18,祝♡お師匠様(ゼン様)FANクラブ結成(新規会員募集中
「あぁいやだいやだ。こんなチンチクリンが非常事態時だけとはいえ、私のこの城に前触れもなく、勝手に入ってこれるようにしてやらなくちゃいけないなんてぇ!」
店主である彼女はプリプリ怒りながらも、私にひとつのリングを差し出した。
渡されたそれを手のひらに乗せたまま困惑する。
これが、魔法陣? あれ?
「私の中の魔法陣は、羊皮紙に描かれたイラストというか図形なんですけど……」
「文句があるなら返しなさいよ」
にゅっと突き出された手に、思わずリングを握りしめて首を振る。
「いえいえ。文句なんてそんなことありません。知ってるものと違ったものでつい」
まぁ、知ってるといっても漫画とアニメとゲームでですけどね?
「それで、これってどの指に嵌めればいいんですか?」
親指は、如何にも魔法の指輪っぽいけど邪魔そうだし、薬指は左手でも右手でも意味ありげだし。
受け取ったリングを掲げて悩んでいると、ベルルーシアさんが説明をしてくれる。
「どの指に嵌めても効果は一緒よ。でも一つだけ注意して欲しいの」
美しく手入れのされた指が、ビシッと私に突きつけられた。
「ここには、緊急脱出用の魔法陣が込められているわ。でも、それを発動させるのは、あんたの魔力よ」
聞けば、なんと発動文言を唱えるだけでなく、魔力をここに流すことでようやく発動できるのだそうだ。
「魔石ランプみたいなもんですね」
そう感想を述べると、「あんな屑石と一緒にしないで」と憤慨された。失敗した。
ふたりでごちゃごちゃ会話をしていたら、しびれを切らしたお師匠様が、私の手のひらの上に乗せたままだったそれを横からひょいっと取り上げた。
「動作確認もある。早くしろ」
そのまま私の手を取り、するりと嵌める。
「おぉぉおおぉぉ」
右手の薬指にぃぃいぃっ。
私の周りでは、恋人に買って貰った指輪を恋人の手で右手薬指に嵌めて貰うのがステータスだった。
大学に入ったらそんなこと知らんって子も多かったから地方限定のお約束だったっぽいけど。
でもでもでもでも。なんかこう、こっぱずかしいんですけどっ。
まぁね、恋人でもなんでもなく、お師匠様相手だけどね?
「どうした? 動作確認するから一旦、店を出るぞ。早くついてこい」
感動に浸ってる場合じゃなかった。
すでにお店から出ようとしているお師匠様の後を追おうとして、くるりと振り返り、彼女に向かって頭を下げる。
「綺麗で美人なおねえさま。避難先として受け入れて下さって有難うございました! また後できます」
ぺこりと頭を下げる。
本当はお名前で呼び掛けたいところだったけれど、まだ教えて貰ってないしね。うん。仕方がない。
「おい、まだか」
「はーい、今行きますー」
お師匠様の声がちょっとイラ立ってる。
私はもう一回ちいさく頭を下げてから、お師匠様の後を追いかけた。
「ちょっとぉ。私の説明聞いてから試しなさいよね」
店から出た私たちの後ろから、おねえさまの呆れたような声が掛かった。
「使い方、俺のものとは違うのか?」
お師匠様が驚いている。レアだ。
そんなお師匠様を、おねえさまはふんっとあしらうと私の前に仁王立ちした。
鍛え上げられた筋肉を纏ったすらりとした肢体に、風になびいた煌びやかな衣装が纏わりつく。
そこに浮かび上がるシルエット。エロい。エロ過ぎる。
布の隙間からのぞく腹筋は神がかって見えるほどだ。
「何、ヒトのこと拝んでんのよ」
「完璧な腹筋ありがとうございます」
「やだ。変態なの、この子?」
チンチクリンからちょっとだけ向上したかしら。違うか。
「お師匠様の腹筋も素晴らしいものがありますが、おねえさまの腹筋も素晴らしいですね! お師匠様のものは戦う筋肉ですが、おねえさまのは美しいシルエットの究極形です。すごいです」
この体型を維持するために、どれだけの努力と節制に努めているのか。
これは神と崇めるしかないのでは?
「ちょっと。ゼンの腹筋なんかいつ見たのよ? もしかしてアンタら……弟子とかいいつつ、そういう関係なの?!」
ぐいっと首元を引っ張られて耳元で問い詰められた。
おう、いい匂いだわぁ。
普通の音量で返そうとしたけど、ついおねえさまの音量に合わせて私まで小声になった。
「朝の訓練の時に。お師匠様上半身裸でやってるんですもん。そりゃ見ますよ。見放題です」
あれはあれで眼福だ。まぁ煩悩全開になんかしてられないほどハードメニューなんだけど。
「訓練で上気した艶と張りのある筋肉に、井戸から汲み立ての水を浴びるシーンとかですね、朝日の中で神々しいほどですよ」
思い出しただけで、両手がワキワキする。
日本で放置してきた狩りゲーのMYキャラも筋肉キャラだった。
人間、自分にない物に憧れるものなのだ。
どれだけ頑張って鍛えても、Aランク冒険者となった今ですら、筋肉らしきそれがまったくつかない自分の腕や、ぷにった腹を見下ろしてため息が出た。
「ちょっと、心友。今度私を招待しなさいよ、お泊りでよぅ?」
「イエス、マム! でもお師匠様の持ち家なので、許可取ってからということで、お許しを」
「その辺のお行儀もいいのねぇ。思ったほど悪くないみたいね。私のことはベルお姉さまと呼びなさい」
「ハイ、ベルお姉さま!」
やった! ついにおねえさまのお名前を教えて貰ったぞー!
即行で私たちの間で同盟が組まれた。
名前の確認なんか必要ない。”お師匠様(ゼン様)FANクラブ”だ。
同志は分かり合える。それだけだ。
「おい。いい加減にしろ。今日はギルドから呼び出しも掛かってるんだぞ」
内緒話からハブられたお師匠様が拗ねた声を上げるのを、ベルお姉さまと顔を見合わせて微笑む。
同じ愛でを共有できる幸せ。プライスレス。
「使用方法といっても簡単よ。緊急時に焦りから使用方法が思い出せなかった、なんて笑えないもの」
確かに。
おもわず尊敬の目で見上げると、ベルお姉さまは自慢げにその方法を教えてくれた。
「指輪に向かって『ベルルーシア様は尊く美しい』と叫びなさぁい。そうしたら私の城に、迎えてあ」「ちょっと待て」
あまりにあんまりなセリフに、お師匠様からツッコミが入った。
確かに。これが本物の発動文言だったらと考えて笑ってしまった。
「あはは。ベルお姉さま、面白いです」
「なによ。本当のことじゃない」
……本当だった。本気か?
ちょっと遠い目をしたくなったけど、まぁ長ったらしい文言は覚えきれないかもしれないし、事実ではあるから問題ないか。
「俺の魔法陣とずいぶん発動条件が違うみたいだが?」
どうやらお師匠様の魔法陣は、リングに口付けながら『吾は乞う。尊き花へ、美しき花園の庇護を求めん』と誓約の文言を唱えて指輪を唇でそっと触れると発動されるらしい。
ロマン! 乙女のファンタジーが詰まってる!!
「すっごく、見てみたいです」
お師匠様が焦りながらその文言を真剣な瞳でいう姿を想像して悶える。
どんぶり飯3杯はイケそうだ。
「うふふ。アンタはその内リアルで見れるじゃなぁい。羨ましいわぁ」
「なるほど。ベルお姉さまは冒険に同行する訳じゃないから、その場を見れる訳じゃないですもんね」
「そうなのよぅ。映し鏡の魔法陣も一緒に発動できるよう頑張ってみたこともあるんだけどねぇ。どうしてもリング一本には入りきらないのよねぇ」
ベルお姉さまはとても残念そうだった。つか、頑張ってみたのか。さすがだ。
「おい。発動文言が変えられるなら俺のももっと短くしてくれ。そうだな、『脱出』でいい」
「『ベル愛してる』これ以外の書き換えは受け入れられないわぁ」
その後、しばらくふたりでにらみ合っていた。
その姿も眼福だった。
その後、諦めた様子のベルお姉さまが、お師匠様と私のリングを持って奥の部屋へと戻っていった。
「私のはそのままでも良かったのにぃ」
そういった私を、お師匠様は毛虫でも見るような目で見ていた。ヒドイ。
「仕方がないから変えてあげたわ。感謝しなさぁい? まったくもう。特別も特別、超超特別なんですからねぇ」
キリっとした顔で私たちにリングを差し出してくれたベルお姉さまに「ありがとうございます」と頭を下げた。
そうしてついに、教えて貰った発動文言を唱えてみた。
「”ベルルーシア様は尊く美しい!”」
……あれ?
まったくウンとも寸とも言わないリングを振ってみたけれど、やっぱり何もそれらしい事は起こらなかった。
救いを求めるようにお師匠様の方に顔を向けると、目を手で隠すように押さえていた。
?
「やだ。アンタって本当に阿呆カワイイわねぇ。発動文言は『脱出』に変えたって言ったでしょう?」
笑いながらベルお姉さまが教えてくれる。
あ。そっか。
「『脱出』って文言にして貰ったのはお師匠様だけな気がしてました」
そう言おうと思っていた私の身体を、リングから生まれた金色の文字列が囲い込む。
最後まで伝える前に、私の身体は、誰もいない何もない一室へと移動したのだった。
「うわー。マヂか」
呆然としていると、すぐ横に金色の文字列が浮かび上がる。
そうして、それが人がひとり包み込めるサイズまで膨らんでいったと思うと、中からお師匠様が出てきた。
「まったく。発動条件を短くできるなら最初からして欲しい」
口調は不満そうだが、満足そうだ。
文章が短くなった分、脱出までの時間も短縮されたので安心度はかなり上がる。
「この部屋は、あの魔法陣によって緊急離脱してきた人間の為の部屋だ。場合によっては次々に人が飛ばされてくる。いつまでもココにいるのはマナーに反するからすぐに出るんだ」
なるほど。重なって出現しても困るけど、満室だからと脱出路が開かれなくても悲惨だ。
どちらも遠慮したい。
「ハイ。判りました!」




