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17,やったね、ファンタージーだよ! コンニチハ魔法陣☆

 


「えぇえぇ? あれって、SSランクの地獄の帝王大蛸ヘルカイザー・オクトパスだったんですか!」


 うわー。うわー。知らんかった。

 きっと轟雷団の誰も気が付いてないと思う。

 うわー、すっごーい!


「見た目、特に色が違うんだが。誰も分からなかったのか?」

 そんなことを言われても、Aランクパーティの轟雷団としてはAランク魔獣と戦うのだって初めてだったのだ。

 ましてやSSランク魔獣なんか間近で見たことがある訳がないのである。

「わかりませんでした! やたら自己再生能力が高いのは個体差かなって話してたくらいです」

 てへ。まぁね、倒せたんだし。いいんじゃないかな!


「いいか。自分たちの実力を把握し、無理だと思ったら安全に撤退する方策も冒険者なら考えておくべきだ」

「はい。スミマセン」

 ううう。正論が胸に刺さる。痛い。

 でもさでもさ。冒険者として生きていくことを決めたからには、女だって、無茶しなくちゃいけない時だってあるんだってば。

 まぁ、怖くてお師匠様にそんなこと言えないけどね! 絶対に百倍になって返ってくる。

 でもちょっと好奇心。


「お師匠様も、そういういざという時の撤退策みたいなの、持ってるんですか?」

 忍者みたいに、けむり玉使ってボンって真っ白になってる間に逃げるとか?

 隠遁のマントみたいな秘密道具で認知阻害させてやり過ごすとか?


 ……そういえば、ここって魔道具ってどうなっているんだろ。

 ランプや水は魔石のお世話になっていることも多いけど、かまどや暖炉は薪だし。あ、でも冒険者用のコンロは魔石だ。

 火が見えないのにメッチャ熱くなるから、油断して火傷したことがある。大したことなかったけど。

 Sランク冒険者であるお師匠様なら、一般的なモノ以外のすんごい高性能な魔道具とか使ってたりしないだろうか。

 わくわくとそんなことを考えながらお師匠様の顔を見上げていたら、ため息を吐かれた。


「おまえ、また碌でもなことを考えてたろ?」

 なんと! まさかSランク冒険者ともなると読心術まで使えるのだろうか?

 ドキドキしたけどとりあえずトボケておく。

「えぇ~? 心外ですぅ。で、お師匠様の緊急避難の方策ってどんななんですか?」

「……そうだな。お前も持っていた方がいいか。ただし、売って貰えるかは判らん。明日行ってみるか」

 ? なんだろ。どこ行くのかなぁ。





「あら。ひさしぶりねぇ、ゼン。会いたかった」

 綺麗に結い上げた豪奢な髪をした麗しい人が、お師匠様の肩に濃密な花園のような香水を纏わせた腕を回したと思うと、もう片方の手で、お師匠様の顎を撫であげた。


 やたらお色気過剰のその人は、銀色のきらめく髪と瞳をもった浅黒い肌に金糸銀糸をふんだんにをしたあしらった煌びやかな布が幾重にも巻きつけられてドレスを形作っている。インドのサリーよりふんわりとした透ける布でできているそれは、とても華やかでとても色っぽい。


 別に、いかがわしいその道のプロの御方のお店に連れてこられた訳じゃない、ハズだ。

 ブランのお店と同じ街にある、この小さなお店こそ、楽しみにしていた魔法陣を売ってくれるお店だ。多分。うん。

 でも、お店というか喫茶店っぽいカンジ?

 カウンターがあって、ふかふかソファーの応接セットがあるだけだ。

 アニメや漫画の中で魔法陣を売っていそうなイメージのお店とは違い過ぎる。

 胡散臭げな埃っぽさも、なにに使うのか分からないようなアヤシゲな髑髏も何もない。いや、綺麗な花は生けられていたけどね?


「あぁ、ひさしぶりだな。今日は……弟子を連れて来たんだ。こいつにも脱出用の魔法陣を持たせたい」

「はじめまして。弟子のミミミです。よろしくお願いします!」

 お師匠様の後ろに立ったまま、勢いよく頭を下げた。


 魔法陣! うはっ。ファンタジーしてるね。

 あっちの世界には存在してなかったからドキドキわくわくしちゃう。

 魔方陣ならともかく、さすがにね、魔法陣はねぇ。ファンタジーですわ。


「ゼンが弟子を取ったの? なら、美少年決定」

 ちらりと私の方を向いたその顔が、嫌そうに歪んだ。

 そうしてひと言。

「……なに、このチンチクリン」

 さげすんだ瞳で見下ろされた。

 くっ。

 そんなの自分で知ってるもん。どうせ純日本人顔ですー。わざわざ指摘してくれなくても大丈夫ですー。


 間近で見るその人の瞳は大きくて、まつ毛なんか上も下もバッサバサしてる。

 陰影のはっきりとした彫りの深い顔。

 はっきりとした眉。真っ赤な紅が塗られた唇はぷるぷるだ。


「やだ。こんなのが私のゼンの弟子ですってぇ? 認めないわ。私の魔法陣を、こんなチンチクリンに使わせるのなんて厭」

 きっぱりハッキリお断りされてしまった。


「これと俺はパーティを組んだ。攻撃力UP(バトルクライ)防御力UP(ハードガード)ふたつの支援魔法バフ持ちで、さらに水刃(ウォーターブレイド)を持つAランク冒険者だ」

 お師匠様の紹介に、思わずテレる。

 いや~。なんか改めてお師匠様の弟子として認められて、パーティ加入できたんだなぁと感動する。


 そんなお師匠様の説明にも、彼女の私を見る胡散臭げな瞳は変わらなかった。

 ダメかぁ。

 憧れの魔法陣をこの手にできるチャンスだったのに。切ない。

 でも、そのことよりもなによりも、私は是非この人のお友達に欲しいのに。だって。だってさ。


「魔法陣はともかく、お友達になってくださいませんか! そうして、ゼン様、お師匠様の素晴らしさについて、一晩中でも語り合いませんか、おねえさま!!」


 ガシっとその大きな手を掴んで私は彼女を口説いていた。


 んー。彼女でいいんだと思う。多分だけど。

 実際の性別なんてどうでもよくない? そういうのって、自認してる性でいいと思うんだ。


「あらやだ。この子って……」

 ふうん、と綺麗に染められた紅い爪をした指が、私の顎先を持ち上げた。

 その、黙っているとまるですべてを見通すような不思議な銀色をした瞳が、私の平凡顔をジーっと見つめる。


 いやん、テレちゃう。


「化粧してないのね? 色をすこし変えているだけ、ね」

 手入れの行き届いた長い指が、自身のぷるぷるの唇に掛かる。

 話をズラす為のネタにされているのは分かっているんだけど、綺麗な顔がすぐ近くにありすぎて困る。


 おうっふ。

 視線ひとつ。指の動きひとつ。

 動きのすべてが一々エロいんですが。

 鍛え上げられた、脂肪の少ない筋肉質の腕がしなやかに動いていく。それをつい目で追ってしまうのは人としてのサガというか本能というものですよね。仕方がない。


「まぁ仕方がないか。残念だが、お前が作った魔法陣を、お前が誰に持たせるかはお前が決めることだ」

 お師匠様は、ちいさくため息を吐きながらも、あっさりと引いた。


 そんなぁ。憧れのファンタジー世界もだけど、お師匠様がそんなにあっさりと引いてしまっては、彼女とお師匠様萌え話仲間になるチャンスだって失ってしまうではないですか。

 もうちょっと。もう少しでいいんで、彼女を口説き落とす時間を下さい~。


「お前用の魔法陣は手に入らないことになったからには仕方がない。もしもの緊急時には俺のところまで走ってこい。抱きかかえていけば、お前も一緒に魔法陣で連れていける筈だ」


 ナント!


「ほんとうでござるか?!」

「どこの方言だ」

「本当に、私も魔法陣で瞬間脱出を体験できるんですか?!」

「そうなるな。即時展開といかなくなるから危険は増すが、仕方がない」


 やったー! って叫ぼうとした私の口を、彼女の大きな手が掴んで塞いだ。


「冗談じゃないわ。このチンチクリンを抱いて私のこの城に転移してくるつもりですって? ふざけんじゃないわよ! こいつの分はいますぐ描いてくるから待ってるといいわ」


 そう叫ぶように告げると、彼女は奥の部屋へと歩いて行った。

 その後姿を、満足そうな顔をしたお師匠様が見送った。


 これって。お師匠様の作戦勝ち? やった、って喜んでいいところだよね? うん。


 ちょっと心境はフクザツだけど。うん。


 でも念願の、脱出用魔法陣ゲットですよ! やったね。




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