12,夢みたいだけど、夢じゃなかった。夢ならよかった(白目
「オジサン、ゼン様について知ってることがあったら教えてください!!」
「おう。なんだ、Sランク冒険者でソロで、あー…俺んトコの常連だな」
違うし! 今は大喜利とか求めてないし!!
「ゼン様が、なにかヘタ打って、クエストに失敗して、大怪我をして、寝込んでいるって聞いたんですけど」
どこで会えますか?
そう続けようと思ってたのに。
「どこの情報屋だ。糞だな、金返して貰ってこい」
………………。
「え? あれ? ……え??」
「どうした。俺より金持ちになったか?」
「ゼン様!!!!!!!!」
夢じゃありませんように、と全力で目の前の人に抱き着いた。
「ゼン様、ゼン様、ゼン様、ゼン様、ゼン様、ゼン様!!」
「なんだよ。全力大歓迎だな。でも放せ。離れろ」
ぐいーっと頭を押されたけれど、手を放すつもりは、ない!
「生きてた! よかった、よ゛か゛った゛あぁぁーーー!!」
うわーんと身も世もない全力の泣き方をする。
生きててくれた。それだけでもうれしいのに、今目の前にいるゼン様が大怪我をしているようにはまったく見えなかった。そのことに安堵した。
「お金持ちにはなってないですぅ~。なってないですけどぉ」
びたん。
全力で捕まっていたゼン様から手を放して、そのまま床に張り付いた。
「お願いがあります! 私を、ゼン様のパーティに入れてください!!!」
…………。
沈黙が、苦しい。
頭を床につけたまま、ゼン様の言葉を待つ。
「轟雷団はどうした。順調に冒険者ランクを上げているそうじゃないか。順調なんだろう?」
「轟雷団は、辞めてきました」
「なぜ? 今朝、団と共にお前がAランクに昇格したって情報を受け取ったばかりだぞ」
「……とは言われましても、私は団どころか、自分がAランクに昇格したって聞かされてもいないんですけど。というか、私は昨日までCランクだったんですが?」
さっき、ギルド長に会った時も、何も言われなかったよ?!
まぁ言わせる隙も何も無いまま、飛び出してきたんだけど。
「そうなのか? 情報が間違っているのか。そういえば、俺がなにかドジったって情報も流れているんだったか」
そうだ。あのギルド長め。嘘情報で驚かせやがって。あとでとっちめに行かねば。
轟雷団も、勢いで辞めてしまったではないか。
……後でいろいろ謝りにいかないと。
辞めた理由が変わっちゃったことも。
「そんで? なんで前の団を辞めた理由は、なんだ」
「ゼン様の、お傍にいさせてください!」
女は度胸だ。
ここまできて誤魔化してどうする、私。
ゼン様が絶句しているのが伝わってくる。
けど!
「『ゼン様のパーティに入れてください』この言葉は、あの日、Dランクに昇格した日にお願いするつもりでした」
「本当は、攻撃力UPを覚えたら、言いたかった。でも、私が覚えられたのは防御力UPで。だから、お願いできなかった」
「防御力UPの方がレア度高いぞ」
「だって。覚えましたって伝えにいったら『糞使えねえ』って」
「誰が?」
「ゼン様が」
「……そんな事、言ったか?」
ヒドイっ。すんごくショックだったのに。
思わず床につけてた額を上げて見上げてしまった私の、その愕然とした表情に気圧されたのか、ゼン様が謝った。
「すまん。記憶にない」
……別に謝ってなかった。忘れたことに対して言っただけだった。
「…………」
「…………」
「……で?」
「なんで轟雷団を辞めたんだ? 今をときめくAランクパーティ。リーダーは、次代のSランクとも名高い轟雷のスカイ。かなりのイケメンだそうだな。……ハーレムから溢れて、逃げ出してきたのか?」
…………。
「……? あの」
「なんだ、図星か?」
「……スカイさんは、確かに見た目も心もナイスガイのイケメンですが、女性です」
そうなのだ。誤解されることが多いけど、実際に目の前に立っていて一緒に会話してたって勘違いされることは多いんだけど、スカイさんは女性である。
本人の性的志向も異性だって言ってた。
だから心も全部まるごと女性で間違いない。
「…………嘘だろ、轟雷が?」
「轟雷団の”轟雷”は、スカイさんとユンさんの出身村、ゴーライ村の名前から取ったそうです。パーティを組むちょっと前にスカイさんが雷系の魔法を取得したので、文字をそれっぽく合わせたんだと教えて貰いました」
「……男だとばっかり思ってた。ハーレム野郎パ-ティーだって有名だったし」
「えぇ、知ってます。でも、女所帯のパーティだと知ると舐めてかかる冒険者も多いので特に誤解を解こうとしてないみたいですね」
ウチ、美人さんと可愛い子ちゃんしかいないしね☆
「…………」
「…………」
「……もしかして、妬いて、たり?」
「するか」
ですよねー。くそう。ひと言で全否定キタ。
そんな被せ気味で否定しなくていいじゃないか。ちぇーっ。
「ゼン様がヘタを打って大怪我をしたという情報を知らされてですね、どうしても、ゼン様のところに、行きたかったんです。私のいないところで死んじゃうかもしれない、そんなこと、許せなかった」
まぁ、偽情報というか、情報が間違ってたんですけどね。
お恥ずかしい。
「でも、ゼン様がいまどこにいるのか、どこで苦しんでいるのかもわかんなくて。でも絶対に探し出して傍を離れないって思ったんです。だから、どんなことをしても探し出そうって思って」
「それで、団を辞めてきた、と。よく轟雷団の仲間がそんなわがままを許したな」
「無理に引き留めても、私は使い物にならなくなるだろうって。上の空のまま冒険にいっても全滅の要因になると、スカイさんが」
「さすがAクラスパーティのリーダー様、か」
そこまで話した段階で、私はもう、ゼン様のお顔を見上げていることができなくなった。
はずかしい。
「それで。……えっと、それで、ですね」
がんばれ。がんばるんだ、わたし。
「どうか、傍にいさせてください。一緒に冒険に連れて行ってください。その、権利を下さい。パーティに入れてください!!」
目の前にいないゼン様の情報に右往左往するのはもう嫌だ。
もう、足手まといにしかならない、あの頃の私ではない。
ちゃんと役に、立てる。
「Aランクになったばかりの冒険者が、Sランクの俺とパーティを組みたいっていうんだな?」
その視線は怖いくらい真剣だったけれど、でも、逃げない。
「はい。今の私なら、ゼン様のお役に立てます」
「ほう」
私は背筋を伸ばすと、すぅっっと大きく息を吸い込んだ。
「攻撃力UPを、覚えました」
そう。昨日の大蛸が持っていたレアスキル。
戦闘後半、やたらと皆が押されてて疲れて見えたのは、大蛸がこれを使っているからだったのだ。
念願の攻撃力UPを、私はついに取得することに成功した。
「防御力UPと攻撃力UPの支援魔法持ちです。攻撃魔法は、水刃を持っています」
そこまで言っても、ゼン様はなにも答えてくれなかった。
これまでの私なら引き下がってしまったかもしれないけれど、でも、今の私はここで引く訳にはいかないのだ。
「私のいない所で、ゼン様になにかあったらと思うと何も手につかないんです。……今回は、嘘情報でしたけど」
本当だったら。──そう思うだけで、手が震えた。
「お願いします! パーティに入れてください! お願いします!!」
ガンガンと床に額を打ち付ける勢いで何度も頭を下げた。
実際に床にぶつけることもあって、かなり痛い。
でもそんなのはどうでもいいのだ。
「おね、おねがいじまずぅ……おねがい゛ぃぃ…ゼンさ゛ま゛の、お傍に、いたいんれすぅ」
「おい、顔を上げろ」
ぐぃっ、と腕を掴まれて引き上げられそうになる。
それを、私はいやいやをして床から立つことを拒んだ。
受け入れて貰えるまで、絶対に諦めない。
あきらめたくないのです。
「おねか゛い゛て゛す゛ぅ……」
「いい加減にしろ。泣き止んで顔を上げろ」
やーだあぁぁぁ。諦めたくないぃぃ。
駄々をこねるばかりの私に呆れたのか、ゼン様が上着を脱いで私の頭に掛けた。
「ふぇ?!」
焦った私は、何者かによって、そのまま持ち上げられた。
嘘。これは、この腕は……
「持って帰る。すまんが、掃除と門番への連絡を頼む」
掛けられた上着の隙間から見下ろすと、そこは私の涙と涎と多分鼻水の混合液でぐっしょぐしょに濡れていた。
「あいよ、色男。あとでノロケでも聞かせろや」
「うるさい」
ひえぇぇぇ。ゼン様の声が、耳元で、聞こえるぅっ。
いや、待って? まって、ちょっと落ち着いて、私。
えーっと、ちょっと状況を整理しよう。
目標金額にようやく到達するかもってなってウキウキ気分でギルドへGO!
↓
ゼン様がヘタ打って大怪我しちゃったかも情報を仕入れる ←嘘でホントに良かった!
↓
ゼン様の下へ駆けつける為に、お世話になった轟雷団から挨拶もそこそこに強引に退団 ←最低最悪。
↓
情報元にしようとしたけどまったく使えないギルド長を即捨て。正しい情報を求めて武具屋のオジサンのトコへダッシュ!
↓
なんでかゼン様がいて、しかも元気だワッショイ!
↓
勢いとか後悔とかいろんな想いがバクハツして、ゼン様へパーティへの加入を申し入れちゃった。
↓
轟雷団とスカイさんに纏わる嘘情報にゼン様が惑わされているって知ったよ。ゼン様きゃわわわ。
↓
土下座して全力で縋ったあげく、大泣きして荷物のように運び込まれる。 ←今ココ。
…………。
長いわっ。箇条書きでも長いわ。
やり過ぎだ。人生引き際が肝心だっていう言葉が、今更頭の中でグルグルする。
でも。
あぁ、やりきったなって思う。
うん。これで拒否られても、本望だよ。
もう轟雷団にも戻れないだろうけど。
でも、あの日頑張れなかった私が、頑張ったんだ。
足手まといになるから、お荷物邪魔者だって、自分が欲しいものを手に入れる努力をしない理由を探してた私が、大成長だよ。
うん。わたし、がんばった。
よくやったよ。やりきった。もうすっからかんだ。
…………。
ゼン様が、私を抱き上げたきり何も言わないで大股で歩いていく。
その歩みに迷いはまったく感じられない。
まっすぐに、目的地を見定めている感じ。
あぁ、ひさしぶりだ。この感覚。
この人の後ろをついていけば間違いない。
そう思わせてくれる足取り。
堪能しておこう。これが本当の最後かもしれないから。
抱き上げる腕の力強さも。
この人の、体温も。
全部。
どさっ。
「うわっぷ」
堪能しているところで、ソファに投げ降ろされた。
いくつかのドアをくぐったことはわかっていたけれど、いつの間にか目的地についていたらしい。くっ。残念。
すごすごと、頭に被せられた上着を剥ごうとして、その手を止められた。
「ん。まぁいいか」
?
「ようこそ。俺の家へ。ここにあるものは、なんでも自由に使え」
「え、ゼン様の家? うそっ」
止められた手を無視して、勝手に上着を剥いだ。
見上げた先には、面白そうな瞳で私を見つめる、あこがれ続けた星のような人。
「こんなことで嘘なんかいわない」
え、だって。どうしてそんな場所へ?
意味が分からなすぎて、混乱する私に、ゼン様が微笑みかけてくれた。
ちょこっと唇が歪んでいるのは気にしたら負けだろう。
「ようこそ疾風団へ。よろしくな、相棒。一応言っておくが、俺と行く冒険は、かなり厳しいぞ?」
!!!
止まってた涙が、また勝手に溢れてくる。
「……は、ハイ! ありがとうございます! だいすきです、ゼン様!」
前の時とは違って当然ですよね。Cランクパーティだった頃の轟雷団より、楽な探索でしたもん。
本当に、甘やかされていたんだということに、この人の傍にいることをやめてから、知ったんだ。
「相変わらず、お前は返事がオカシイな」
「ハイ! 頑張りますっ」
「……まぁいいか。この部屋はお前の部屋にする、好きにしろ。あと……その上着は、俺がこの部屋を出てからにしろ。いいな?」
そういって、さっさと部屋を出て行ってしまった。
その意味を私が理解したのは、探検して見つけた部屋付きの洗面所で早速顔を洗おうと鏡に向かった時だった。
最高級アラーニェ製アンダードレスが、私の涙と涎と鼻水で……スッケスケに透けて、コルセットで強引に作った谷間が丸見えだったったったった。
死んだ。




