13,なんかこれ、新婚さんみたいですね!
まさか、アンダードレス無しで鎧を着るより、透けたアンダードレス付きの鎧姿の方がエロいとは思わなかったな。新発見。
水や汗で濡れた時はあんな風に谷間が透けたりしなかったから、多分、涎か鼻水の中のなにかの成分が悪かったんだろう。
轟雷団で披露しなくて良かった。うん。
そんな風に自分を慰めながら、完璧手ぶらで来てしまったことに愕然とした。
というか、ココってゼン様の自宅? なのかな。
まさかヘンドの街にゼン様の家があるなんて思わなかった。それともSランクともなるといろんな街に家を持っていたりするのだろうか?
あれ? でもゼン様がヘンドの街に来ていて、その街のギルド長がSランク冒険者であるゼン様がいることを知らないハズはない、よね?
Bランク以上の冒険者が街を移動する時は、出る時も入る時も、ギルドへ連絡することになっている。別に義務ではないんだけど、慣例として続けられているらしい。
大きな事件事故があった時に、戦力が分かっていないと困るからだ。
「はぁ。なんだ、やっぱりこれ、夢か」
思わず周りを見回す。
シンプルな作りのシングルベッド、書き物机、それと大きなクローゼット、シャワールーム付き洗面台、それとトイレ。
カーテンや壁紙はあっさりとした茶系で纏められていて、あんまり使った形跡はない。
ザ・客室って感じだ。
なんとなく窓へ近づいてカーテンを開けた。
残念ながら窓の外に見える街並みに見覚えはない。
ヘンドの街のことなら結構知ってると思ったのに、どうやらそれは私の勘違いだったらしい。
もしかしたら、お金持ち区画みたいのがあって、貧乏人はそこに入れないようになっているのかもしれないな。うん、ありそう。
「なぁんて。夢だからですよね。知ってた」
夢だから、ゼン様がヘンドの街にいたり、ヘンドの街に家持ってたりするんだ。
だから、私が探しに行った先に、ゼン様が待っててくれたんだ。
そうだそうだ。きっとそうだ。
そうでなかったら、私ごときがゼン様の相棒にして戴けるなんてそんな……ねぇ?
「ないよねぇ! ヤダ、私ったら。いくら夢だって、ねぇ? 願望丸出しで恥ずかしいー☆ あはははは。無いよ、ナイナイ!」
「何がないんだ?」
ぎゃあぁぁぁぁっ!!!
「ゼン様?! 嘘、ホントにいる!!??」
「お前は何を言っているんだ」
呆れた様子のゼン様がそこに立っている。
「おぉ、神よ……いてっ」
殴られた。
「痛い。……リアル? 現実!?」
「いくぞ」
ふぇ? 「ど、どこにでしょうか?」と恐る恐る訊ねると、ゼン様があっさりと目的を教えてくれた。
「飯の前に、お前の着替えをなんとかしなくちゃならん。調達にいくぞ」
「あぁ。宿に全部預けっぱなしなんですよ。取りにいかなくちゃですね」
それと、轟雷団の皆にも改めて挨拶に行かなくちゃ。
「ギルドにも寄ってぇ、あとは……。どうしました、ゼン様?」
私のつぶやきに、ゼン様がなんとも言い難い表情をして見返している。
どしたんだろ?
「……ここは、ヘンドの街じゃない」
は?
「え? だって、……え?」
ヘンドの武具屋から直接歩いて来たんだよ、ね? あれ?
私ったらゼン様の腕の中で、眠っちゃってたとか? うわっ。ありそう。
ヘンドから一番近い街まででも馬で丸一日掛かる。
ある程度大きな街までだとそこから更に二日は掛かるはずだ。
「えっと、あの。あの武具屋での日から、何日経っちゃってるんですかね?」
私のその言葉に、ゼン様がとても残念なものを見るような目で見下ろしてきた。なんで?
「……お前と、武具屋であったのは今日の朝。そしてここはヘンドじゃない。王都だ」
「今朝?! 王都?!」
やだ。どちらにより驚けばいいんだろう。
ヘンドの街から王都までは、乗合馬車を乗り継ぐとひと月以上かかるし、どんな駿馬を乗り継いだとしても一週間以上掛かるはずなのに。なんで知ってるかっていえば、モチロンこの2年間、何度も調べたからだ。
意味がわからず首を傾げたまま戻せなくなっている私に、ゼン様は「誰にも言うな」とひと言、念を押した。その言葉に、私がゼン様の瞳を見ながらゆっくりと頷いたのを確認すると、ようやくそれを教えてくれたのだった。
「あの門が、空間の狭間に潜り込むための門だったなんて」
道理で轟雷団のパテメンと一緒では潜らせてもらえないハズだ。
防具のメンテナンスに行こうとした時、「Sランク冒険者御用達武具屋に行ってみたい!」と騒ぐアリアさんとユンさんの申し出を断り切れなくて、連れていくだけならいいかなと「絶対に迷惑かけないで下さいね」と約束をさせて門の前まで行ったのだけれど、どんなにノッカーを鳴らしても声を張り上げても、いつもの門番さんは門を開けてくれなかったのだ。
一人でいくとすぐに開けて貰えるのに、他に誰かがいるとまったく開けて貰えない。
一人で行った時に「パテメンがいつもの武具屋に行ってみたいと言っているのです」と話しても、すぐに詰め所に戻って行ってしまって返事を貰えないままだった。
その内に、『一見さんお断りの高級店が集まっている区画で、ミミミでは紹介者になれないから話も聞いて貰えないに違いない』ということで話は収まったのだった。
門を開けて貰えなかった理由は、それほど予想と離れていない状況っぽいけど。
でも。まさか。
「あの街が、空間の狭間に存在してて、いろんな街と門で繋がっていたなんて」
ビックリだ。
さすがは魔法のある世界というべきだろうか。
道理で街中で誰にもすれ違わないハズだ。なんでこれまで一度もそれを不思議だとも思わなかったのか。自分のその頭が不思議なくらいだ。
「あの街に入る資格のある人間は少ない。あの街には秘密がある。それは……」
「それは?」
ゴクリ。おもわず緊張して喉が鳴ってしまった。
でもゼン様がこれほど溜を取るなんて珍しい。
「あの街に住んでいる者は皆、異世界から落ちてきた人間だ」
「ナント!」
じゃあじゃあじゃあじゃあ!
「武具屋のオジサンも?」「そうだ」
「門番さんも?」「そうだ」
驚愕しかない。
あの、たくさんある表札も看板もない扉の住人が、すべて異世界人だというのか。
まぁ、私その一人なんだけど。
「異世界人といっても同じ世界からきたとは限らない。異世界人同士のいさかいもある。それだけではなく、この世界の人間に、無理やりここへ連れてこられて逃げ込んできた者もいる」
それは扉開けて貰えないわ。うん。当然だ。
そっか。なら、もしかしたら同じ日本人もいるんじゃないかと一瞬考えたけど、癒し手の持ち主の一族、って呼ばれているんだっけ? その人たちは滅多にいないと聞いてるし、あの街にはいないんだろうな。
もしくはいても簡単には会ってはくれなさそう。
私はゼン様に拾って貰えたからそれほどヒドイ目に合わないですんだけど、前に聞いたように監禁されたり大変な目にあったことのある人もいるんだろうな。
「いままでお前は、俺が紹介して、武具屋の店主であるオッサンが承認したからメンテ目的でなら入れた」
なーるほどねー。
「わかりました。もうあの武具屋さんの話も誰にも言いません。気を付けます、お師匠様!」
「……なんだ? それは」
「考えたんですけど、せっかくパーティに入れて戴いたので、パテメンとして、これまでとは違うお呼びの仕方をさせて戴きたいなぁ、と。で! いーっぱい考えて、考え続けてたんです、2年間!
『もしゼン様のパーティに加入許可が出たらどうしよう♡』って。そうしてついに実現した、いま! やっと決心できたんです! 目指すは、”お師匠様”と、その一番弟子♡」
バッと両手を広げて2年間考え抜いた考察と妄想を披露する。
「最高じゃないですか?!」
「それがお前の、目指すところ、か」
「ハイ! お師匠様に自慢して貰える一番弟子になれるようガンバリマス!」
なぜか胡乱な目を向けるゼン様もといお師匠様は、それでも「好きにしろ」と許可をくれたのだった。
やったね!
「あれ? でもあの門を行き来するだけでヘンドに戻れるなら、荷物は宿に取りにいけばいいんじゃないですか?」
その方が簡単だし、安上がりだ。どっちにしろ、取りに戻らなくちゃいけないんだし。
「お前が常宿に戻って、荷物を取ってきたとしよう。轟雷団の仲間と同じ宿なんだろう?
会ったらなんて説明するんだ? 俺と会えて、そっちに合流したから王都に移動するとでも言うつもりか?」
あー……。
まずね、ヘンドのギルドを飛び出した当日に、お師匠様に会えたっていうのが説明のしようもない。
Bランク以上の冒険者には移動登録の義務があることを考えれば、ヘンドにゼン様がいるというのもマズいことだもんね。
しかも、王都の隠れ家に部屋を貰ったから荷物を移動すると今日宿へ荷物を取りに行くなんてもってのほかだ。
不自然すぎる。これから気をつけなくちゃ。
「ダメですね。そういうの、ちゃんと考えとかないと」
「そうだな。それと、お前、昨日Aランクに上がるようなクエストをして街にいたということは休みの日だったんだろう? それなのに、なんでその鎧を着ているんだ?」
「え? だって、ゼン様に買って貰った鎧なんですよ、これ」
「…………」
あれ? 額に手をやって、ため息吐かれたぞ? なんでだろ。
「普段着は? あのウサギの着ぐるみはともかく、それ以外には何かないのか」
「ないですね。私の服はゼン様に買っていただいた、この軽鎧一択ですよ!!」
なにを言っているのか。
ゼン様のお心を常に感じられるこの鎧以外を身に着けるつもりはナッシングだ!
「あぁ。モチロン鎧を着て入れないレストランに連れていかれた時は、あのアンダードレスとスカーフを合わせて行ったかな」
轟雷団がBランクになったお祝いをレストランを貸切ってやったのだ。
ギルドの受付嬢のおねえさんとか、買取係のおねえさんとか、カフェテリアのお姉さん方をお誘いして、いろんな種類のケーキやお菓子をこれでもかってテーブルに並べて貰って食べ放題したのだ。美味しかった。
あの後、一週間くらい、甘いもの食べたいと思わなかったけど。
「さっきの、あのドレスで、レストラン?」
ゼン様が顎に手を当ててブツブツ言いだした。
どうしたんだろう? パテメンからもおねえさん達からも「カワイイ」とか「綺麗な布ねぇ」って褒められたんだけどな。
「ダメだ。買いに行くぞ。やっぱり2年前に全部俺が揃えるべきだったのか」
ガーン。まさか独り立ちできていたハズの2年間にダメ出しを食らうと思っていなかったので動揺する。
もしかしたら、パテメン達もおねえさんも、私が田舎(異世界)から出てきたオノボリサンだと思って広い心で受け入れていてくれただけなのかもしれない。ううう。
私は、こちらを向こうともしてくれないお師匠様の後ろをトボトボとついて行った。
歯ブラシ、石鹸、タオル、洗面器、毛布、シーツ、枕。
「リネン類だけかと思ったら、マグカップに、カトラリーまで全部ですか」
買いに行くのは普段着だけかと思っていたら、ありとあらゆる生活用品一式だった。
私ずっと宿暮らししてたから、シーツとか枕とか自分の物持ってなかったしね。
「あの部屋にあったので良かったのでは?」
そう言ってみたんだけど、客間は他にもあるみたいでお客様用に揃えたリネン類を私が普段使いするのはダメらしい。当然か。
でもこれって。
「これってなんか、新婚さんが新居の準備してるみたいですねぇ」
にへら、と笑いかけたら、脳天をチョップされた。ヒドイっ。




