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9,人生初のお買い物デート(日本も含む)その2

  


「おぅ。おめぇ、生きてたのか。しばらく顔を見せないからおっちんだのかと思っとったわ」

 ずんぐりした髭ボウボウのオジサンが、ゼン様に親しげに声を掛けた。

「お陰様でな。オッサンの剣の切れ味のお陰だな」

「あぁ、そろそろメンテが必要だろ。おめぇの剣の腕は確かだと知っとるが、もうちょっとコマめにここに連れてこいや」

「気を付ける」

 苦笑しつつも、ゼン様は腰に佩いた剣を剣帯ごと差し出した。更に、いつも着ている革鎧も一緒に背負っていたナップザックから出して預けた。

「これのメンテも頼む。この後、王都に向かうからそっちで受け取る」

「おう。久しぶりだな、お前が王都に来るのも。何か面倒な依頼でも受けてたのか?」

 まぁな、とゼン様はそれには深く答えなかった。


 面倒な依頼。それは、多分でもなんでもなく、私のことだ。

 ふたりの会話に挟まれて、身体がよくわからないけど震えてくる。


 やっぱり、迷惑でしかなかったよね。


 こうなってしまったのは偶然だけど、それでも自分からゼン様に自立を申し入れることができて、本当に良かった。そう思う。


「んで。そっちの嬢ちゃんは? 見たことねえ顔だな」

 じろりと上から下まで見つめられて、思わず姿勢を正した。

「初めまして! ミミミと申します。本日はお日柄もよく、師匠のゼン様には大変お世話になっております!」

 がばりと腰を深く折って頭を下げた。気分は最敬礼の更に上だ。


「なんだ、おめぇいつの間に弟子なんか取ったんだ?」

「……弟子なんかじゃない。そんな言葉、はじめて言われた」

 ちっ、と面倒くさそうに吐き捨てられてショックを受ける。

 なんということだ。私の中の異世界での常識は、そのすべてがゼン様に教えて貰ったことだというのに。

 悲しくて涙目になって見上げると、なんとなく通じたのか、ゼン様がとっても居心地が悪そうに「……弟子では、ない。でも似たようなもの、かな」とぼそぼそと訂正してくれた。

 その照れくさそうな顔と、ちょっと強引だったけど弟子みたいなものだという事だけでも認めて貰えて、ただただ嬉しい。


「はーん。なるほどなぁ。おめえがねぇ? ぐっふっふ」

「おい、ヘンな誤解はよせ。それより。こいつが独り立ちすることになった。そう簡単には死なないようにできるだけのことがしてやりたい。この店で一番いい防具を一揃い見繕ってやってくれ」

 ヒュウッ。

 店主のオジサンが、ゼン様のその剛毅な申し出に、口笛を吹いた。

「予算の上限は?」

「ない」

「ハッハー。そりゃすげぇな。でもな、俺の店を嘗めるんじゃねえぞ? その言葉、後悔しないといいな」

 ガハハと笑った店主が私を店の奥へと指さした。


「おう。あっちに店頭には並べられねぇ武具がたんとある。試着室もあるから、あっちでいろいろ試してみよう」

 私は、意を決して、その言葉に頷くと店主の後をついていった。





「おぅ。待たせたな、ゼン。これが、俺の店で一番物理防御力が高くて魔法抵抗力が高くて、軽くて着心地がよくて、エロくて可愛い防具一式だぜ。 最高傑作だ!」


 どうよ、という店主のその言葉に振り返ったゼン様の顔が、呆然としている。

 口開きっぱなしですよー?

 目も真ん丸だし。どうしよう、ゼン様が可愛い。


 店主と相談して私が試着させて貰ったのは、ドラゴン素材を使った女性用軽鎧の中で最高峰の自信作だと自慢げに言われた逸品だった。

 コルセット型の上着、肩当、ヘッドセット、腰鎧、手甲、手甲に取り付けても使える小さな盾、喉元を守るチョーカー、膝上の編み上げブーツ。

 そのどれもがまるで宝石のような透き通った竜の鱗でできていて、とにかく軽い。

 そして、店主の言う通り、めっちゃエロ可愛い。

 ゲームのレアアイテムだったら何としてもゲットしてヒロインに着せて夜中にひっそりと愛でたくなるような、そんなとにかく可愛いミニドレスのような鎧だった。


「このままでもいいんだが、この下にアラーニェの糸で紡いだ生地で作ったワンピースドレスを着るのもお勧めだな。ちょっと露出が減っちまってエロ可愛い度が落ちちまうんだが、精神攻撃に対する防御力が上がるぜ」

 それは、さきほど奥の部屋で説明された時に見せて貰った、この鎧用に誂えられたアンダーウェアだった。試着室に運び込まれないそれを、それもと頼んだ私に向かって『ゼンに見せてからでいいじゃねえか』と唆してきたのは店主だった。


「それもくれ。というか、早くそれを着せて来い」

 片手で目元を隠し、反対側の手でシッシとされて、ちょっとショックを受ける。

 馬子にも衣裳だな的な何かくらい言って貰えると思ったのに。

 全然似合ってなかったか。しょぼん。




「どう、ですか?」


 鎧のアンダードレスも着用し直して試着室から出る。

 ゴージャスな見た目の割りに着替えるのは簡単で、ちゃんと一人で着脱できるようになっているのも嬉しかった。さすが高級品である。

 アラーニェという大きな蜘蛛が朝露が消える前の、ホンの数刻の間だけ吐き出す特別な糸を紡いで作られたという生地は真珠色だった。

 アメリカンノースリーブのミニフレアワンピースドレスはドラゴンの軽鎧の下に着こむのに丁度ぴったりのデザインで、チョーカーとのバランスも、スカートの裾が腰鎧の下からちらちら見えるそのバランスも、すべてが完璧に計算されて出来ていた。

 柔らかなフレアスカートは風に揺れただけでめくれ上がってしまいそうだけど、実際には腰鎧に上手く抑えられていてそんな無防備なことには絶対にならない(らしい)

 

 編み上げのブーツとスカートの間に少しだけ覗く絶対領域が、異世界のオッサン店主にも理解されているのは本当にビックリだけど。

 でも、美しいデザインというのは万国共通である。ならばエロ可愛いの定義も共通するものがあって当然なのかもしれない。


 つか。乳袋が出来てて笑う。なるほどねー。ちゃんとコルセットで両方を強引にでも持ち上げちゃえばイケるもんなのね。

 コスプレイヤーの友人に教えてやりたいけど、無理なのが残念でならない。あ、でもガムテ技を駆使する奴ならとっくに知ってそうだ。

 元気かなぁ。……元気か、奴なら。




「着心地はどうだ?」

「軽いです。最高です」

 うっとりと自分が今着ている服を見下ろした。

 あっちの世界でだって、こんなにキレイな服を着たことはない。

 正直、成人式の為にレンタルの予約をしていた晴れ着よりずっと美しい。

 着心地はいうまでもない。

 でも、こんな高級品は普段使いにできるもんじゃないよね。それも、拾われただけのお荷物でしかない私が餞別に貰っていいものでもない。


『防御力よりなにより、最初は私が一番かわいく見える服を着させてもらえないでしょうか!』

 ウサギの着ぐるみパジャマの被り物部分を引き上げて顔出しして土下座する勢いでお願いした私に、笑って頷いてくれた店主には感謝しかない。

 ゼン様を驚かせて、ついでに獣人じゃないんですーって告白しちゃおう作戦は半分くらいしか成功してないけど、本望だ。汚しちゃう前に着替えちゃわなくちゃ。

 そうして本当に買って貰うものを早く決めなくちゃ。


「そりゃなにより。オッサン、請求書はいつものようにしといてくれ。こいつはこのまま着て帰る」

 ?!

「だ、だめです。ゼン様。私ごときが着るような服じゃないです。Dランクに一昨日なったばっかりのビギナー冒険者で、あの、そのっ」

「毎度あり! そうだ。そのドレスの下に履ける女性用トラウザーとトラウザーズの二種類もあるぜ。寒さ対策だな。どうする?」

「それもだ」

「聞いてください!!」

 いやぁっ。私を無視して会話をしないで。更に支払額を跳ね上げたりしないでぇぇぇ!!

「毎度。いやぁ今日はいい日だ。一年まるで働かんでも酒飲んで暮らせるな。がはははは」

「うるさい。余計なことを言ってないで、早くそっちも用意してこい」

「だめぇぇっ。店主さん、用意なんかしないでくださいぃぃっ!」

 私の叫び声が、ようやくゼン様に届いたのかギロリと睨みつけられた。

 ひえっ。

「……お前、俺に恥を掻かせたいのか? それとも俺にはこの鎧を買うだけの甲斐性はないとでも思っているのか?」

 イイエ。ソノドチラデモナイノデスガ。

 ぷるぷると大急ぎで首を横に振る。

「なら、文句いうな。受け取れ」

「でも……私はゼン様に迷惑しか掛けてないし。ただ私が異世界から落ちてきた所に居合わせただけのゼン様に、こんなに高いものを貰う訳には」

 そこまで口にしたところで、ゼン様にずいっと顔を寄せられた。

 というか、これは壁ドンというものでは???


「俺はお前に迷惑を掛けられた記憶もない。それに……」

「それに?」

 そっぽを向いて黙り込んでしまったゼン様の、言葉の続きを待つ。

 でも。

「うるさい。お前は素直に受け取って、それで、次に会うまで絶対に死なないでいろ。いいか、絶対だぞ?」

 ぐっ。

 なんて。なんて弟子想いの優しい師匠なのだろう。

 本当に、なんて優しい人なのか。

「ハイ。…ハイ、がんばりますっ。死ぬ気でがんばりますぅ」

「馬鹿が。俺は死ぬなって言ってるんだ」

「ハイぃぃ」

 どん、と背中を押されて、脱いだ服を回収してくるように促された。

 そうだった。脱ぎたてホカホカのオールインワンパジャマを店主に片付けさせる訳にはいかないよね。女としてダメすぎる。


 ぐずぐずと鼻をすすりながら試着室へと戻る途中、それが目に入った。


「これ……ゼン様の剣と、お揃い?」

 それはハンターナイフといわれるものだった。いわゆる剣の半分くらいしかない刃渡りのそれは、身体に巻き付けるような剣帯と一体型の鞘と一緒にショーケースの中に収められていた。

「綺麗な刃文」

 ゼン様の扱う炎の魔法と相性のいい紅い魔石が埋め込まれたそのナイフの刃は、まるで芸術品のように美しかった。

 魅入られるように見つめていると、ホクホク顔の店主がゼン様の依頼通りのものを揃えて戻ってきた。


「あぁ。そのナイフは、ゼンの持ってる剣と兄弟なんだ。本当は対で持つべきものなんだが、アイツの売りは速さだからな。少しでも軽くしていたいとコイツは断られちまった」

 ナント?!

「て、店主、サマ。では、これを私に売ってくださったりは…」

「しねえよ」

 ですよねー。貧乏人には到底手の届かない、高嶺の花なお値段に違いない。しょぼん。

「いっとくが、金じゃねえぞ? そりゃ安くはねぇ。高えよ。埋め込んだ魔石の品質も、ナイフ自体の素材だって最高の物を使ってる。なによりそれを造った俺の腕もだ。俺にはその自負がある。でもな、それ以前に、そりゃ武器なんだよ。魔獣だけじゃねえ。人を殺せる武器なんだ」

 店主の言葉に、ハッとした。

「一つ間違えば、武器を持つお前さん自身を殺しちまう事だってあるんだぜ? そんな不幸の基になっちまったら、そいつはこの世に生まれてきた甲斐っつーもんを無くしちまう。だから、扱い方をなーんも知らねぇ素人に売るなんてことを、そいつを生み出した俺にはできねえんだよ」

 !!!

「……ごめんなさい。素人が、大変失礼なことを言いました」

 正論すぎてぐうの音も出なかった。

 なんて失礼なことを口にしてしまったんだろう。店主だけでなく、このナイフそのものに対しても失礼千万だった。

 しょんぼりと反省していると、店主が頭を掻きながらそっぽを向いたまま口を開いた。


「このナイフが扱えるように腕を磨いてから金持ってこいや。どうせゼンとお揃いになっちまうようなナイフを買いに来る奴なんか来やしねえしよ。取っといてやる」

 !!!!!!

「ありがとうございます! 絶対、絶対お金貯めて、修行がんばって、買いに来ます!」

「おう。鎧のメンテもあるからよ。マメに顔出せや」

 門番には言っといてやるからよ、と店主に言って貰えて、天にも昇る気持ちだった。


 ゼン様と離れても、その繋がりは消える訳じゃない。

 自分で繋ぐこともできるのだ。



「お世話になりました! また来ます!」

「おう。ちゃんとメンテに来いや」


 ブンブンと手を振って店主と別れを告げる。

 そのまま、朝来た道を、ゼン様の後ろを追って歩いていく。

 次に来るときは、ゼン様の先導はないんだなぁ。

 そう思うだけで視界がぼやけてくるけれど、ぐっと食いしばて置いて行かれないように頑張って歩いた。


 門番と再び会話をし、ついでのようにちょっとだけ挨拶もさせて貰う。

「ヘンドの街に住んでいる轟雷団に所属する冒険者だ。現在はDランクだが、武具屋のオヤッサンとも話はついている。次からはひとりで通うことになるのでよろしく頼む」

 ゼン様の紹介の後、「ミミミです。よろしくお願いします」と頭を下げると、門番さんはじぃっと私を見つめた後、「あぁ、オヤッサンの防具を買わせてもらえたのかい。良かったね。次に来る時は、一つでもいいからその防具を身に着けてココに来るんだよ」と言われて頭をひねったけど、ちらりと見上げたゼン様が当然だというように頷いてみせるので、「分かりました」と私も頷いた。

 門番さんも同じように頷いて、私たちに門をくぐらせてくれたのだった。





※トラウザーはハーフパンツ。トラウザーズはロングパンツ。ダボっとしていない身体のラインに沿った形のズボンのことらしいっす。



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