39,怒れる神々の山 探索
次の日から始まった調査は、想像以上に厳しいものだった。
まず、熱い。
そうして冷えて固まった溶岩でできた道は、硬くて脆いという矛盾に満ちていた。
ゴツゴツとした溶岩の道は不安定で、足と腰がバキバキだ。
突然聞こえてくる地鳴りと地響きに、心がガリガリ削られる。
頂上付近の熱気に肺や気管がやられて、呼吸は浅くなり、疲れはどんどん蓄積していく。
どこに転がって落ちているかもわからないし、欠片でも見つけられないだろうかと窪みや退かせそうな火山弾を見つける度に、丹念に探っていくが、ハズレばかりで心が折れそうだ。
そして臭い。
焦げ臭い、硫黄臭い。
話しに聞いた、龍涎香の甘い香りなんてどこからもしなかった。
「魔獣との交戦がないだけマシってところね」
ベルお姉さまの言葉に、声を出さずに賛同する。
実はAランク冒険者でもあったベルお姉さまの言葉が重く胸に響く。
たしかに、ここで戦闘になったら、それがA,Bランクの魔獣相手であっても苦戦しそうだ。
足場が悪くて、呼吸するだけで体力減ってとか。
最悪じゃない?
でも、地獄の門とも恐れられている山には、私たち以外の生きるものは一切いなかった。
雑菌とかね、そういうのはいるかもしんないけどね?
でも、目に見えるような敵には、一週間経って、ひと月経っても、まったく遭遇しなかった。
そう。つまり私たちは、一か月もの間みっちり探して回った挙句いまだ龍涎香を発見できていなかった。
なんということだ。
「……私の言霊つよつよすぎぃ」
やっぱり口に出したらイカンかったんだぁぁぁ。
後悔役に立たずってね。
ん? ちょっと違うか。まぁいいか、いまの私の実感だ。
「本当に、来年までココに暮らすことになるのかしら。一度、王都へ戻れないの?」
それはありかも! 来年の金環日食の日に合わせてココに戻ってくればいいんだもんね。
死にたて溶岩鯨の核を回収する方が確実だ。
お師匠様は、ベルお姉さまの提案について少し思案してから、
「そうだな。そろそろそれも視野に検討すべきかもな」
そう頷いてくれた。
やったー!
私とベルお姉さまは、その言葉に、手を取り合って喜んだのであった。
その日、神殿に戻ったお師匠様は、それでもいきなり撤退する前にと神官様の話を聞きに行った。
けれど、意を決して声を掛けたものの、さらりと目礼されただけで話すことはできなかったと戻ってきていた。
残念だけど、仕方がないかな。
本当は、話を聞かせてほしかった。
あんまり迷惑をお掛けする訳にはいかないのは分かっているけれど、ここに住んでいる神官様から情報が貰えたらそれに越したことは無いもん。
でもね。神官様の時間を邪魔するのは勇気が必要なんだよねぇ。
ここに到着した次の日、日の出とともに神殿を出ることにした私たちが見たものは、神殿の正面玄関のところに坐って祈りを捧げる神官様のお姿だった。
小さな声で唱えられている古代語の祈りは、乱入者である私たちがすぐ近くにいても一切止まることをしなかった。
半眼。一種のトランス状態なのかもしれない。
声を掛ける気になどなる訳もない。
不吉な山を前にして、不思議な静謐さを纏った神官様の様子に、私たちは息をひそめて足早にそこから立ち去ることにしたのだった。
そうして。
陽が陰って来るまで探索して廻った島の実情に打ちひしがれて神殿に戻ってきた私たちを出迎えたのは、朝見た時と同じ場所から微動だにせず祈りを捧げ続けている、神官様の姿だったのだ。
あの時は、マジ戦慄したね。
確かに、この神殿の空間だけは、山にいるよりずっと空気は澄んでいる。
でも、目の前の山頂には、冷えて黒くなった溶岩が割れたその隙間から、赤々と燃え盛る溶岩のうねりが見えるのだ。
いつまた噴出してくるのか。そう思わずにはいられない。
それが怖くはないのだろうか。
恐怖は日常足り得るのだろうか。いや、ないない。
ないでしょ。慣れないでしょ。
だって今この時もメッチャ揺れてたんだもん。
って。思う傍からそれが始まった。
ドーーンと派手な爆発音と共に噴煙が上がり、噴火が始まる。
ダンダンヒュンヒュンと火山弾が噴出する音がする。
ぎゃーーっ!
そんな感じで。
私たちが焦って神殿の中へと駆け込んでからも、神官様はずっと動かず、ただ、祈りを捧げていたのだった。
「私たちがここに着いた時に迎えに出てきてくれたのは、特別だったんですねぇ」
ぽつり。
全然、食の進まない晩餐を前に、呟いた。
目の前には、冷え切ってはいるものの、こんな場所にいるとは思えないほど豪勢な食事だった。
ローストビーフのサンドイッチ。
卵とベーコンとトマトのサンドイッチ。
新鮮野菜のサラダ。
口直しのピクルス。
デザートにはチェリーパイ。
みんな、あのポーチに依頼人が入れてくれたものだ。
携帯固形食が続くことを覚悟していた身としては、感謝しかない。
食べる気になれないけど。
「そうだな。あれはまだ陽が沈む前のことだったからな」
お師匠様が、指についたパン屑を舐めとりながら答えた。
こんな時でも食欲落ちないのって、すごいな。
冒険者として一流の証拠だ。
食べられる時に食べておかないと後悔する。
それは、荷物持ち係として傍に置いて貰っていた頃から何度も言われてきたお師匠様の教えだ。
でも、今は無理。
お師匠様の全部覚えて忘れないよう心掛けているけれど(たまに忘れる。……たまに)、さすがに今日この時は無理だった。
隣に座っているベルお姉さまの手も、止まり気味だった。
なんでかって?
今日の帰り道、突然の水蒸気爆発に巻き込まれかけたからだ。
あ。
と、思った時には遅かった。
すぐ傍で、いきなり冷え固まっていたハズの溶岩が割れて、そこから水蒸気が高く噴出したのだ。
熱くて。熱くて。
お湯の状態なら40度なんて温いお風呂でしかない温度なのに、日本で気温40度を超えた日は体中の血液が煮えてしまうかと思ったものだった。
何が言いたいかというと、同じ温度でも、液体と気体では、持っている熱量が違うってことだ。
そうして私たちの目の前で噴出しているのは、100度どころか200度以上のホンモノの水蒸気だ。
それが一気に噴出し、私たちに降りかかろうとしていた。
「爆炎」
お師匠様が叫ぶと、噴出してきた水蒸気をたっぷり含んだ熱風が押し戻されていった。
だから私も、お師匠様から一拍遅れてだけど、叫んだ。
「水刃じゃなかった、切り裂く風!」
熱い水にほっそい水刃ぶつけてどうすんだと自分でツッコミを入れたくなったけど、私も魔法で対処と思ったものの、まだ風の魔法は覚えなせいかすぐには口から出てこなかった。ださっ。
しかし。
視界の先では、中途半端に発動した水刃の水が雨粒のようになって、切り裂く風の力で廻りながら小さな水の傘となって私たちを守ってくれたのだった。
一瞬だけだったけどね?
でも、お師匠様による爆炎の爆散と、私の切り裂く風で作った小さな水の傘の合わせ技で作った、そのまばたきできる程度の、一瞬。
その一瞬で、お師匠様はベルお姉さまと私を両腕に抱えて一気にその噴出孔から距離を取ってくれたのだった。
すごい。お師匠様すごい!
さすが、Sランク冒険者だ。
疾風の二つ名は伊達じゃなかった。
私としては、ホッとするやら感激するやら忙しかったけれど。
「またいつ始まるか分からない。今日はここで終了にしよう」
そう言ったお師匠様の顔色は優れなかった。
そんなこんなで終わった一日を締めくくる晩餐なんだけど。
食欲わかなくても、仕方なくない?




