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8,人生初のお買い物デート(日本も含む)その1

回想回です。あまりに長いので分けました。

 


「おはようございます。昨日はすみませんでした」

「おう。もう、体調はいいのか?」


 朝定食を頼んで、ゼン様と同じテーブルの席へ、おどおど座る。

 なんとなく気まずくて真正面からゼン様のご尊顔を見ることができない。


 朝の食堂は、眠そうな顔をした冒険者たちでいっぱいだった。

 ギルドでその日の依頼が張り出される時間に、即見に行くために早起きする冒険者は割と多いのだ。

 安全で割のいい依頼は競争率が激しい。早い者勝ちなのだから当然なんだけど。

 昨夜は部屋から出る気にならなくて、残っていた携帯食をもそもそっと部屋においてあった水で流し込んだだけだったので、朝起きた瞬間からお腹が空いていたのだけれど、この分だと食事にありつけるまでもう少し掛かりそうだ。

 食堂の中は、焼きたてのパンの香りや朝からガッツリと肉を焼く匂いが充満している。

 気まずさと空腹感で、なんだか今すぐ泣きたくなった。


 俯いて、水の入ったコップを両手で握りしめていた私に、ゼン様が優しく声を掛けてくれた。

「……もう、あっちに挨拶には行ったのか?」

 テーブルに落ち着く前に、ゼン様から声が掛かった。その質問に胸が痛んだけれど気が付かないフリをして首を横に振った。

「まだです。昨日は一日、宿で寝ちゃいましたし。たぶん今日はもう冒険に出てしまっているかもしれないので、夕方になったら教えて貰っている常駐の宿に足を向けてみようかと思って、ます」

 想定問答集その4そのままの質問に、用意しておいた答えをよどみなく口にした。

「口調、変えたんだ?」

 ぐっ。そんな細かいことに気が付かないで欲しい。

「独り立ちするって決めたので」

 視線はまだ上げられないけど。

 いま、ゼン様はどんな顔しているんだろう。

 そんな風な声には聞こえないけど、寂しそうにしてくれてるかな。

 それとも、不出来な弟子の旅立ちを、少しは誇らしく思ってくれてる?


 拾った迷子の面倒からようやく解放されたって顔をされていたら、間違いなく、泣く。


「おまちどうさま。昨日は体調悪かったんだって? サービスでオレンジ付けといたよ。女の子には朝の果物が必要さね」

「おばちゃん、ありがと」

 渡されたお盆には、焼きたてのパンと塩漬け肉の茹でた奴が乗せられたお皿と、豆のスープ。それと2切れのオレンジが載せられていた。

 最初のひと口はスープ。温かくて胃がポカポカしてくる。

 次は、パンをちょっとだけちぎってスープを浸して。スープを吸ってとろりとしたパンが甘みを増して美味しい。そうしてようやくメインの塩漬け肉の出番である。

 何肉かって? フフフ。世の中には知らない方がいいことはアルンダヨ?

 なんて。多分、豚肉。見た目はイノシシっぽいけど、肉の味はまんま豚肉だ。イノシシの肉なんて食べたことないから、そっちとは比べられないけどねー。


 ふわふわでトロトロの肉は、パンに挟んでよし、そのまま齧ってよし。最高だ。

 朝から肉汁とか、うわーと思っていた時期が私にもありました。

 でも、身体が資本の冒険者生活。朝きちんと食べておかないと、まったくゼン様の歩みについていけないのだ。まぁね、ずっと手加減して貰っててゼン様は後ろを振り返りつつの往路に帰路だったんだけど。

 ああ、いやだ。

 私の中には、ゼン様の優しさしかない。この世界のすべてなのだ。


 でも。私にとってゼン様がすべてでも、ゼン様にとってはつい関わりを持ってしまった不憫な異世界人というだけだ。

 いつまでもしがみつかれても困るだろう。

 ちゃんと、自立しないとダメなのだ。


「……なんだ?」

  ?! いつの間にか、ゼン様の顔をガン見してた。さっきまで顔が見れないとか思ってたくせに。なんて図々しいのか。

「……いえ。やっぱり朝からワインなんだなーって」

 ゼン様は朝食をほとんど食べない。

 コップ一杯の赤ワインとチーズとナッツの盛り合わせをひと皿。毎朝、これだけだ。

「あんまり腹が膨れていると、頭が働かなくてな」

「……私は食べないと動けなくなっちゃうんですー」

 べーっだ。デブって言いたいなら、受けて立ちますよ? 勝てる気まったくしないですけど。

「誰も、お前が食べ過ぎだなんて言ってないぞ?」

 でも思ってるデショ、と言いたくなるのは、なんとなくニヤついたその視線のせいだと思う。くっ。これだから細身男子は。

 

「さて。いくか」

 よく噛んで、ゆっくり食べても所詮は一番安い朝定食だ。量自体は大してない。

 それでも、ワインとおつまみみたいな朝食のゼン様よりはずっと多いし、少しでも引き伸ばしたくて普段よりも時間を掛けて食べてしまった。


「はーい! それでそれで? 本日のご予算は金貨お幾ら枚まででしょ?」

 わざとらしく、できるだけ下品にグフグフ笑って見せる。

 そうでもしないと話ができない。


「予算なんか無い」

「えぇ~? そんなぁ。好きなものを好きなだけ買ってくれるって約束したじゃないですかぁ!」

 モチロン、嘘だけど。約束したのは、防具だけ。

「だから。予算はない。好きなものを好きなだけ買うといい」


「…………その冗談、あんまりオモシロくないですよ?」

「俺に二言はない。栄えあるSクラスソロ冒険者の財力を、舐めるなよ? これまで稼ぐばっかりだったからな。貯まっていく一方だったんだ。たまにはこんなイレギュラーな馬鹿みたいな使い方するのも有りだろ」


 ……いや、無しデショ。


 そう思ったんだけど、どんどん歩いて行ってしまうゼン様の後ろをついていった先にあったのは、この街で一番お高い防具店でも、モチロン宝飾店でもなく、ぐねぐね~っと曲がった路地裏を進んでいった先にある門を合言葉で開けて貰って入った所にある看板どころか表札もないドアが並んだ一角だった。

 その小路をずんずん進んだ先にある、やたらと無骨な四角い扉を開けたお店が、ゼン様のお目当ての場所だった。


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