22,美人さんの正体は、一級魔法師サマでした☆(一級魔法師自体を知らない訳ですが
えー?! そんな馬鹿な。
「私は何もしてませんよ? 今だって振り向いただけだもん。んで、アナタは勝手にすっころんだだけですよね」
他人のせいにしないで貰えますか? って、冷静に指摘してやろうと思ったのに。
その言葉を口にする前に、リーダー(仮)のオッサンが背中に背負っていた大剣を抜いた。
うそん。
ギルド建物内でナニ熱くなっているんだか。
「えーっと、あのね? 少し落ち着こう?」
そうじゃないと、アンタ達、ギルドガード取り上げられちゃうよ? 後ろから来てる怖い人に。
「ふははははは。馬鹿な女だ。今更命乞いをしても無駄だぞ」
いや、むしろ命乞いをするべきは、アンタ達じゃないですかね?
とりあえず物騒な武器ではあるので、周囲を取り囲んでいる人に被害がでないよう、全員にむけてコッソリと防御力UPを掛けまる。
「なにブツクサ言ってんだ! おりゃあぁぁ「拘束」うぁああ??」
私に向けて剣を振り下ろそうとしたリーダー(仮)の動きが止まる。
おぉ、床に這いつくばるかと思ったけど、結構やるね!
でも、後ろでドヤ顔してたパーティメンバー達の方は、さすがに耐えきれなかったのか身体を蔓でグルグル巻きにされた状態で床に転がっていた。
野太いうめき声が不協和音のように響く中を、ゆっくりとその人は近づいてきた。
「俺の昼寝の邪魔するとは。おい、リーゴ。お前、偉くなったもんだな?」
リーダー(仮)はリーゴっていうのか。そんなに遠くなかったな。ニアピン?
「い、いえ。そんなつもりはなかったんですが……その、おひさしぶりです、ドウランさん。こちらにいるとは知りませんでしたよ」
「おう。今年からココの教官してんだわ、俺」
ケラケラ笑いながら、リーゴの前にその人は立った。
がっちりと筋肉の付いた肩回りと、大きな口元からハミ出た牙。
そしてなによりピコピコ動くもっふもふの耳と尻尾はフッワフワだ。
親し気な会話ながら、ドウランと呼ばれたその狐獣人の瞳は、冷たく底光りして見えた。
「で? お前、何してんだ」
「ナニ……と、いわれても」
アンタの魔法で拘束されてるって返したら殺されるとでも思ってるんだろうなーってガクブルしているリーゴを見ていたら。……どうしよう。笑えてくるんだけど。
ここで爆笑したらマズいよね?
そっと横に視線をずらすと、ミスティさんの肩も震えている。きっと同じコト考えてるな。私の視線に気がついたのか、ミスティさんと視線が合う。
もう耐えきれないと噴出した時、あの大男が床に転がったまま大声を上げた。
「そこの! ムカつく女に怪我をさせられたんで、リーゴさんが賠償を取ってくれようとしただけなんです」
なんですと?!
周囲の視線が再び私に集まる。いや、確かにソイツが怪我をした一因ではあるかもしんなけど、私のせいじゃないんじゃないかなぁ。
じとん、とした視線を大男に返すと、大男も負けじと睨み返してきた。ああん? やんのか、テメー。お師匠様の一番弟子の名は誰じゃないんだぞ? 多分。
ドウランさんが、ちろりと私を確認した後、わめきたてる大男の横にしゃがんで怪我した手に雑に巻かれた包帯をその長い爪で一閃した。
はらりと落ちた元包帯の残骸の中から出てきた患部を確認したドウランさんが、わざとらしいほど大きなため息を吐いてみせた。
「嘘を吐くのもいい加減にしろ。俺は無理やり起こされたばっかで機嫌が悪りぃって言ったぞ?」
患部を目にした後、言葉通り不機嫌さ全開のドウランさんが、持っていたその腕を床に叩きつけるように放り投げた。
「ぐあっ」大男が受けたその衝撃に思わずうめき声をあげる。
うわー、痛そう。
「ドウランさん、そりゃあんまりだ。俺たちは嘘なんか吐いてねぇ」
リーゴが仲間を擁護する声にドウランさんは視線すら向けずに、床に落とした手を、左足で踏み躙る。
「うぎゃあああぁぁあぁぁぁぁ!!!! い゛て゛えぇぇぇぇっ」
そりゃ、さっき血塗れになるほど傷だらけにされたばっかりですもんねぇ。
そこをごっつい冒険者御用達の革ブーツでグリグリーッとされたら痛かろう。
「ドウランさん!?」
「この傷には、風系統の魔法の痕跡が残っている。そんで、そこのお嬢ちゃんの使う攻撃魔法は水属性だけだった筈だ。つまり、こりゃ冤罪だ」
いやん。冤罪を晴らすためには必要だったのかもしれないですけど、勝手に奥の手をばらさないで下さいよう。
これでも支援魔法担当で通っているんですからね?
なんて。周囲を見回しても、私がダレなのか分かってない人の方が多そうだけど。
「?! そんなっ」
ドウランさんの名推理に、リーゴが愕然とした顔で仲間を振り返ろうとしていた。
蔓でグルグル巻きにされたままだからできてないけどね。
「つか、あれだろ? どうせ、そこのお嬢ちゃんを一般の依頼人かなんかと間違えて入口で暇こいてたから声掛けてみたけど無視されちまって逆上して~とかいうんだろ? なぁ、そうだろう?」
さらに手の甲をグリグリグリグリーッとしながら、ドウランさんは超名推理を滔々と語った。
ナニコレ、名探偵すぐる。本当はお昼寝なんてしてないで、横からそっと覗いてたんじゃないの?
「この傷も、お前等が自分でつけたんじゃないのか? 白状しちまいな。はやくしねぇと、この手、使いモンにならなくなっちまうぞ」
いかん。私にとっては冤罪だけど、自演という訳ではないのだから。そこまではやり過ぎだ。冒険者引退とかになっても嫌すぎる。
「あの! その傷は、えっと私を……えっと、な、ナンパ? 失敗して逆上された結果齎されたといいますか、バチが当たったといいますか、完全なる自業自得で、正義の鉄槌が振り下ろされたといいますか……えーっと」
どうする? どういう?
どうすれば、私を助けてくれた美人さんを、このゴタゴタに引きずり込まずに着地できるんだろ。うわーん。
「申し遅れました。ここに来たのは今日が初めてなものですから、少し状況を把握させていただいておりました。この度、魔法大学校を卒業したエルルゥと申します。風系統一級魔法師です。以後お見知りおきください」
涼やかな声に皆の目が集中する。
たくさんの視線に晒されていることを感じないのが、美女さんは、するりとまたしても美しい所作で、頭を下げた。
周りの人は今更こんな美人がいたことにようやく気が付いたとばかりに目を見張っていた。
わかる。わかるよー。こんな芸能人より綺麗でエロい美人にお貴族様みたいな礼を取られたら、そうなるよねー。なっちゃうよなぁ。分かりみが深すぎる。
「一級魔法師……」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が、しんと静まった中で響いた。
「……ん?」
あれ? そういえば、冒険者はA、B、C…って、ランク分けされてるのに。一級ってどういうランクになるんだろう。
首を捻っていると、ミスティさんがそっと耳打ちしてくれた。
「そういえばミミミさんは地方出身だったわね。なら知らなくてもしょうがないかも。お貴族様が通う魔法学園高等部の卒業して、特別な試験に合格した者だけが”一級魔法師”を名乗れるのよ」
つまりは?
私は、再びぐるんと首を彼女に向けた。
まったく理解できてない様子の私に、ミスティさんは仕方がないわね、と教えてくれる。
「彼女は、この王国の貴族位に属するお嬢様ということよ」
そうなんだ! てへ。すみません、察しが悪くて。
でもそっかー。ちょっと納得した。
「道理で! 立ち振る舞いや所作が綺麗だと思ったんですよー。いや、見た目もね、私と同じ人間とは思えないほど綺麗だなーって思ってますよ? 美人さんだし、スタイルだってこう……殿方の夢と希望が詰まっているような完璧ボディ☆ ほんと、別次元の存在っていう感じですねぇ」
私はただ忌憚のない自分の感想を述べただけにすぎないのに、両側から手が伸びてきて私の口を塞いだ。
「地方ではあまり知られていないのかもしれませんが、この国の貴族は平民を『不敬である』のひと言で叩き切ったとしても黙認されるんですよ?」
こそこそっとミスティさんが耳打ちしてくれたそれに、また大きな声が出そうになったけど、今度は自分で口を塞いだ。
なんということだ。ということは、ここには時代劇でよく聞く『切捨御免』とかいう奴と同じような制度があるってことだろうか。
あれはあとでちゃんと理由とか書いて届け出ないと駄目だったそうだけど、皆の反応を見る限り、こっちではそれもいらなそうだ。黙認なら制度として確立してる訳ではないんだもんね。正当な理由とかそんなのもいらないのかも。




