23,いつか皆が一目置くような有名な冒険者になってやるんだからっ(溢れる小者感
「ご心配は無用ですよ。実際にそれが許されているのは爵位を得ている当主とその配偶者だけです。私は、単に伯爵家の娘というだけで特赦を受ける権利は有しておりません」
私たちの内緒の情報交換が聞こえたのか、苦笑したエルルゥが振り向いて訂正をしてくれた。なんだ。そうなんだとミスティさんと顔を見合わせてホッとする。
「あはは。そうなんだ、じゃなかった。そうでしたか。お教え下さり、ありがとうござりまする」
ん? またなんかヘンな語尾になった?
ミスティさんだけじゃなくて、周りの人の肩が微妙に揺れてる気がする。
「ふふ。それは、あなたの故郷の言葉でしょうか。少し、耳慣れないもので。コホン。失礼しました」
謝りながら笑う、それも優雅にっつーのも、なかなかの高等テクニックよね、多分。
ちぇっ。自動チート翻訳機能め、ちゃんと仕事しろ。
いいなぁ、貴族のご令嬢。優雅さと剛毅さを兼ね備えた特別な存在。
美人さんだし、荒くれ者ばっかりの冒険者ギルドの真ん中で立っていても絵になる。
「先ほど、ギルドの入口の前で、そちらの方が女性へ無体を働こうとしていたのを見掛けたので助けに入りました。そちらの方の傷は、その時についたものですわ」
「無体なんかじゃねえ! 俺は親切心で、仕事の依頼を俺が受けてやろうとそこの女に声を掛けただけだ」
大男ががなり立てる声を美人さん改めエルルゥ嬢がバッサリと切って捨てた。
「ギルドの建物へと入ろうとした女性の後ろから掴み掛ろうとするのが、親切心ですか」
すぅっと、エルルゥ嬢の目が眇められ、その目に剣呑な光を帯びる。
うわぉ。美人さんのそういう顔って、なんか迫力ある。
──この人、強い。
多分、私と同じものを感じ取った何人かの冒険者が、こちらを振り向いた。
よくある騒動のひとつ。そう思っていた人も、何人か振り向くことまではしなくとも、意識をこちらに向けて様子を探っている気配がある。
この場の、緊張感が一気に高まる。
張り詰める。
それをぶった切るように、ドウランさんが呆れたような声を上げた。
「はぁ? このお嬢ちゃんがお前等ごときに仕事の依頼する訳がねえだろ。馬鹿か、お前」
ドウランさんが大男の言葉を投げやりに切って捨てた。
「お前等とはどういうことですか、ドウランさん。いくらアンタでも、言っていいことと悪いことが」
おぅ、リーダー恰好いいな。こんなになってもパテメンを庇う姿勢は悪くない。私の中で、好感度爆上げだ。
でも、ドウランさんはそんなこと一切関係ねぇとばかりに言葉を続けた。
「だってさ、このお嬢ちゃん、Aランク冒険者だぞ?」
そうしてその言葉に吃驚したのは、リーゴと愉快な仲間たちだけじゃなくて、この場にいたほとんどの人たちもだった。てへ。
ドウランさんはさらにリーゴ達へと追い込みをかける。
「たとえ、このお嬢ちゃんが依頼を出すなんてことがあったとしても、Sランクパーティが出す依頼だぞ? Bランクパーティのお前等には全然ちっとも丸っきり全くもって受注要件を満たせる訳がねえだろ」
ねぇ、その辺で止めとかないです?
なんかこう、イタタマレナイんですけど。視線が痛すぎるんですが?!
正直、タイマン張られたら圧勝される気しかしないし。
Aランクっていっても支援魔法担当、ついでにLuk値高めなだけなんで。
「今、王都のギルドにいるSランクパーティっていったら……」
「疾風……か?」
「まさか……こんなガキが疾風の?」
ざわざわと囁き声が騒めく。
あ、そっち? そっちね。うんうん。ソウデスヨネー。
うう。すみませんね。私のような新参者がお師匠様の一番弟子で!
チクショー。有名になってお前等みんな吠え面かかせてやるんだからっ。
ミスティさんの計らいで、私とエルルゥはギルド内の応接室に迎え入れられた。
初めて入るそこは、10畳くらいの広さがあった。
一階の頑丈であることを重視した窓口とは違って、壁には金色の額縁に入れられた高そうな絵が掛けられているし、座り心地のよい革張りのソファとピカピカに磨かれた黒檀のテーブルは傷一つない。いかにもな部屋だ。
うん。一般冒険者が入れて貰えない筈だ。あっという間に傷だらけにしちゃいそうだ。
でも確かにお金持ちの人の依頼とかは、たとえ代理人であろうと下の窓口で並ばせる訳にもいかないもんね。
相手はお金持ってる人って特別扱いされて当然だと思ってるってこともあるけど、依頼の内容的にも聞かれてマズいことも多いんだろうな。
お金持ちキャラバンや貴族ご一家が旅に出るルートとか、ここで情報が漏洩して襲われたとか目も当てられない。
そんな部屋に私達が連れてこられたのは、あのまま解散とするには周囲の雰囲気が異様だったこともあるし、お師匠様と同じパーティに入れるかもっていう期待にギラギラした人が何人もいたこともあるんだけど、なによりも、貴族令嬢が冒険者ギルドで登録することなんか王都内であっても滅多にあることではないからのようだ。
エルルゥは強そうだけど、数を頼みに取り囲まれたらさすがに敵わないかもしれないしね。安全を優先したのだろう。
そこでクマザサ茶みたいな爽やかな香りのするお茶を振舞われて一息ついた。
色も、おばあちゃん家で出されたそれと同じ新緑色だ。実は同じものだったら笑う。結構こっちでも、タンポポにそっくりの雑草とか青いちっちゃい花とか咲いてるんだよね。そういえば薔薇とか椿も咲いてるし、名前もそのままで通じているなぁ。そういうところは同じなのかな? チート自動翻訳機能は便利だけど、そういう所まで理解できる訳じゃないからなぁ。
あー。でもあれか。薬草とか、アイアン・ウッドとかはあっちにはなかったか。
ということは、こっちで薔薇って読んでいるあの花も、実は違う名前の違う花だったりするのかもしれないなぁ。本当のところはどうなのかは謎だけど。
でもやっぱホッとする~。日本茶とは全く違うけど、それでも紅茶や珈琲よりも、私にとってクマザサ茶はずっと身近な飲み物だ。
思わずニマニマしながらお茶を啜るように味わっていると、ドウランさんが会話の口火を切った。
「アンタ、おもしろい術を使うんだな」
私の隣で、綺麗な所作でクマザサ茶を口へ運んでいたエルルゥに向かって、楽しげに声を掛ける。でも、その目は笑ってない。ひぃ。怖っ。
「なんのことでしょう」
「さっき。アンタほどの極上の美人がすぐ傍にいたのに、アイツらはまったくアンタに気が付いてなかった。確かにある程度訓練すれば自分の気配を消すことができるようにはなる。でも、アンタとこうして対峙して思うんだよ。アンタの腕じゃ、俺には通用しない筈だ」
グッとカップの中身を一気に煽る。
ふわりと強いアルコールの香りが立ち昇った。
あ。ドウランさんのだけ、カップの中身ちがいますね? それ、蒸留酒でしょ?!
その、強いアルコールの勢いを借りて、ドウランさんがそれを口にした。
「あれは、……魔法だな?」
「ちょっと待って。そんな魔法、ギルドでは把握していないわ」
たまらずミスティさんが会話に割って入った。
「あぁ。この国だけじゃねぇ。俺が行ったことのある国、すべてで確認されてねえ魔法だな」
一応、この国というか近隣諸国含めて、新しい魔法を習得した時は冒険者ギルドへの登録が義務付けられている。
その情報は各国冒険者ギルドで共有されるのだ。これは協定となっているので違えることはできない。
その情報を基に、冒険者たちは、どの魔獣をどう倒せばその魔法を習得できるのか、日夜研究を重ね努力しているのだ。
すべては、明日も生きている為に。
特に今回ドウランさんが指摘したような魔法があるならば、ダンジョン内で魔獣に襲われる可能性が著しく減る可能性だって出てくる。
皆がその魔法を習得すべく情報を求める姿が容易に想像できる。そんな凄い魔法だ。
それなのに。そんな情報を秘匿した?
しかも貴族令嬢が?!
それを冒険者が指摘する。そりゃ強いアルコールの力が必要だわ。ユルシタ☆
恐ろしいほど張り詰めた緊張感の中で、たっぷり1分近く、ふたりはにらみ合っていただろうか。
何かを諦めた様子で、エルルゥが口を開いた。
「あれは固有魔法です。私が生まれつき持っていたものですわ」
「へぇ、あの、風の魔法もかい?」
?!
「あれは、極々普通の、切り裂く風ですよ?」
切り裂く風は所持している人の多い風属性の攻撃魔法だ。
つむじ風が起きて、小さな傷が無数に生じる。
ちっちゃい傷しかつけられないから当然だけど殺傷能力は低くて当たった場所によっては血も出ないほど表面的な傷しか作れない。だから痛みで怯ませたり、なにかを巻き上げて視界を奪うような使い方をする人が多い。私が最初の頃に水刃を使ってたのと同じ感じだ。まぁ、あれは私が勉強不足だったのが原因だけど。
エルルゥのその言葉に、私が違和感を覚えるより先に、ドウランさんがそれを突きつけた。
「嘘だな。切り裂く風ごときじゃ、あんなに深く斬れやしねえよ」
そうだ。あの大男の腕は、魔法で深い傷を無数に付けられていた。
傷の数が複数なのは切り裂く風と似ているけれど、切り裂く風では血が噴き出すほど深く斬りつけることはできない。
小さくとも血溜まりなどできはしない。出来て血飛沫がいいところだ。
「はぁ。Aランクの冒険者にもなると、痕跡からだけで判ってしまうんですね」
すみません。全然わかりませんでしたっ。お恥ずかしい。
「ふ。俺はこれでも冒険者ギルド本部の指導員でもあるんでね。逆にわからなかったら問題だ」
ですよねー。ドウランさんが特別なんですよね! うんうん。
……くっ。いつか、いつかホントの本当に、皆が一目置くような冒険者になってみせるんだからっ。




