11,これも夢ならよかったのに
久しぶりに、あのお別れの日の夢を見た。
きっと、今日が長年の念願が叶う日だからだ。たぶん。
「あの魔石、いくらになるかなー♪」
拳ふたつ分にもなる巨大サイズのデッカイ魔石。
壊れてるっていったって、私が開けたちっちゃい穴1個だけだもん。ほぼ完品みたいなもんでしょう!
本当は、昨日帰還してギルドにダンジョン踏破の報告と、もろもろの素材買取をして貰いにいった時点で支払いがあれば良かったんだけどなー。
『え? 今日、お銭銭にして貰えるん違うのん?』
ユンさんもがっくりと肩を落としていた。
この人は、見かけ通りの呑み助なので、その日稼いだ金で豪遊するのが何よりの楽しみで生きていると言っていた。だからお預けになってしまって、とても辛そうだ。
『困りますの。支払いよりも、査定によってわたくしの冒険者ランクが上がるかどうかの瀬戸際なんですよ?』
そうなのだ。この2年間でCランクパーティだった轟雷団はBランクパーティに昇格。さらにCランクだったユンさんとヨルンさんも団が昇格したのと同時にBランクになっていた。あ。Bランク冒険者だったスカイさんは、このダンジョン攻略に出発する前に、「次こそAに上がるのでは?」と噂されていた。うん。きっと今日、Aになれると思う。
そして、Dなりたてだった私がCになれたのは大躍進でいいのかなって思う。
で、Cだったアリアさんはというと、一人だけ2年前と同じCのままだった。
アリアさんは少しだけ魔法制御が甘い。だから偶にだけどフレンドリーファイヤをしちゃう。
パテメン内だけならともかく、一度、ダンジョン内ですぐ近くを通った他のパーティの人を巻き添えにしてしまったことがあって、そのペナルティが尾を引いている。
火傷自体は大したことなくて、持っていた装備が焼け焦げたのが被害の大半だったんだけど。急成長していた轟雷団を目の敵にしていたパーティの人間だったのは不運だったとしか言いようがない。
まぁね、モチロン怪我をさせてしまった方が悪いのは当然だ。批難は受け入れる。
でもさ、ダンジョン内で他パーティが戦闘している時に不用意に近づくのもマナー違反なのだ。救難信号を出していた訳でもないんだから。
ギルドとしては、アリアさん本人の評価を押さえるという所を、落としどころと見たのだろう。
パーティとしても受け入れた。モチロン、アリアさんもだ。それでも、一人だけ昇格が遅れたという事実が悲しいのは、まぁ人として当然の気持ちだろう。
お陰で、私みたいな新入りと同じランクに甘んじることになっちゃったもんねぇ。
もうすぐAに届くのではないかと言われているスカイさんはともかく、ユンさんとヨルンさんに置いて行かれるのはつらいよね。ウチ、みんな仲良しだし。
でもきっと。今回のダンジョン踏破とレア素材買取で、アリアさんも昇格だ!
「着替えて、ご飯食べに行こう! んで、ギルドに集合せねば」
私は、うきうきしてベッドから飛び起きた。
「おはようございまーす!」
元気よく飛び込んでいった冒険者ギルド支部だったんだけど。
そこで待っていたのは、轟雷団のAランク昇格に胸を張るスカイさんでも、両目をお銭銭で輝かせたユンさんでも、自身のランク昇格に喜ぶアリアさんでもなかった。
「ぁんな、ミミミ。落ち着いて聞いてぇな? その……」
言い淀むユンさんに、思わず掴みかかる。
「え?! もしかして、昨日の魔石代、全部飲んじゃったんですか?!」
「ちゃうわ、ボケ! それはちゃんとアンタの分はスカイがちゃんと持っててくれてるわ」
まるでスカイさんが確保していてくれなかったら飲んじゃっていたんじゃないかと思わせる言葉だったのが気に掛かる。
けど、どうやら私の疑いは見当はずれだったようだ。
じゃあなんだろ? 他に、ユンさんが言い淀むようなことって?
「……疾風のゼンが、ヘタ打って、大怪我したらしいで」
?! そんな馬鹿な。
「うそっ!!」
「こんなことで嘘ついたりせぇへんよ。ウチの可愛い、バフ係に」
だって。そんな……だって、アリエナイ!
「だって、だってゼン様がそんなコト。アリエナイ!!」
ユンさんに掴みかかる私の腕を、スカイさんがそっと押さえた。
「嘘じゃないんだ。これはここのギルド長から教えて貰った情報なんだから」
!!!
「魔石の精算が終わって、現金を用意してもらっている間の雑談、だったんだ。でもまさか、それがミミミの大切な人の話になるなんて」
うそ……嘘だ。ギルド長まで一緒になって、そんな冗談。
きっつぅ。
…………
「ミミミ?! 大丈夫?」
いきなり視界が暗くなってビックリしちゃった。あはは。
それよりも。
「いかなくちゃ」
「え?」
「わたし、いかなくちゃ」
ゼン様のところに、行かなくちゃ。
「ごめんなさい。轟雷団、だいすきです。すっごく良くして貰ったし、感謝してて」
「ミミミ……」
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
Sクラスパーティになろうって皆で目指すの、楽しかった。
素人に毛が生えた程度のDランク冒険者の私を仲間に入れてくれて、いっぱしの冒険者に育ててくれたのは、間違いなく轟雷団の皆さんです。
だいすき。でも。
「でも私、いかなくちゃダメなの」
ゼン様の、傍に行かなくちゃダメなの。
だって。だって、ダメだ。
もう二度と、私の知らない場所で、看取れないまま大切な人を葬送るのは嫌なのだ。
絶対に、嫌だ。
「……ミミミ」
ごめんなさい。ごめんなさい。
「私、轟雷団を辞めます」
いままでありがとうございました。
感謝を込めて、頭を下げた。
アリアさんとヨルンさん、ユンさんの視線を感じる。
「うん。行っといで。どうせ引き留めても意味ないだろ?」
「スカイ! そんな簡単に手を放してしまってよろしいんですの? だって、ミミミがいないと私たちはっ!!」
アリアさんの言葉が、胸に痛い。
「あぁ。Aクラスへ昇格どころかBクラス残留も危ないだろうな」
「分かっているんじゃない。だったら!」
必死の形相で、スカイさんに詰め寄るアリアさんの顔が見れない。
ユンさんと、ヨルンさんの顔も。
誰の顔も見れない。
「でもさ、無理に引き留めて冒険に連れて行っても、役に立たないだろ?」
下手すりゃ全滅の要因にだってなりかねないと指摘されて、身が竦んだ。
「そりゃ……」
アリアさんも、私がそうなる事が容易に想像ついたのだろう。
大きなため息と共に、スカイさんから離れた。
「ギルド長に話を聞いてきます」
もう一度、頭を下げてから、私はギルド長を探すことにした。
「そんだけ大騒ぎされたら、探されなくても出てくるって。よっ! ミミミ、顔を合わせるのはひさしぶりだな」
「ギルド長。お久しぶりです。ゼン様の件について、知っていることは全部話してください」
「怖っ。正直に持ってる情報全部ゲロらないと取って食われそうだな」
いけない。
情報を持っている目上の人を睨みつけたって何もいいことなんかないのに。
まずは、情報。
「つっても、俺はスカイに話した以上の情報は持ってないのよ。すまんな」
「ちっ」
「舌打ちした? ねぇ、俺このギルドで一番偉い人なのよ?! その俺に向かって」
「あー。スミマセンデシタ。そういうの、もういいんで。失礼しますっ」
馬鹿コントに付き合っている時間はない。
ここに情報がないなら、ありそうな所に行って探せ。
それでもなければ。
なんでもいいから、行動に移せ、私。




