ボ「『その維持する行為それこそが利子を払っている事と同義である』」
ツ「そういう考え方か……」
ボ「『よって契約の維持を怠る事は利子の返済が滞っているのと同義である』」
ツ「なるほど……」
ボ「『尚当然ではあるが、利子の返済が滞れば元金は複利で膨れてゆく』」
ツ「おぉ……」
ボ「『また複利とは別に、婚姻期間が長くなるに従い元金は膨れてゆく』」
ツ「どういう事?」
ボ「婚姻期間に比例して慰謝料も高くなるなんて話、聞いた事ないですか?」
ツ「う~ん、有名人の離婚報道とかでそんな話を聞いた事がある様な……」
ボ「愛を育んでいたと思ったら、実は借り入れ金が増えていたと、そういう事の様ですね」
ツ「そういう考え方か。しかし凄い考え方だな……」
ピロ~ン♪
ボ「『そして明確な契約違反とも取れる行動を取った場合には、一旦は元金含めての返済を求められるものと心得よ』だそうです」
ツ「なるほどね。それで一旦はチャラにしようと……」
ボ「貸し付けた心を返せと、その返済については物理的な現金等で返せと、そういう事のようですね」
ツ「昔はほんとうに可愛いくてね、そんな事を口にする事も無かったんですけどねぇ。いつのまにやら身も蓋もない話を平気でするようになったなぁ……」
ピロ~ン♪
ボ「あ、また来ました」
ツ「ま、まだ何かあるの?」
ボ「『とりあえずちゃんと利息を払え』だそうです」
ツ「はい……」
ピロ~ン♪
ボ「あ、更に来ました」
ツ「まだ続くの?」
ボ「『努々、無償の愛などがあるとは思うな』だそうです」
ツ「お、おぅ……」
ボ「何て返信しましょうか?」
ツ「……」
ボ「愛とは特定の相手を思いやる事でしたっけ?」
ツ「……」
ボ「『愛は思いだ』とか返信しておきますか?」
ピロ~ン♪
ボ「あ」
ツ「今度は何?」
ボ「『それでも私はお前を愛してるぞ』だそうです」
ツ「お? ひょっとして今までのは単なる脅しかな? やっぱり私達は思いあってるな。これこそ愛だな」
ピロ~ン♪
ボ「『だからお前も私を愛せよ』だそうです」
ツ「言うに及ばず!」
ピロ~ン♪
ボ「『だからキッチリ利息含めて払えよ』だそうです」
ツ「やはり返済の免除も猶予も無いのか……しかし、突如多額の負債を抱える事になり数年に渡って払い続ける羽目になろうとは……」
ボ「おまけにトイチの利子も発生するみたいですしね」
ツ「その支払いは流石に重い……」
ピロ~ン♪
ツ「ま、未だ何か?」
ボ「『貴様が負債を放棄するようなら……分かっているな?』だそうです」
ツ「勿論です!」
ボ「まあ、一応は愛されてるようで良かったじゃないですか」
ツ「そうなんですかねぇ……」
ボ「だと思いますけどね」
ツ「まあ、今回は私の不手際とも言えますけど……」
ボ「けど? 何です?」
ツ「そもそもエッチなお店に行っただけなのに……。それを浮気と同列に見られて一方的に責められ負債まで背負わされるのは、果たして正しいのだろうか……」
ボ「何を言われても一切反論せず従うとか言ってませんでした?」
ツ「いや、そうなんだけどさ……」
ボ「あ、思い付きました」
ツ「おっ? ひょっとして負債の回避方法ですか? ぜひ聞かせてください!」
ボ「トイチの利息と掛けまして、愛と解きます」
ツ「何の話だよ!? 負債の回避方法じゃないのかよ!」
ボ「違います。そんな方法があるなら私も知りたいです」
ツ「だよね……。まあ、折角だから一応聞いておきますけど、その心は?」
ボ「どちらも『思い』でしょう」
ツ「何ですかそれ。全然面白くないですけど」
ボ「厳しいですね」
ツ「プロですから」
ボ「奥さんにも厳しい事言ってきたんじゃないですか?」
ツ「は?」
ボ「普段から機嫌を取っておけば、こんな事にはならなかったかも知れないのに」
ツ「まあ、それは……」
ボ「奥さんも冗談とか言うでしょ?」
ツ「冗談? まあ、たまに言いますね」
ボ「そういった冗談にも笑ってあげたりしてましたか?」
ツ「いや、その領域について言えばこちらはプロですからね。例え奥さんが軽い気持ちで口にした冗談だとしても、そこはプロとして妥協しません」
ボ「そういう小さな1つ1つの積み上げが大事なんじゃないですかね?」
ツ「かもしれませんけど私達プロでしょ? 軽々に妥協出来ませんね」
ピロ~ン♪
ツ「またか……。もう生き地獄だな……。で、何と」
ボ「『とりあえず今日は直ぐに帰ってこい』だそうです」
ツ「はぁ……」
ボ「まあ、帰ってくるなと言われてる訳じゃないから良いじゃないですか」
ツ「安らぎの無い家に返るのは億劫だなぁ……」
ボ「夫婦としての繋がりがまだ残っていると考えれば良いじゃないですか」
ツ「繋がりというよりは縛られてるような……」
ボ「まさに負債が繋ぐ夫妻ですね」
ツ「何ですかそれ。全然面白くないんですけど」
ボ「そうですか? じゃあ全然面白くないと返信しておきます」
ツ「は?」
ボ「あ、今の冗談は君の奥さんからです」
ツ「はあ?」
ピロ~ン♪
ボ「あ……」
ツ「何何!?」
ボ「『次やったら負債じゃなくて、お前の人生塞いじゃうぞ♡』だそうです」
ツ「面白い! 流石は俺の嫁!」
2021年04月25日 初版