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51,真実はいつもひとつだけ(という訳でもない)

 


「やっぱり?」

 思わず呟くと、ルートさんがおや、という風に目を見張った。


 だってさぁ。空飛ぶし、ブレス吐くし。

 あと、核の名前も、龍だったしね。

 あんなのどこが鯨だーって思ってました。


「というか、生まれたての時は鯨っぽかったんですけどねぇ。母鯨が死んで、んで、私が母鯨の残した核を手にして逃げて、一度撃退した後に襲ってきた時には……進化してて怖いくらい強くなってて。本気で死ぬかと思いましたよ」


『まだ錯誤があるのぅ。あれな、母じゃないからの? かろうじて我らが万能薬と儂が捧げとった祈りの力で、元の静かな場所で暮らしていた頃の穏やかな姿に抑えとっただけじゃ。太陽の力を借りるための祈りを捧げておった儂の命が尽きてしもうたせいで、戻ってきた痛みにその身を変化させた抜け殻みたいなもんじゃぞ』


 ?? ルートさんの言葉の意味がわからなかったのは私だけではないらしい。

 お師匠様もベルお姉さまもエルルド君も、みんな、眉間に皺を寄せて悩んでいる。


「で、でも! 母鯨が死んだ後に、ちゃんと核である龍涎香アンバーグリスは残ってましたよ?」

 持ってこれなかったけど。

 でもちゃんといい香りのする琥珀色の大きな核だった。


 私の主張に、ルートさんが微妙な顔になる。


『……ありゃ、核ではないぞぃ』


 …………。


「?!?!?!?!?!」

 確かに。他のどんな魔獣の核であっても、香りのする核は他になかった。


『のぅ、ミミミよ。お前さんは自分を指し示すとき、どこを指すかのぅ?」

「自分を、ですか?」

 問われて自然に指を動かす。

 なんとなくだけど、私は自分の鼻先を指差した。

 ちょっと考えて、指で差したのは鼻だけど、顔というか脳みそとかなんかその辺りまるっと指している気がした。

「うーん。顔、もしくは頭、ですかねぇ」

 ルートさんは次にベルお姉さまを促す。

「そうねぇ。私は胸元、心臓の辺りになるのかしら」

 それぞれの答えに、ルートさんは面白そうに目を眇め、重ねて問い掛けた。


『それじゃの、自分を指示した指は、自分だと思うかの?』


 手を開いて見下ろす。うん、”私”の手だ。

 私も、ベルお姉さまも、ルートさんに向かって頷いた。


『そうかそうか。では、指先の爪はどうじゃ? 自分だと思うかの?』


 爪、かぁ。

 手を開いた時に見下ろしたのは、手のひら側だった。

 爪を見る為に、手をひっくり返した。

 更にその指先に生える爪を、じーっと見つめる。


 これを、自分だと思えるか? むむっ。


 私が悩んでいると、ベルお姉さまが「指は私の一部だわ。だからそこに生えている爪だってそう」とキッパリいうのを聞いて、そうかもな、と思えたので私も頷いた。うん、我ながら日本人だ。


『ふぇっふぇっ。そうかそうか。爪はおぬし等じゃったか。では、作業の邪魔だと切った爪はおぬし等かの? 綺麗に伸ばした爪が欠けたものを、自分だと思うかの? 長くなりすぎて切った髪はどうじゃ? 排泄物は?』


 ぐぬぬぬぬ。


「……”自分”では、ない、です」


 なんだろう、この謎の敗北感。

 目の前の半透明の綺麗な顔が、無性に腹立たしい。

 そう思ったのは私だけではなかったようで、隣に立つベルお姉さまも不機嫌な顔をしていた。


「それで? この問答と龍涎香アンバーグリスにどんな関係があるのかしら」

 コメカミに青筋立てたベルお姉さまが問い掛けた。


『うむ。魔獣の生態については判らんことの方が多いんじゃがの。ホレ、奴等はおっ死んじまうと、その身体は露と消え核だけ残すじゃろ? でものぅ。こうしてミミミの鎧は素材として竜の鱗を使うておる』

 龍以外の魔獣もだが、爪や皮、骨なども、倒せば素材として回収ことができる。

 しかし、倒してすぐに剥ぎ取ったり拾い集めないと、それは固定化できない。消えてしまう。


『でものぅ。実はの、剥ぎ取る以外の方法でも、露と消えることのない場合があるんじゃよ』

 きらり。お師匠様の瞳ががぜん輝きだした。

 興味津々ですね。


『もう役には立たん、自分の一部ではないと自ら切り離したものたちは、剥ぎ取らんでも消えんのじゃ。龍涎香もそうじゃ。あれは龍の腸内に残った、残りっ滓じゃ。排泄物じゃ。つまり、体内で作りかけてたうんこじゃの。じゃから、香りが残っとるんじゃ』


 うぎゃっ。

 しっかりと、抱きかかえてしまったんですが?

 龍のうん……かぁ。

 投げ捨てちゃって納品できなかったとか。抱きしめ損じゃないか。

 ぐったりとした私に、お師匠様がぽつりと呟いた。

 

「即ポーチに入れたから、セーフだな」

「納品できたんですか?!」

 こくりと首を縦に振るお師匠様に、尊敬の念が止まらない。

「すごいです」

「お前のところに合流する前に、お前が戦っていた奴とは違う個体と一戦交えたんだ。溶岩鯨が残したそれを俺がポーチに入れたら、すごい勢いで襲ってこられた」

 私の時と、ほとんど同じだ。

「なんとか撃退して、お前の方に合流したんだけど結構ぎりぎりになってしまった。済まなかった」

 一人で大変だったな、と言われて涙が出そうだった。

「だいじょうぶです。ちゃんと間に合っ……『じー。ちゅうするんなら、待っとってやるぞい?』……しません!!!!」

 なんということをいうのか。

 この半透明の綺麗な顔をした中身エロジジイめっ。

 

『なんじゃいツマランのぅ。ちゅーせんのなら、すまんが、時間もないんで儂の話を先にさせておくれ』

 けど、確かにこんな時にする話題でもないので黙っておくことにした。


『この世界のある国の王が、戦に負けそうになった時、地下深くでのんびりと暮らしていたあの古き龍たちを、強引に地上へと呼び出したんじゃ。熱い熔岩の中で静かに暮らしておった龍たちは、地上の空気の温度で身体が冷え固まり死に掛けた。その痛みに耐えられた数体は、呼び出した王の言うことなど当然じゃったが聞かなんだ。むしろ逆鱗に触れられたかのように怒り狂い、その胎内から高温高圧の恐ろしいブレスを吐き続ける破壊の権化たる龍として生まれ変わったんじゃ。この世界は破滅寸前まで追い詰められた。呼び出した彼の国は一瞬で焦土とされ、大規模地殻変動が起きて沈んだ。この島は彼の国に最後に残された領土じゃ。破滅の王と化した古き龍達が同胞と共に呼び出された場所であり、変化に耐えきれずに命を落とした同胞たちが眠る場所でもある。故に残されたんじゃろう』


 破壊の権化たる古き龍。

 ──地上の空気の温度で身体が冷え固まり死に掛けた。

 ──逆鱗に触れられたかのように怒り狂い、

 ──その胎内から高温高圧の恐ろしいブレスを吐き続ける


 あれ? 私、それなんか知ってる気がする。

 心臓がバクバクいう。でも倒せたよ、ねぇ?


『そこで。龍の怒りを鎮めるべく、身体を癒し、元の鯨のような姿に戻すべく、異世界にいるという癒しの魔法を使える一族を召喚することになったのじゃ』


 聞き覚えのあるその単語に、心臓がどくんと大きな音を立てた。


『教会と、周辺国の王たちは協力してそれを行ったんじゃがのぅ。何故か呼び出せたのは、儂でのぅ。焦った声で「か、からすじゃと?!」となぁ。かなり失礼な奴らじゃったよ』

 それはね。うん。

 異次元からいきなり勝手に連れてこられて、そんな事を言われたルートさんの気持ちもわかるけど、召喚した人たちの気持ちもわかる気がする。


『しかものう。何度も言うが、儂、烏になって永かったからのぅ。人であった時の知識も技も遠くての。しかもこの地へ持ってこれた魔法は固有魔法スキル輪廻転生レアンカルナシオンだけじゃった。いろんな魔法も邪法も、この手から零れ落ちた後だったんじゃ』


 ……途中、すっごく嫌な単語が聞こえた気がするけど気にしたら負けなんだろう。

 隣に座る、ベルお姉さまも同じような渋~い顔をしていた。うん。気にしないでおこう。そうしよう。


『それでも、なにしろ儂は聡く賢いからの。一番話が通じそうな神官と魔法師共を相手に会話を成立させての。現状を説明させて、龍を鎮めるべく薬を作り出したんじゃ。それがあの万能薬エリクシルよ』

「すごい」

 ごくり。おもわず咽喉が鳴った。

 あの地龍を治した万能薬を作り出したなんて。なんてすごい英知の塊のような人なんだろう。……人かどうかは微妙か。


『ただのぅ。儂らが作った薬では、完全にはアレを癒せなんだのじゃ。効果が長持ちせんでのぅ。効果が切れた途端に、激高して動くもの全てを蹂躙しつくさんと暴れまくりおる。儂が、月に一度は火口へ昇って薬を注ぎ、毎日陽の出ている間は太陽へ祈りを捧げて、地中へとその力を注ぐことでなんとか騙しだまし今日まできたんじゃ。じゃがのぅ。それで誤魔化せるのもそろそろ終いじゃて』


 どういうことだろうか。

 急に神殿内の緊張感が高まる。


『儂という存在の魂が消える寸前なんじゃ。呪術で最初に産まれでた人としての身体に魂を縫い付けることで五百年、不完全ではあったが不老不死の妙薬のお陰で烏として……八百年近く生きたかのぅ。そうして、この世界で固有魔法スキル輪廻転生レアンカルナシオンを得て千年ちょっとかの。さすがにもう無理じゃわ。ここ数回の輪廻転生レアンカルナシオンでは記憶も継承できなんだ。こうして、魂だけになって久しぶりにいろいろ思い出せたんじゃよ』


 そうか。それで、日記か。

 でも失い始めてから残したのでは補いきることもできなかったんだろう。

 さらりと口にされた年月をすべて足した月日をすべて足した、その恐ろしいほどの孤独に、耐えきれた理由はなんだったのだろうか。

 


『儂が告げたその事実故に、教会は、新たに真なる万能薬を生み出すべく、世界中の希少な素材を集め出した』

 ここで、お師匠様と視線を合わせて頷いた。

 そうか。それがあの希少な品々の依頼だったんだ。


『そうして、ある国の王は、失われた秘術を朧な知識を結集して、異界から癒しの手の一族を迎えるべく、召喚魔法に手を出した』

 ルートさんは、エルルド君とベルお姉さまに視線を向け、もう一度お師匠様を向き、ついに私と視線を合わせた。


『それで、お前さんがそうなんじゃな』


 嘘を突き通す気にはなれなかった。

 だってここには、私を迎える為に失敗した人しかいない。

 ううん。私じゃなくても条件さえ合えば、誰でも良かったんだろうけど。


 でも、最初から私、宇佐見三実がココに召喚されていれば、誰一人として異世界に無理やり連れてこられずに済んだんだ。

 その人達に囲まれているという事実に、身体が震えて仕方がない。

 ぎゅっと両手を強く握る。


 怖い。


「あの……」


『のう、宇佐見うさみ三実みみ。その癒しの手を、貸してやってはくれないじゃろうか』


 ルートさん。ううん、トゥルートさんがまっすぐ私を見つめた。

 そこに、嘘や欺瞞はないように、見える。

 多分、本当にこの世界を救いたいんだろう。


 私は、ルートさんに向かって、こくんと首を縦に振った。


「ミミミ!」

 いつの間に横まで来ていたのか、お師匠様に腕を掴まれる。


「……お師匠様が、私の名前を」

「それはもういい。呼んで欲しいなら、これから幾らでも呼んでやる。しかし、こんな勝手に異世界へと呼びつけて、自分たちが仕出かした失敗の後始末をしろなんて勝手なことをいう奴らの為に危険な目に合うことは無いんだ。もうちょっとよく考えてから答えろ」


『勿論、儂もタダで協力した訳ではない。不完全な不老不死薬によって、位階の低い生き物へしか転生できなくなっとった儂を人間へと転生できるように、母の胎の中で命を失いしややと命を結ぶ陣を協力して開発して貰ったんじゃ。ただ、どうしても不慮の事故で死んでしもうた時に対処ができるか判らんということもあっての、どうせ誰かが太陽に祈りを捧げねばならぬなら儂が引き受けるかとココに籠っておったんじゃよ。だからのぅ、宇佐見うさみ三実みみ。お前さんも、なにか欲しいものや成し遂げたいものを、要求すればえぇんじゃ』


 欲しいもの。成し遂げたいもの。

 そんなの、決まってる。


「……帰りたいん、です。この、癒しの力を、持ったまま」


 あっちの世界には、魔法がない。

 それでも、可能性があるならば、あの恐ろしい疫病を、なくせる可能性が、あるのなら。

 すでに医療の力で治せているかもしれない。

 誰も苦しんでいないかもしれない。

 それでも。

 もしかしたら、まだ治療薬も、予防薬もできていないかもしれない。

 分からないことだらけだけど、動かないことにはどうにもならないんだ。


『帰る方法かのぅ。困ったのぅ、それについては前向きな言葉を返せぬよ。儂が召喚の儀を執り行った者たちに聞いた話では、「申し訳ないが、帰る方法はない」との事じゃった』


 そうなんだ。トゥルートさんって、何でもできて何でも知ってるのかと思ったのに。

 召喚を行った人たちが「無い」って言い切って、異世界の賢者だったらしいトゥルートさんも知らないとなると、これってかなり本気でお手上げってことかな。


「あ、あはは。そうですか。帰れない、んです、ね」

 身体から力が抜ける。

 そうか。帰れないんだ、私。


 帰ろうとしないのと、帰らないのと、帰れないのは、結果は同じようなものでも、全然ちがうんだなぁ、と思う。

 そうか。私は、これが怖かったんだ。


 こっちに来てすぐに帰る方法を探す気になれなかった。

 無理だと知るのが、どこかで怖かったんだ。

 だって、ラノベの異世界転移モノだと、よくある設定だもんね? 定番じゃん。

 それなのに。今更帰れるかもなんて、夢見たなんて。

 私って、なんて馬鹿なんだろう。


『すまんのう。儂も、どうせ元の世界には帰れぬと思って生きてきたんじゃ。この世界を陰から支えたとて、前の世界で引き起こした事の償いにはならんがの』




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