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6,大蛸なら焼いちゃえばいいんじゃないかと思っていた時が私にもありました

 


「やったか?!」


 切り口から、どろどろとした紫色のヘドロのような体液が溢れ出し、ボス部屋が異様な臭いで充満する。

「このニオイは。……吸い込まない方がいいわ。毒かもしれない」

 ざざっと皆がその死骸から距離を取る。

 しかし、倒したからにはその証として核となる魔石や高く売れそうな素材を持って帰りたいと思ってしまう。それが冒険者というものだ。

 手をこまねいたまま見つめる先で、いつしか真っ二つになって床に頽れているだけだった筈の大蛸から溢れる体液が、ボコボコとまるで沸騰するかのように膨れ上がっていく。


「……そんな、ばかな」


 そうしてそれは、二体の大蛸、地獄の大蛸(デス・オクトパス)へと成長していた。

 救いがあるとすれば、どちらも身体に最初の一体に対して与えた傷をそのまま残した状態で増えている、ということだろうか。

 二体となった大蛸は、どちらも一部の脚が焼け落ち、胴体もひどく焼けコゲたままだ。


「こんなの、どうやれば倒せるん?」

 絶望に染まった顔で、ユンさんがそれを見上げる。

 スカイさんも難しい顔をしたままだ。

 アリアさんも、悔しそうに見上げている。


「……核を、割、ら、ないと、ダメ」

 ずっと黙って大蛸を見つめていたヨルンさんが呟いた。

 魔獣の中には、傷つけるとそこから複数に増えていくタイプのものがいる。

 そういったタイプを倒しきるのはとても厄介で難しい。

 しかし、魔獣の身体の中のどこかにある、核となる魔石を割ることさえできれば、その魔獣を倒すことはできる。

 一番価値の高いそれを壊すことができれば、の話だが。

 それについては命あっての物種だ。

 お金で買えるものは多いけれど、命と五体満足であることは金では買えないのだ。

 今の状況に、お金を取るという選択肢はない。

 もっとも、ありふれた魔獣ならともかく、未踏破ダンジョンのボス魔獣というまごうことなきレア魔獣のそれがどこに隠されているのか。まったく分からない今の状況ではどちらにしろ難しいことに変わりないんだけど。


「……悩んでいる時間は、無さそうだな」

 苦々しいスカイさんの言葉に視線を戻すと、右と左に分かれたヨルンさんの射た矢が刺さったままだった眼球を、大蛸が自らの触手を使ってえぐりだしていた。

 ずるりと落ちたそれすら、ピクピクと蠢いて、まるでそこから大きな身体をすべて作り出そうとしているみたいだった。


「この大蛸、もしかして回復魔法を?」

 この世界には存在しない筈の、それを使える魔獣なんてどうやって倒したらいいのか。まったく分からない。

 その恐怖に、足が竦んだ。


「いや。地獄の大蛸(デス・オクトパス)にはそんな能力はないよ。これが魔法なら一瞬で再生するんじゃないかな。ゆっくりと再生しているように思える。こいつの自己修復能力が、バカ高いと考えるべきだ」

 なるほど。そうなのか。

「話に聞く地獄の大蛸(デス・オクトパス)にはこれほどの再生能力はないと思ったんだけど、個体差もあるのかもね。でもSランクになろうっていうなら、たった1体のSランクの魔獣に団として負けてられないよね」

 スカイさんのその言葉は力強くて、その後ろ姿がまっすぐである限り、勝利を目指して頑張ろうって思えた。

 ちょっと落ち着いた。いや、どうやって倒せばいいのかなんてわかんないけどね?

 でも、魔法じゃないなら、なんとかなる気がする。


「とにかく。核の在処を見つけ出すしかないようだ。あらゆる角度から真っ二つにしつづければ、いつか当たりが出るさ」

 スカイさんのあまりに豪快な言葉に、パテメン揃って苦笑いする。

「まぁ、そうなんやけどさ。それ、メッチャ数増えっから」

「作戦というには、雑なんですの」

「…………」

「しゃーないですね」

 皆で顔を合わせて頷き合う。


「いきます!」

 なんて。私にできることといえば、やっぱりコレしかないんだけど。


防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)!!」 


 全員に掛けまくる。さあ、負けられない勝負の始まりだ。




風属性付与エンチャント・ウィンド複数速射(マルチショット)

 ヨルンさんが風魔法を付与した矢を連続で射る。風を纏ったその矢は、射貫かれたその場所を切り刻むようにしてどこまでも進み、ついには貫通した。

 大きな穴が、吹き飛ぶようにぽっかりと開いた。

「ハズ、レ。次、いく」


「さっすがヨルンの攻撃はいつ見てもエゲツナイねぇ。ウチは可愛くいこっ♪ 砂埃(サンド・ストーム)からのぉ、金剛刃付与エンチャント・ダイヤモンド!」

 砂埃は目眩ましだ。モチロン相手にだけ掛かる。とはいっても成功率はそれほど高くはないみたいだけれど「これがあるのとないのでは負傷率全然違うんだって!」と言っていた。なんとなくだけど攻撃のクリティカル率が著しく低下するっぽい。

 それよりなにより。

 金剛刃で殴りつけられて切り落とされていく触手が床に散らばってウネウネする様がですね。こっちの方がずっとエグくてグロいと思うんですー。


「アナタの金剛刃の方がずっとエゲツナイんですのよ! 炎の矢(ファイヤアロー)!」

 まったくだよ、と頷いている視線の先で、アリアさんの放った炎により、床でウネッていた触手がこんがりを通り越して黒コゲになっていく。

 どうやら炭になるほど焼き尽くせば動きは止まるっぽい。モチロン再生も止まっているようでホッとした。


「黒コゲになるまで焼き尽くしても倒せそう」

「んー。悔しいですけど無理ですの。あの胴体の体液の量は難しいと思うのですわ」

 あぁそうだった。毒液っぽいアレも困りものだったわ。


雷属性付与エンチャント・サンダー

 私たちが検証という名の雑談を交わす中で、スカイさんだけは黙々とその剣を揮っていた。

 雷を帯びた剣で切り落とされたそれは小さければ麻痺させることも可能のようで、しびれた様子で動けなくなっている所に、アリアさんが炎で止めを刺していく。


炎の矢(ファイヤアロー)! ふう。わたくしの魔力量なら軽いものですわ、と言っておきたいところですけれど、さすがに巨体すぎますわ。しかも2体ですのよ」

 小さく切り落としてコゲるまで焼き尽くす作業は地味にしんどかった。


 なにより、いくら切り落としても少しすれば触手はまた生えてくるのだ。

 このままではジリ貧だ。魔力切れの可能性もでてくる。

 私は、バックパックに背負ってきた薬の数を考えて、背中が冷たくなってきた。


「くっそ。キリがないね。つか、なんや強なってへんか」

 ユンさんの動きがさすがに鈍ってきていた。拳のひと振りで4、5本は切り落とせていた触手が2、3本、時には1本だけになってきていた。

 疲れが出ているのだろう。大盾も、いかにも重そうに見える。


 触手の攻撃を上手く反らせなくなってきているようだった。


防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)! 防御力UP(ハードガード)!!」 

 効果が切れる前に、バフを重ね掛けする。 


「サンキュー、ミミミ! これで百人力や」

 ユンさんの言葉が、胸に痛い。それしかできない自分が悔しい。

 自分にもっと力があったらいいのに。

 

「ミミミさん、そんなシケた顔をなさるものではありませんわ。こんな時こそ、お色気要員として張り切ってパンチラでもして下さいませですの」

「誰がお色気要員ですか!」

 おい、合法ロリ。阿呆なこというな。キャラ考えとけ!


「……ん、その方が、捗、る」

 ヨルンさんまで? そこでノッてくるの?!


「いいな。お色気要員のラッキースケベ期待してる!」

 スカイさんだけはそういうこと言っちゃらめぇぇぇ! 私の中では正統派ヒーローなのにぃ~。やーめーてぇぇぇぇ。


 私がワタワタしている間に、パテメンの表情から硬さが抜けていく。

 狭くなっていた視界が広がったのか、触手の攻撃を避ける行動がスムーズになり、攻撃に移るタイミングも良くなっていた。

「むぅ」私を揶揄うことでリラックスできるならそれでいいんだけどね。

 でもでも! 私が考えていた役に立ち方とちょっと違うんですけどー?

 それでも。まぁいいか、と思ってしまう。


 私は私にできることをしよう。


「! 水刃(ウォーターブレイド)

 焦がし具合が足りなかったのか、床に転がって動かなくなったと思っていた触手がアリアさんに向かって飛び掛かろうとしていたところを魔法で打ち抜く。


「サンキューですわ、お色気要員さん。結構ヤリますわね」

「ねぇ、いつの間に? いつの間に私ってばお色気要員で固定になったの? ねぇ、どういうこと?」

「さ、っき。触手ネタ、おもしろ、エロたのし、かった」

 まさかのヨルンさんの言葉に、声を失う。なん……だと?


 思わず素で呆然としてしまった。戦闘中だっていうのに。


 ふらりと、視線が上がって遠くを見るように、彷徨う。



「ミミミ! 危ないっ!!」

 スカイさんの、声がする。


 私は、とっさに視線の先に向かって、叫んだ。



水刃(ウォーターブレイド)最大出力!!!」


 伸ばした手の先から、勢いよく細く飛び出していく水流の刀が、狙ったそこを、撃ち抜いた。


「おまっ。どこに向かって撃ってるんや」

「おバカお色気要員!」

「……!!」

「ミミミ!!」


「……あー」


 私の視界が、私にはまったく視認できてなかった角度で、すぐ傍まで迫ってきていた触手の影により暗くなった。


 え、うそ。


 ──間に合わない。



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