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side ゼン 57

 


「これは、アルミ缶か。これは……スチール缶だけど錆びてきているからリサイクルには出せないか。不燃ごみ行きだな」


 投げ捨てられるゴミはかなり減ったけれど、それでもやはり植え込みの中に隠すように捨てられた缶は、見つけた時には中に雨水が入り込んで錆びていることも多い。ついでにタバコの吸い殻が入っていたりすると中身を捨てる際に立ち昇る悪臭が凄くて涙目になる。

 本当は、吸い殻から水に溶けたニコチンなどの毒性の高いものを排水溝へと流すことにも抵抗がある。


 見なかった事、気が付かなかった事にしてしまう方が、多分きっと精神衛生上にはずっと楽だ。


 ゴミ拾いをしてきちんと分別して捨て直そうとも、ゴミを出している限り、俺という存在は地球にちっとも優しくない。

 それでも。生きていたいと思う。

 本当の笑顔を取り戻したミミミとの未来が欲しい。

 そう願ってしまう。


「はぁ、やだやだ。俺ってこんなに後ろ向きな性格してたっけ」


 どこからやってきたのかもわからない、丸められてぺったんこにくっついたティッシュが半分土に埋まったようになっているものを、ゴミ拾いトングで掴んでゴミ袋に入れる。


 北極と南極に行くのを止めてこの湧水池に真万能薬を捧げることに決め去年の分はここで執り行った。

 魔法陣を展開して真万能薬を捧げるのもこれで最後となる。

 今日はこの周辺のゴミを拾い集めて綺麗にした後、明日の早朝、それを執り行う計画としたのだが。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。

 ここにきて、せめて国内であってももう少し離れた場所へ捧げた方がいいのではないかという迷いが消えない。


「今から行ける国内なんて、北極や南極に比べたら誤差の範囲でしかないよなぁ」


 また一つ、くしゃくしゃになった雑誌の一頁らしきゴミを拾い上げ、燃えるゴミの袋へと放り込みながら背筋を伸ばした。

 その視線の先に、明るい空が広がっていた。


 あぁ、でも。そうか。


「東京タワーって歩いて登れるんだっけ」


 最後の1個を、人が造り上げた建築物から、世界中へと続いている空へと捧げるのは悪くない気がした。






「土日でも朝九時、平日は朝十時からなのか。いや、夏休み期間中は毎日朝九時からか。どちらにしろあんまり早くないけど、まぁいいか」

 家に戻ってシャワーを浴びてから、パソコンを使って情報を集める。

 テレビで初日の出を東京タワーの外階段を登った先のデッキで迎える家族連れを見たことがあった気がしたが、あれは正月のみの営業なのかもしれない。残念だ。


 前泊することも考えていたが、その時間からなら家から電車で出ても間に合う。

 むしろ暗い中を始発電車で向かう方が合っている気がした。


「駅から東京タワーまでの道を、ゴミ拾いしながらいくのもアリかもなぁ」

 だが、都内でゴミを拾って家まで持って帰るのは間抜けな気もするし、なにより電車に持ち込むのはマナー違反のような気もする。


 分別まではできても処理に困るな、と検索すると、各地で駅前ゴミ拾いボランティアを募集しているようだ。それも一つの団体ではない。結構いろいろあるようだ。


「お。明日なら東京タワーに近い駅の周辺でやる予定になっている所があるな。しかも事前登録なしで参加できるのか」

 そこまで遅くなるなら、正午に合わせて登るのも悪くない。

 時間も朝八時からならゴミ拾いに参加した後、どこかで身支度を整えてから改めてタワーに登ることもできる、ということだ。

 出勤が週1や週2の企業が増えて時差通勤もある為、通勤ラッシュはほとんど無くなった。

 東京タワーのすぐ下にある芝公園周辺は、ランニングスポットとしても有名なようで、スポーツジムにはそういった人に時間貸しでシャワーや着替えをさせてくれる場所もあるようだ。


「これは決まりだろ」


 俺は検索結果に満足して、明日に備えて準備を始めた。



**********

 


「陽が昇るのが早いなぁ。夏だな」

 星の浮かぶ夜の藍色が、瑠璃色のそれに変わり、地平線に近い場所からうっすらと薄紫色に染まっていく。


 視界の右と左で、終わろうとしている夜とこれから迎える朝とが混在する不思議な時を、自転車で走り抜ける。


 時刻はまだ早朝五時前だ。

 始発電車に乗っていけば、ゴミ拾いの受付時間前に余裕でつける。

 余裕があり過ぎるくらいだ。


 俺は駐輪場へ自転車を停めると、鞄からマスクを取り出した。


 島国である日本国内にも、すでにあのウイルスが侵入してきていた。

 死に至る病ではないのでロックダウンなどはされていないけれど、人混みを歩く時はマスクの着用が推奨されていたし、建物の入口には各所に消毒液が置かれている。こちらは無視して入る人も多いけれど。


 ホームで電車を待つ人の影はまばらで、ほとんどの人がマスクを着けている。

 その程度には、この病について警戒する人が多い、という訳ではなくて、テレビでは満員電車に乗っていた頃の名残だという人の方が多いようだとアンケート結果が流れていたのを見た。


 程なくしてやってきた始発電車に乗り込む。

 車内にも人はまばらで、俺は悠々と席に座れた。


 あまり土地勘のない場所に向かうから早めに出たけれど、このままスムーズに着くとかなり時間が余る。ついでに芝公園内でもぶらついてみようか。


 最後の祈りとなるので、少しくらいは気分が高揚するかと思ったが、今のところそれもない。緊張もしていなかった。


 疫病はすでに世界中に蔓延している。

 ただし、その毒性はミミミに聞かされていたものに比べて極めて低く、死に至る病ではなくなっていた。


 後は、この世界で生きる者として、治療する方法や重症化阻止の為のワクチンの開発、伝播を食い止める生活様式の確立などに励んでいくだけだ。



 つまりは、今から執り行う儀式、あちらから持ち込んだ真万能薬を、あちらから持ち込んだ魔法陣をもって世界へと捧げる儀式が持つ意味が、これまでとは違うものとなる。

 これまではずっと疫病を無くしたいという神に祈るような気持ちばかりがそこにあった。

 だが、今の俺の胸にあるのは、この疫病を抑え込む手段が見つかりますように、というものだ。どちらかというと自分たち努力が一刻も早く実を結びますようにという、どちらかというと合格祈願のようなものになっている。


 魔法陣を使ってこの薬を捧げる必要など、あるのかないのか。


 でも、本当に、この儀式に意味はあったのだろうかと思う気持ちもある。

 どうすれば良かったのか、どれに効果があったのか。

 正解が見えないから余計に悩む。

 

 この世界の神が、本当に忌神で、地球の盟主として振舞う人類へのバチとして、あの疫病を発生させたとしたならば、トゥルートがこっそりと行っていた、地球温暖化対策という名のネット中心生活へのシフト啓蒙活動の方がよほど地球環境にはいい影響を及ぼしただろう。


 勿論、前の時間軸において疫病の病魔にかかって命を喪った人が、忌神の意に反する行動を取ったとは思わない。どちらかというとその結果に苦しむ人がいるということ、その事自体の方が重要そうだ。


 そもそも、この国の神は八百万いるという事になっているし、世界には唯一神も沢山いる。

 どれが、トゥルートが言っていた、あちらの世界の神との交渉を受け入れた神なのか、他にも神はいるのかもわからない。


 わからないことだらけだ。


 確たるモノなんか、俺の中にある気持ちだけだ。



「……もうすぐ、会える、筈だ」


 憂いもなにもない、本当の彼女の笑顔が、見たい。


 


 電車の窓の外は、すっかり明るくなっていた。

 流れていく街に、人の姿がチラホラとあらわれる。


 その中に、すこし前なら当たり前だった、スーツや制服を着た人の姿はほとんど見なかった。

 どちらかというと、のんびりと普段着で空に向かって背筋を伸ばしていたり、朝のランニングに出る人の姿の方が目立つ。


 街中に緑が増え、個人の住宅の庭先に綺麗に手入れされた花々が咲いていて、そのカラフルな色合いが車窓を流れていく。


 都心へと向かう電車から見える光景は、どこかのんびりとして見えた。



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