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16,轟雷団は負けない団

その頃の轟雷団の皆のお話。


 


「あ~ぁ。お色気要員さんがいないとイマイチやる気がでないのですわ」

 先日踏破クリアしたばかりの同じダンジョンへ潜りながら、前回とはまるで勝手が違う苦戦具合に、アリアがぽつりと愚痴を溢した。

 

 支援魔法バフの持つ重要性は、一度その恩恵を味わってから失うことで、パテメンの中でより大きなものとなっていた。

 その喪失感は、体力の少ない魔法使いであるアリアにとってとても大きかった。

 敵の攻撃による衝撃波を受けただけで唱えていた魔法が消滅してしまうのだ。

 こんな悔しさ、ミミミを加えたこの2年間ですっかり忘れていた。


「やめ~や。そんなん盾役タンクのウチが一番シンドイ思いしとるっつーに」

「そうだな。私も特攻攻撃を掛ける時の意識が変わったよ」

「……射、形が、ズレ、る。クヤ、シイ」


「せやな。そんだけ、ウチ等はみ~んな、ミミミに頼り切ってた訳やぁ」

 ユンの言葉に、全員が押し黙った。


「ここはやはり、戻ってきてもらいませんのこと? ゼンさんはお元気だったんでしょう? ご挨拶に来てくださった時も……」

「アリア。ダメだ。ミミミはもう轟雷団のメンバーにはならない」

 スカイの、あまりのはっきりとした拒絶の言葉に、アリアが声を上げた。

「どうしてですの?! ミミミは使える子ですの」

「だからだっ」

 ドン、と拳を壁に打ち付けたスカイに、パテメンの視線がすべて集中した。


「ミミミは、轟雷団ウチにいていいランクの冒険者じゃ、ない」


 その言葉はあまりにハッキリと、現実を突きつけた。


「ギルド長に教えて貰った。魔石を納品に行った時、あのダンジョンのボスは地獄の大蛸(ヘル・オクトパス)ではなく、地獄の帝王大蛸ヘルカイザー・オクトパス。SSクラスの魔獣だと」


「そんな。ギルドの前情報とちゃうやん。SS? Aランク魔獣の、地獄の大蛸(ヘル・オクトパス)やなかったん?」

「あれは、地獄の帝王大蛸ヘルカイザー・オクトパスでしたのね」

「気、が、つかな、カッタ」

 ユンだけではない、残りの2人も絶句する。


「ギルド長からも謝られたよ。『情報収集能力に欠いて済まない』だってさ。こっちは死にかけたっていうのにさ」

 スカイは眉を下げながらその時のことを思い出していた。

「まぁ、ヘンドの街のすぐ近くにある20階層の未踏破ダンジョンのボスがSSクラスだなんて誰も思わないけどね」

 それについては、誰もが頷くしかない。


 ダンジョンの最下層は、それまでの階層とは様相がまったく違う。

 

 階段のある小部屋の正面には、かならずアーチ状の天井をした通路がある。

 そうして、モンスターのいないその廊下の先に、ダンジョンボスが待っているのである。


地獄の帝王大蛸ヘルカイザー・オクトパスがSSに指定される理由は、今の私たちが一番よく分かっているだろう。高すぎる自己再生能力により、同系下位の地獄の大蛸(ヘル・オクトパス)なら、炎で焦げるまで焼き尽くせば倒せるが、ほんの一片の肉片だけでも残っていれば完全に復活すること。切り刻めば切り刻んだだけ個体数が増えるという厄介さ。さらにある一定時間掛けて倒せないでいると攻撃力UP(バトルクライ)を使いだす。さらに厄介なのは、完全討伐に必須となる魔石が、全身を巡る管のような特殊器官の中を常に移動していて弱点となる魔石の在り処が一定ではないという点だ」


 知らずユンの喉が鳴った。

 攻撃力UP(バトルクライ)防御力UP(ハードガード)

 それは最強の盾と最強の鉾の戦いだ。

 ミミミの防御力UP(ハードガード)がなければ、あっという間に瞬殺されていたということだ。


 驚異の自己再生能力と、重ね掛けができるため天井知らずの攻撃力の増加、そうして弱点の移動。


 だからこそこれまで地獄の帝王大蛸ヘルカイザー・オクトパスの完全に討伐に成功できたのは、大人数クランによる戦略的討伐戦においてのみであったのだ。


 これまでは。


「それを、ミミミは『なんとなく』で正確に魔法で撃ち抜いた。これはもう、センスだ」


 冒険者としての第六感センス

 その格の違いに、誰もが棒立ちになった。


「彼女はすぐにSランクに昇格していくだろう。もしかしたらゼンさんと一緒ならSSにだってなれるかもしれない。そんな彼女にふさわしい場所は、轟雷団ココじゃないんだよ」

 悔しいけどね、とスカイが笑ってみせる。


 その言葉を口にするのに、どれだけ眠れない夜を過ごしたのだろう。

 悔しい。

 ずっと後ろから着いてきていると思っていた後輩は、自分よりずっと才能豊かで軽やかに自分を追い越していくのだ。



『ゼン様は元気でした。だけど……でも、ダメなんです。もう二度と、私のいない場所でゼン様が傷ついたかもなんて思って、悩むのは、無理』

 そういって泣いて不義理を詫びる少女の姿を、アリアは思い出していた。


 あれほどまでに想う相手がいる、それを追いかけていきたいと願う気持ちを無視はできない。


 あの時、そう思ったのは本当だ。それを邪魔したい訳ではない。

 でも、あのゼンとかいうあの男はダメだと思う。

 ミミミの一途な想いをまったくわかっていなかった。

『あいつの俺に対する気持ちは、雛鳥が最初に見た存在を親鳥だと思いこむのと同じだ』

 そう言い切られたときには、自分の持てる限りの魔力で焼き尽くしてやろうかと思った。

 まぁ返り討ちにされるのが関の山なので止めておいたが。

 それでも、あんなに嬉しそうな顔であの男を見つめるミミミに、仕方がないなと受け入れたのだ。

 轟雷団を嫌いで抜ける訳でもないのは、十分伝わってきたし。


 そして、だからこそ、「戻ってきて欲しい」と思ってしまう気持ちもある。それはどうしても頭を掠める。


 なのに。

 今でさえこんなにも千々に乱れる後輩への思いに、さらに劣等感まで持てというのか。

 悔しい。

 それを乗り越えて口にできるスカイにすら、アリアは嫉妬した。


「でも。私たちは轟雷団の仲間だ。ミミミだって、きっとそう思ってくれている」


 そう、少し困ったように眉を下げながらもきっぱりと言い切ったスカイに向けて、アリアも意地を張ることにした。

「存じてますわ。なにを当然のことを言われているのかしら」

「(コクコク)ミ、ミミは、ナ、カマ。ずっと、仲、間」

「ちょ。ミミミをスカウトしてきたんは、ウチやで? ウチが一番あの子を認めとるし、理解もしてるっちゅーんや」


 そこまで口々に言うと、全員で目を合わせて笑い転げた。


「なんや、轟雷団はミミミのハーレムパーティみたいやね」 


 もう轟雷団ここには所属していないのに。


「世間的にはスカイのハーレムパーティですの」

「まぁね、その方がいろいろと面倒ないからね」

 諦めの境地といった風情でスカイが同意する。

 くすり。誰ともなく笑いが広がっていく。


「……これからは、ミミ、ミに、負け、ないよう、ガ、ンバル団」

 ぐっと握りしめた手を、ヨルンが上に挙げるから。


 アリアも両手を挙げて「負けていられませんですの!」そう叫んだ。



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