19,そうだ! お師匠様FANクラブ新規会員……じゃなくて新パテメンを募集しにいこう♪
ベルお姉さまにお礼を告げて、お師匠様と一緒にギルドへと顔を出す。
とは言っても、ギルド長との話し合いの席に私が着くことはないのである。
ギルドにある埃だらけの図書室で、本を読みながら待っているだけだ。
親の職場に遊びに来た子供みたいだと思わなくもないけど、お師匠様は私が地位にある人と面と向かって顔を合わせることを嫌がる傾向にある、気がする。
まぁね、この世界についての知識は根本的に足りてないし、田舎から魔獣に連れてこられたという嘘もツッコまれたら困るし、私も避けて通れるならそれが一番だと思っている。
それに、この図書室で冒険に関する知識を得ることも大切だと思っていた。
もう二度と、Sランク魔獣とその上位種であるSSランク魔獣を勘違いするようなことにならないようにしないといけない。
倒せたのは運が良かっただけだ。
二度目はない。
「ふふふ。狩りゲー者としての意地を見せてやりますよ!」
弱点とかも調べちゃおうかな。自分攻略本でも作るか。
……ダメだな。私の倒し方、Luk値が高くないと意味ない気がする。
・SSランク魔獣地獄の帝王大蛸:なんとなく撃った魔法が、まぐれで魔石を直撃して破壊。
・Sランク魔獣地龍:殺しちゃダメ。口の中に魔法ぶっ放すのは厳禁☆ 要捕獲。
・Aランク魔獣アイアン・ウッド:攻撃方法を持つ前の若芽の内に摘み採れば楽々撃退完了☆
…………想像以上のダメ攻略本だな。
「やめよう。虚しすぎる」
でも、これからの討伐に関しては記録を残して整理しておくのは悪くないかもしれない。
お師匠様ならきっと、どんな強い魔獣相手だろうが名勝負を繰り広げてくれるに違いないし、きっと討伐に関する情報はとても有意義なものになるだろう。
「んー。でも、お師匠様の戦い方を暴露するのもよくないか」
やっぱダメだな。纏めを作ったとしても門外不出だな。うん。
「新しいパテメン増えないかなー。そしたらお師匠様のすばらしさを共に語り合うのにぃ!」
萌えは共有してこそ燃え上がるのだ。
自分の萌えを語り、相手の萌え語りから、自分にはない萌え視点に気づく喜び。
その広がりは、無限大だっ!!!
「やっぱり、もっと仲間が欲しいなぁ。できれば可愛い女の子の!」
「ソロだった冒険者に無茶をいうな」
ぽかりと頭を叩かれる。おぅ。お師匠様はお戻りでしたか。
お話合いは無事終わったようですね。お疲れ様ですー。
「あ。お師匠様、おかえりなさいませ」
あはは。聞かれてもうた。
でもなー。もう一人くらいパテメンがいてもいいのになぁ。
女子会パジャマパーティやりたいなぁ。モチロン、お師匠様の凄いトコ語りがテーマだ。
コイバナはダメ。引き出し空っぽだからね、私。
「やっぱり誰かいれよう。お前、探してこい」
あんなに嫌がっていたのに、苦虫を嚙み潰したような顔をしたお師匠様がそう私に告げたのは、あれから、たったの一週間後のことだった。
「私は嬉しいですけど。一体、どうしたんですか?」
私の問いかけにお師匠様はまったく答えようとしてくれなかった。
ただ、「うるさい。早く誰か連れてこい。ただし、会ってみて俺が気に入らなかったら却下だ」
えぇ~? なにそれ。横暴すぎやしないですか。
こちらが募集して、連れてきて、お師匠様に会わせたら、ごめんなさいすることもあるってことなのか。あんまりだと思うんですが。
「うるさい、このハレンチ女。誰のせいだ。早く行けーー!!」
怒鳴られたのなんか、初めて……じゃないな。結構、怒鳴られてた。
なんだろ。私なにかしたかな? 全然身に覚えないんだけどなぁ。
意味わかんないな、とは思うものの、お師匠様のいう事に逆らうつもりもないし、パテメン増えるのは大歓迎だし、できればお師匠様FANクラブの会員まで増やせるかもしれないのだ。
むしろここは原因追及などしている場合ではなく、お師匠様の気持ちが変わる前に、誰かカワイイ娘さんでも連れてくるべきだろう。うん。
急げや急げとばかりに、パジャマ代わりのシャツと短パンから外出用の普段着に着替えるために、自分の部屋まで移動する時間すら惜しい気がして、シャツの裾に手を掛ける。
ボスン
その私の後頭部に、大きなクッションがぶつけられた。
「そういうところだ!!!! このハレンチ女!」
振り向いた視線の先には、後ろを向いて怒っているお師匠様……?
……あー、なるほど?
先週あたりから急に気温が上がって王都は暑いくらいになった。
特に昨夜は熱帯夜といってもいいくらい寝苦しくて、タンクトップと短パンで寝たのだ。
なんか女冒険者っぽいなーとか考えながらその姿を見下ろす。
まぁね、私だって日本では女子大生でしたし?
授業自体は遠隔ばっかりでほとんど登校してないけどね!
でも今だって十分ピッチピチだしね?
あの頃と違って、リアルで狩りを行っている身体は引き締まっていた。いや、あっちにいた時だってデブだった訳じゃないけど。……ホントだよ?
親しき中にも礼儀あり、という言葉もあることだしね。
ここはひとつ、きちんと頭を下げるべきか。うん。
お師匠様の前に立って、コホンと小さく咳ばらいをしてから
「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございませぬ」
がばりと頭を下げる。
…………?
反応ないぞ、って思ったところで、またクッションをぶつけられた挙句、「早くいけって言ってるんだ!!!!」と烈火のごとく怒られた。
ちゃんと謝ったのに。
解せぬ。
ぎゃんぎゃん怒るお師匠様に重ねて謝罪を繰り返しながら、私はギルドに行くついでに済ませられそうな用事を考えつつ階段を上った。
だから。顔を背けていたお師匠様の顔だけじゃなくて耳とか首筋がどれだけ赤くなっていたのかも気が付かなかったし、呟いた「……俺を男だと思ってないな、アイツ」という言葉も、聞き取ることは出来なかった。
今日は暑いので軽やかなミニのチュニックドレスを選ぶ。んっふっふ。すこし青が入ったピンク色がカワイイのだ。この世界にきてから最高にカワイイ(お師匠様に買って貰ったアンダードレスとドラゴンの軽鎧は最高に綺麗で恰好いい! なのだ)この服は、お師匠様とパーティを組んでもらってすぐに連れて言って貰った店で選んだものだ。
杖を買う前に連れてかれたから、目標金額だったナイフ代を避けてもかなり手元に残った地獄の帝王大蛸の魔石代とか討伐金とかダンジョン攻略報酬とか、なんかいっぱいお金が入ってきたもんで、ついついハメを外して久しぶりのショッピング三昧を堪能してしまったのだ。
独り立ちしてからずーーーーっと! お師匠様とお揃いナイフが欲しくて欲しくて、ぎりぎりまで切り詰めた生活してたからね。反動がすごかった。
でも、あの杖のお代が発生しちゃって(魔石代を抜いて貰ったらかなりお安くなった。正直ホッとした)大人買いした服たちを返品できないかと考えたけど、「換金はできても返品はできんぞ」とお師匠様からいわれて膝から崩れ落ちたんだっけ。まぁね、レシートとかないもんね。買う時は当然のように値切るし。だから一々その商品を幾らで売ったかなんて覚えている訳がないのだから当然と言われれば当然だった。
そうして、返品と買取の何が違うって、半分以下にしかならないっつーことですよ。
ビックリした。「まだ着てないのに?!」って思ったけど、そういえば古本屋に売りに行ったら10分の1にすらならないんだった。なら当然というよりむしろ良心的なのかと思ったけど、やっぱり納得は出来なかった。
という訳で、このカワイイ服はクローゼットの中で出番を待っていてくれた訳ですよ。
季節先取りし過ぎたって思ったけど、思ったよりずっと早く暑くなっちゃったしね。かえって良かったかも。
鏡の中でポーズをとる私は、日本にいた時とはまったく違って見えた。
そりゃそうだ。髪はミルクティー色からすっかり赤銅色に変わっていて、ちょっときらめいて見えるし(脱色のせいで髪痛みすぎ)、白目は紅く染め続けているのだから。
カラコンと違って黒目部分じゃなくて白目に色がついてるから、なにやら怪しい人もしくはものすっごく疲れ切った人みたいな気がするけど。
同じように白目が見えない人はこの世界にはすごく多くて、全部緑だったり、青だったりするのだ。油断してると悲鳴をあげそうになったけど、さすがにもう見慣れた。
ちなみにお師匠様は、アースカラーっていうの? 緑色と薄茶色の入り混じった神秘的で綺麗な瞳をしている。実は顔もかなり綺麗だ。
紅い髪はいっつもボッサボサだし、なんなら無精ひげも生やしていたりするけど、それでもさすがに風呂上がりの濡れた髪をオールバックにしている時なんか、「これ誰?!」と吃驚することもある。まぁ、お師匠様なんだけど。
「そういえば、どんな人がいいとかリクエストあります?」
そのままギルドへ向かおうと思ったところで、はたと気が付いた。
一緒に行って貰うべきではなかろうか。むしろお師匠様が一人で行くべきでは?
そんな私の疑問に「今日はちょっと他に用事があるんだ」と振り向きながら答えたお師匠様が飲んでいたコーヒー(といってもなんか香りが違うような気がしなくもない。でも”コーヒー”で通じる)を噴出した。
「そんな痴女みたいな服装で出掛ける気か!!」って。
実の父よりウルサくて吃驚だよ。
結局、私はチュニックの下に、冒険者御用達である丸襟のシャツと膝丈のレギパンを着込んでいくことになった。
まぁこれで喧嘩になっても安心だよね。
え? 戦わないよ。私弱いし。
でも走って逃げるにしても、ふわふわしたチュニックドレスだけじゃパンツ丸見えになる危険性大だって言われて納得したのだ。
冒険者ギルドって、血の気の多い男の人多いしね。特に冒険者なりたてで、私が誰か知らなさそうな人は要注意なのだ。




