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side ゼン 58

 


 何度か乗り換えを済ませて、目的の駅に着いた。


 電車の中からも見えたけれど、地元から望むそれは天気のいい日に微かに見えるだけだけど、最寄り駅のホームから見上げる赤いタワーはまるで別物だった。


「やっぱり大きいな」


 駅構内から出て見上げたそれはもっと違った。大迫力だ。


 途中、電車の中からスカイツリーと並んで見えた時、スカイツリーの方がずっと大きく感じたけれど、それでもやっぱりすぐ足元から見上げているからだろう。無骨な鉄骨の構造まで剝き出しで見える東京タワーは迫力が違うと感心してしまった。



 ゴミ拾いは駅前でだったけれど、公園の中をゆっくりと歩いて回った。


 公園内を竹箒で掃除して回るおばさんや、子供を連れたお父さん、散歩するおじいさんとおばあさんのカップル、財布を掴んで走っていく女性とすれ違う。


 いや、女性とはすれ違った訳じゃないか。追い抜かれたのだ。一瞬だけ見えた、その鬼気迫った表情の理由はなんだろう。

 表情の割に、受けた印象がどこかほのぼのとしていたのはどうしてでだろうと思い返してみて、それがスーツでカッチリ化粧をした人ではなかったからかもしれないと思いついた。

 子供の為の何かをコンビニにでも買いに向かっているところだったのだろうか。それとも? なんて想像している自分に笑ってしまった。



 荷物を預けることもできるようなので、スポーツジムのビジター受付を済ませる。

 東京タワー周辺のランニング愛好者を受け入れる為に夏休み期間は朝7時から受付しているのがありがたい。


「ここも、疫病対策でロックダウンしていたら営業していなかったんだろうなぁ」


 受付を待って並ぶ列に混じってフロアを見回した。

 このスポーツジムで早朝からヨガのスクールがあるようでその案内がアナウンスされる中、すでに着替え終えて走りに行く人とすれ違う。


 ミミミから聞かされていた、誰もいない東京の話が物語かなにかの中でのことのようだ。


 友人たちと笑顔で歩く人が目の前を歩いて行った時、俺の口元は自然と緩んできて仕方が無かった。




 まだ時間はあると思っていたけれど、ゆっくり公園内を歩いたり、ジムに荷物を預けたりしているウチに、ゴミ拾いの受付開始時間になっていた。


 汗を拭くタオルと受付をしたら貰った軍手とゴミ袋、あとスマホ+ワイヤレスイヤホン。

 ほぼ手ぶらだ。

 家を出る時にちょっと悩んだけれど、ゴミ拾いトングは持ってこなかった。嵩張るし。


 それにしても凄い人数だ。

 子供から大人まで年代もいろいろだ。

 子供の夏休みの学習のためなのか親子で参加しているらしき集団だけでなく、会社員っぽいおじさん、色っぽいおねえさん、ヤンキーっぽいおにいさんもいて、集まった人に傾向というものが感じられない。とにかく幅が広い。


 湧水池で俺以外にゴミを拾う人といえば市から委託を受けたシルバー人材センターの人だけだけれど、都会だとこうして皆で集まってするんだな、と不思議な気がした。


 ここには知り合いはいないし、スマホで音楽でも聴きながら作業しようと思う。


 空き缶、吸い殻、プラコップ、ストロー、雑誌。

 落ちている物は地元とほとんど変わらない。

 黙々とゴミ袋へと入れていく。


 汗で濡れた軍手の指先が黒く染まった頃、誰かに肩を叩かれた。


「終わりですよ」

 どうやらイヤホンで音楽を聞いていたので、係の人の終了の掛け声が耳にはいらなかったようだ。

「すみません。ありがとうございます」

 声を掛けてくれたおじさんに頭を下げ、集めたゴミを収集所まで運ぶことにする。


 マスクをしていることもあってとにかく暑い。

 噴き出る汗をタオルで拭こうとして、軍手の汚れが気になって外そうとしたんだけれど、汗でひっついているし、ゴミの入った袋を持っていることもあって、なかなか外せない。

 悪戦苦闘していると、横から笑い声がした。


「ゴミ袋、預かってあげるから外しちゃいな?」

 さっき終了だと声を掛けてくれたおじさんが、手に持ったままだったゴミの入った袋を受け取ってくれた。

 そうか、足元に置くっていう手があったか。


 袋に燃えるゴミも不燃ゴミも一緒くたになって入れてあるから口を縛る気になれなかったんだけど足で押さえておけば大丈夫だったかもしれない。倒れたら大惨事になるけど。

 なんとか軍手を外して、もう一度頭を下げた。

「ありがとうございました。助かりました」

「見ない顔だね?」

 ゴミ袋を手渡されながら訊かれて、「そうです。ちょっと、東京タワー見学にきたついでに寄りました」と答えたら、眉を上げて面白そうな顔をされた。

「へぇ。最近の若い子はそういう観光の仕方もありなんだ」

 どうだろう。ナシよりのナシなんじゃないかな。

 どう答えたものかと悩んで笑って誤魔化した。

 おじさんが小走りに離れていったのでホッとする。と、何故かおじさんが小走りで走って戻ってきた。 


「ホイ。まぁ受け付けんところで、集めたゴミと引き換えにもう1本飲み物を貰えるんだけどよ。地元民からのお礼だ、受け取ってくれよ」


 キンキンに冷えたスポーツドリンクを手渡された。

 どうやら自販機でわざわざ買ってくれたらしい。もう一本自分用にも買ったそれに口を付けながら差し出してくれたので、断るのもどうかと思い、礼をいって受け取った。

「ありがとうございます」

 汗だくになったところに咽喉を通っていくスポーツドリンクのおいしさは格別だった。

 一気に飲み干してしまった。

「ガハハ。いい飲みっぷりだ。じゃあな!」

 おじさんは知り合いを見つけたのか、軽く手を振ると、また走って行ってしまった。


 空になったペットボトルを、少し悩んで手に持っていたゴミ袋に入れる。



「今日は暑くなりそうだ」


 見上げた空は、真っ青で。


 これから階段を登るつもりの東京タワーの赤が、目に映えた。




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