side ゼン 46
『なるほどのぅ~。お前さん、ほんと~に、ミミミのことが大好き大好きで大好きなんじゃなぁ、ゼンよ』
「うるさい。俺はできるのかどうかを聞いてるんだ」
ニマニマしながら上半身を揺らして俺の顔を仰ぎ見るミニチュアトゥルートがウザすぎだしムカつく。
『まぁ良いじゃろ。えぇぞい。了承してやろうぞぃ』
「マジか! やったー。サンキュー、トゥルート!!」
にやけた顔つきのままながらも、トゥルートは割りにあっさりと俺の申し出は受け入れて貰えた喜びに、思わず両手を挙げてはしゃいでしまった。
『……ちうか。儂、最初からそのつもりじゃったしの! ふぇっふぇっふぇっ。疾風のゼンが女にメロメロな姿を見れるのは儂だけじゃが、こちらの世界での土産話ができたの! ベルちゃんたちに話す時を考えただけで愉快じゃのお』
「ふ、ふっざけんな、このクソ爺!!」
『よぅ考えてみい? じゃから、今日、出てきてやったんじゃろうよ』
なるほど。
そう。今日はミミミから教えて貰った誕生日だ。
だから、トゥルートと年に一度しか会えないというなら、この日がいいと思ったんだ。
彼女の生まれてきた日に、彼女の話をしていたい。そうしたら、それを励みに毎日を頑張れると思った。
たとえ、今日から7年ではなく倍以上となる15年もの月日を、彼女無しで努力することになったとしても。
『宇佐見三実は、5年前の20:44に生まれた。出産予定日より10日も早かったようじゃ。突然進路の変わった台風の暴風雨の中、タクシーで産院へと移動したんじゃそうだぞぃ。タクシーの窓には大粒の雨がバタバタバタとぶち当たって来るわ、外の電線がぐるんぐるん大きく揺れて怖くて仕方が無うなるわで、すでにいっぱいっぱいだった母親は、ようやっと着いた産院の病室で着替えちょる最中に停電が起こってのぅ、その場で頽れたそうじゃ。んで、その気絶しちょる内に、ミミミは、つるんと産まれ出たのじゃそうだじゃぞい。「陣痛室へ連れていかれたのかもわかんなければ、分娩室へ運ばれたのが何時かもわからなかったわ~。二人目の分娩の痛さを語られる度に親孝行な娘だと思っていいのか、出産の瞬間を覚えていられなかったことを恨めばいいのか悩むのよね~」と。母親からは何度も言われていたようじゃ』
そうして、トゥルートから教えて貰ったミミミの話は、この間の夜に教えて貰ってもいいようなエピソードだった。
何故彼女は俺に教えてくれなかったのかと憮然としてしまう。
彼女の口からそれを聞いたなら。
嵐になったことに一緒にドキドキして、安産すぎるその出産に一緒に笑って、そんな沢山の困難を乗り越えて健康に生まれてきた奇跡に感謝を伝えられたのにと残念に思う。
『母親は別に悪気があったとか、ねがてぃぶなイメージで話した訳ではないようじゃがの。親戚が集まるような席で、大人たちに囲まれて何度も話のタネとして笑いと共に披露されたんじゃ。ちっこい子供からすれば嘲笑されておるよう気分がするじゃろうて。後ろ向きの受け止め方をしてしもうても仕方がないんじゃなかろうかの』
確かに。話している側や、傍で聞いているだけなら微笑ましいエピソードでも、当事者としては心穏やかではいられないものかもしれない。
『しっかし。ミミミがなんぞ人知を超えた想定外の動きや行動を取るんは、産まれた瞬間からなんじゃのぅ』
「人知って。それほど変わった奴ではないだろう?」
『いんや。変わっちょる。フツーの子女はもっとこう、簡単にパニックになるんじゃ。泣くんは、自分が哀れじゃからじゃし、優しくされて当然じゃろと思うちょる』
どきりとした。
俺があちら側へと召喚された時、まさにそういった行動を取っていた。
そうして、そうならないミミミに、惹かれたのだ。
『それにのぅ。あんな風に直感だけで動いて正解を掴み取れるなんぞ、特別な存在以外であるかよ。しかも、自分だけなら我慢ばかりしおる癖に、誰かの為になら当たり前のように困難に立ち向かいおる。ミミミのように、排他的にもならんとちゃあんと自分の足で立てるオナゴはそうはおるまいよ』
突然の召喚に、すべてを失くしてしまった異世界での暮らしの中で、あっという間に本物の仲間を手に入れたミミミ。
にも関わらず、俺が怪我をしたと知らされてすぐに全てを捨てて駆けつけてくれた。
自分が俺の背中を守ると仲間に入りたいと頭を下げ、実際に身に着けた力で俺は助けられ続けた。
そうしてやっぱり。離れた仲間が大怪我をして再起不能になっていると知れば、悩むことすらせずにあっさりと救いの手を差し伸べるのだ。
それをすることで、自分が、追い詰められるかもしれないと知っているのに。
『のぅ、ゼン。ミミミは得難い女じゃぞい。大切にするがよいぞ』
「知ってる」
わかってる。だからこそ、欲しいと願ったし、彼女の為ならどんな努力もできると思ったのだ。
『ゼン。お前さんが、ミミミから知らされることなく、これから迎える人生においては自由にやりたいことをやるがえぇ』
『お前さんの人生はお前さんの物じゃ。確かにお前さんはミミミの大願を叶える為にここにいる。じゃが、お前さんの人生はここにあるんじゃ。それをおろそかにしてはならんぞい。ミミミに再会できた後も、お前さんの人生はまだまだ続いていくんじゃからの』
彼女の両親を救うことができたとして、彼女と再会したなら。
俺はきっと……、彼女と共に過ごす人生を望む。
彼女に不自由させない暮らしを用意するのは、当然で、大切で、重要なことだ。
「そうだな。どうやら一つ下ではなくてかなり年下の彼女を持つことになりそうだからな」
身体も鍛えておかねば、再会した時にみっともないとか格好悪いと思われたら、死ねる。
やらなくてはいけないことが増えた。
増えすぎだと思うが、下手に悩む時間が無くなるのは歓迎すべきことだろう。
「ありがとう、トゥルート。お前のお陰で、俺はもう迷わなくて済みそうだ」
『ふぇっふぇっふぇっ。そうじゃな、疾風のゼンよ。毎日朝な夕なと儂への感謝を捧げる事、ゆめゆめわすれるでないぞい?』
その言葉を最後に、トゥルートは姿を消した。
俺は、腕輪をまた箱の中へとしまい入れ、蓋を閉めた。
失くさないように、また机の奥に仕舞っておこう。




