side ゼン 42
進級した。新学期が始まる。
新学期という言葉自体が、すでにあちらで23歳になっていた自分には恥ずかしくもあるが、中学を卒業した訳ではないのでまだマシか。
二学年の最後は入院していて休んでしまったけれど出席日数は足りていたし、学年末試験にしても病院内の院内学級で特別に受けさせて貰えたので大丈夫だった。
ただし、100点にはならないと説明されていた。まぁ仕方がない。
追試と同じ扱いで、同じテストでも点数×80%の採点になるそうだ。そういう規定があるのだと説明にきてくれた担任が言っていた。
点数はボロボロだったけれど、まだ入院中だからと見逃して貰えた。まぁどちらにしろ義務教育中だ。出席日数が足りている時点で、落第になどなる筈がない。
勉強に身を入れるようになって一ついいことがあった。
絡まれることが減ったのだ。
「行きたい大学ができたから勉強しなくちゃいけないんだ」
大抵の場合は参考書を前にこの魔法の呪文を唱えれば以降会話に参加するように強要されなくても済む。それでもダメな時は「高校受験に失敗したいならまだ遊んでいられるよな」と呪文を追加する。
かなりヘイトを稼いでいるような気もするが気にならない。俺は快適さを優先する。
いつの間にか、夏休みになった。
ミミミから教えて貰った誕生日が、くる。
予備校の夏期講習の帰り道、こっそりとコンビニに寄ってケーキを買ってきた。
中学生対象の講習なので昼間だ。今は夕方で階下では母が夕食の準備をしている。父は仕事からまだ帰ってきていない。
コンビニでは、本当に苺のケーキは売っていなくて変な笑いが出た。
『夏生まれの何がイヤかわかりますか? ケーキに苺のってないし、乗ってても超ちっちゃいのに高いって母親に愚痴られるんですよ?! 理不尽すぎませんか? 誕生日ケーキと言ったら真っ白いクリームに苺のホールケーキが基本ですよね! 子供なら誰でも夢に見ますよね! えぇ? お師匠様は違っても、私の夢の誕生日ケーキはそういうのだったんです! 話の腰を折らないで下さいよっ。それに、友達を誕生会に呼ぼうにも学校やってないから会えないし、自分のスマホを持たせて貰った高校からは外で会うのも楽にできるようになりましたけど、中学までは学校で生徒にスマホとか携帯を持たせるの禁止だったんで。でも、みんなに電話掛けてひとりずつ招待とかっていうのも、なんだか恥ずかしくてできないし!!』
頬を膨らませながらそう教えてくれたミミミの顔を思い出す。
そういえば、ミミミは今、幾つだろう。召喚された時が20歳だと言っていた。そこから7年遡ったのが今なんだから、13歳か。
そうだ。俺より一つ下なだけだった。
年の差は最初からわかっていたことだけれど、なんとなく計算し直してみたくなった。
「今が平成……西暦に直して、と」
元号が変わったと聞いていたので、誕生日は西暦で教えて貰っていたのだ。
カレンダーを確認して青ざめ、同じ結果しかでないのに、検索もしてみた。
「……5歳?」
ミルクレープに強引に立てた赤い小さな蝋燭を見つめる。
雰囲気だけでもと母が大事に取っておいたらしい誕生日ケーキ用の赤と白の渦巻き蝋燭を1本くすねてきたのだ。
揺れる炎を前に、目を閉じた。
俺の記憶が間違っていたのだろうか。
間違って覚えているのは、ミミミが生まれた年についてだけだろうか。
他の事についても間違えていたら?
重要な何かを忘れてはいないだろうか。
心臓が、いやに大きな音を立てて、全身に轟くようだ。
思い出せ。忘れる筈がないとあれだけ何度も思い返した彼女の記憶。
そのすべてが大切で、大事な宝物なのに。
なぜ、こんなことになったのか。
ふらつく足を懸命に動かして、机の奥に閉まっておいた箱を取り出す。
蓋を開けるのが、これほど怖くなると思わなかった。
箱を支える手も、蓋に掛けた手も。
どちらもみっともないほど震えていた。
確かにあの日、俺は異世界から還ってきた筈なのに。
自分の信じた道を取るため、ミミミとも離れて、まさかの魔法陣の修行を受ける努力もした。三年も掛けた。
なのに、その決意も努力も、俺の妄想や夢の類なんじゃないかと、自分を信じきれないでいる。
情けない。
「……あった」
そこには腕輪がきちんとあった。
「ふっ。く……あ、った。夢じゃ、ない」
指輪は無かったけれど、拾得物申告書は畳んで一緒に入れてある。
サイズと特徴、そして警察官による指輪の絵、拾った場所の住所と拾得者として俺の名前と住所が書いてある。
受け取れるまで、あと2カ月。この書類を無効にさせない為にも汚したり無くしたりする訳にはいかない。
だからあんまり広げてみたりしている訳にはいかないし、握りしめる訳にもいかないんだけれど。
感情が揺れて。抑えきれずに勝手に涙が溢れてくる。
「絶対に、会える。大丈夫だ。俺は、ミミミに会える。彼女はちゃんと、いる」
腕輪を作ってくれたベルルーシアも、留め具を作ってくれたブランも、薬を入れる水晶球を作ってくれたトゥルートも。
ちゃんと、いる。いる筈だ。
俺の頭がおかしくなったんだったらどうしよう。
本当は、異世界など行ってなかったら?
川に落ちたショックで記憶が混乱しているだけの可能性は?
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中で不安が渦巻いて押し寄せ、立ち向かう気力を根こそぎ奪い取られそうだ。
医療技術が発達したこの現代社会において、薬の効かない疫病で何万人もあっという間に死んだりするだろうか?
為す術もなく蔓延させて、年単位で後れを取るなど、映画や小説の中ですら荒唐無稽だと笑われる種類のB級ジャンルではないか。
インターネットが便利なのは分かるが、個人宅で学校の授業を受けられるようなネットワークの構築なんて、まるでSFだ。それを、疫病を避ける為に構築? ありえない! 馬鹿らしい。
そんなの、夢でしかない。馬鹿馬鹿しい、夢だ。アリエナイ。アリエルワケガナイ。
『莫っ迦モン! ナニをまたあっさりと精神を乗っ取られとるんじゃ。たるみすぎじゃろ、疾風のゼンよ』
突然割り込んできた濁声の叱責に、頭の中で渦巻いていた不安が吹き飛ぶ。
「……とぅ、るーと?」
『おお、そうじゃ! 儂じゃ! お前さんのお陰で大願成就を為せた謝意を込めてこんな場所まで着いてきてやった忠義モノの儂じゃよ! 感謝しろ、ゼンよ』
感謝の表れとして此処まで着いてきたと言った口で感謝しろと要求できるのは、確かに俺の知る限り、あのトゥルートだけだ。
「ど、どこ? どこにいるの?」
右を向いても左を向いても、後ろを振り向いてもどこにもあのローブを身に着けた姿はない。
『かーっ! なんじゃ、なんじゃその可愛らしい言葉遣いは。どうなっちょるんじゃ! Sランクパーティ疾風団リーダー、疾風のゼンともあろう男がのぅ。なんちゅう有様じゃ』
「幻聴? まぼろし? 俺、本当に、頭がどうにかなっちゃったのかな?!」
うわーっと頭を抱えて丸くなった。
『情けないのぅ。儂のことはともかく、お前がミミミの為にしてきたことを幻だの幻聴などで片付けるでないわっ! ったく。仕方のない男じゃのぅ。あんまりこの世界では魔力を回復することはできんようじゃから、あんまりやりたくはないんじゃが、このままでは埒があかん。最後まで付き合えんでもお前さんのせいじゃからのぅ。文句を言うでないぞぃ』
ふわり。
腕輪から、幻想的な光の粒が湧きあがったと思うと、その中央に、記憶にある通りの、半透明の男が立っていた。
美しい刺繍の施されたローブはゆったりとしたドレープを描き、透き通った濃色の髪はまるで紫水晶のように神秘的で、光の中に溶け込んで見える。
「……トゥルート?」
『如何にも。偉大なる異世界からの大神官にて大呪術師、そうして彼の世界の神の眷属となった儂じゃて』




