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1,異世界転移ってこんな簡単に始まるんだっけ?

なろうで書いているからには、一度くらい長文タイトルつけてみたかったんや ←

 


「馬鹿ヤロウ。ぼうっとしてるんじゃない」


 ぐい、と腰を引かれてその胸の中へと倒れ込んだ。

 見上げたそこにあるのは、紅い髪。


炎の矢(ファイヤアロー)

 先ほど目の前の大きな獣を襲った熱が生まれる前と同じ声がしたと思うと、カッと突然、激しい熱が生まれ、私を襲おうとしていた獣が呻き声をあげた。

 鬱蒼とした森の中、突然生まれた炎に照らされて良く見えないその人の顔は、いま目の前に迫る危機のせいか酷く険しかった。

「キャー! いやあぁっぁあぁ、おかあさん、おとうさん、おにいちゃん、助けてぇぇぇ!!!」

 あまりの非現実感に、どうしても出なかった声がようやく出る。


「うるさい。耳元で騒ぐな。ここで大人しくしてろ」

 そう言い捨てて、私を抱きしめていた腕が離れていく。

 とっさに『置いてかれてしまう』と思ったけれど、その人が巨獣に向かっていこうとしていると気が付いて、足が止まった。

 そのまま、あまりの怖さにそこから目だけは離せなかった。


「ごうるあぁぁっぁぁぁぁぁっっっ!」

 どうんどうんと大きく地響きを立てながら、どす黒い体液と粘着く唾液を撒き散らし巨体が突然のなにかによって傷つけられた自分の顔を抑えて転げまわる。

 その足の腱が、閃く剣により切り裂かれた。

「っるぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」


爆裂ビックボム

 立ち上がれずに転げまわる、痛みと苦しみに動きが鈍った巨体の咽喉へと炎が矢のように突き刺さり、次には爆散した。


 そうして、目の前の巨体がぶるぶると大きく震えたと思うと、その手がずるりとだらしなく地面へと落ちた。


 目の前に、悪夢のような情景が広がっている。マヂ?


 それはどこまでも現実感の薄い状況でありながら、漁港や屠畜場とは比較にもならない程の濃密な血の臭いが鼻をつく。圧倒的生臭さや、空気中に漂う湿度の高い草木の匂い、そして生きたままの獣を焼き殺すほどの、激しい熱。それらが混ざり合わって喉奥から熱い塊がこみ上げてきて、えづいた。

 その圧倒的な現実リアルの前に、これが夢でも幻でも何でもないんだってことに気が付いた。


 先ほどまであれほどの狂気を宿して獲物わたしを見つめていた真っ黒い瞳が、いまはただのガラス球のようだ。


「……し、んでる? たす、かっ、た?」


 自分はこの訳の分からない状況の中で死ぬのだと思ったのに。

 んでも、まだその時ではないっぽい。

 泥だらけで真っ黒な両手を見る。それは、すでに目の前の巨大な獣は倒れたというのにみっともないほど震えてた。

 いや、震えているのは手だけではなかった。全身が馬鹿みたいに震えて今更歯の音が合わないほどガクガクしていた。


 ──本当に、怖すぎるというだけで歯がガチガチと音を立てるほど震えることってあるんだなぁ。


 こんなに怖いと思っているのに、頭のどこかでそんな間抜けな事を考えることができるのも、不思議だった。


「おい」

「ひゃいっ!」

 いきなり声を掛けられて、身体が宙に浮いた。いや、吃驚しすぎて勝手に身体が飛び跳ねたのか。


「薬はあるのか? 武器を持っていないようだが魔術師なのか。獣人族にしては珍しいな」


 助けてくれたその人が、獣から何かを剥ぎ取る作業をしながら声を掛けてくれたようだ。


 でも……そっか、獣人か。

 ナチュラルにその単語がだされたことに眩暈がした。


「えっとその……魔法は使えないです。武器も持ったことない、かな」


 体育の授業で竹刀持たされたことがあるだけかな。

 それだって真面目にやったことないし。ただ振り回してただっけだった。


 ちなみに。なんで目の前の人が私を獣人と間違えたかっていえば、私が着ている部屋着のせいだ。

 ウサギの着ぐるみパジャマ。ピンク色で、長い耳とふわふわ丸いしっぽ付き。

 ルームシューズも肉球つきのかわいいボアで揃えてある。

 去年、誕生日に友人達からもらった。夏生まれなんだけど。


 アニメやゲームの中以外では見たこともない、二足歩行で角があって真っ黒で身長が私の三倍くらいある巨体をもつ、なんならオークと呼ばれていたものにそっくりにしか見えない獣がいる世界。ゲームの中と違って素手でなによりだ。

 自分が住んでいる狭い範囲のことしか知らないごくごく普通の一般人だったことは認めるけれど、それでも私がいた世界のどこにもこんな恐ろしい獣が実在しているなんて、無かった。


 私の自信のなさが溢れだす回答に、その人は思わずといった様子で振り返った。そうして何か納得した様子で、近付いてきた。


「そうか。お前、落ちてきたのか。で? どうなんだ」

「オチて? あぁ、そういえばヘンな光に包まれて気が付いたら私、あの獣の前にいたんです。……たしかに、神隠し的な感じっぽい。ラノベっぽくいえば異世界転生……じゃなかった異世界転移ってとこかな」

「ヘンな光、ね」

 訝し気な目で私を見つめる目の前の人の、赤い髪と碧眼は外国人としか思えない。でも話している言葉は日本語に聞こえる。顔つきは……表情のせいだろうか、日本人っぽくも見えるし、違う国の人にも見える。

 この人が、火の魔法を操り私を黒い獣から助けてくれたんだよね。


 夢の中にいるのかなと思ったりもするんだけど、地面にそのまま座り込んでいるせいか太腿とかお尻に直接染みわたってくるような冷たさが、これは現実なのだと教えてくる。

 密林というほどではないけれど、鬱蒼と繁る樹々に阻まれて陽の光もほとんど差さない森の中だ。足元は傾斜だから山奥なのかもしれない。

 それにしても、やっぱり言葉って通じるんだねぇ。

 アニメやゲームの中の異世界転移物ではお約束といえばそうなんだろうけど。

 転移チートで通訳入っているのとホントに日本語喋っているのと、どっちだろう。


「そんなことより、俺は薬は持っているのかって聞いているんだ」

「えっ。あ、えっと、持ってないです」

 持ってるも何も、部屋着のままだし、ほぼ手ぶらだ。そう答えてから、ようやく自分が目の前に立つ自分を助けてくれた人に礼すら伝えていないことに気が付いた。


「あの、ありがとうございます。てっきり私、ここで死ぬんだと思いました」


 事実、それしか頭に浮かばなかった。


 金曜の夜。大学に進学したのはいいものの、インフルエンザによく似た、でもまったく別の流行り病が蔓延して、私たちは自由に外を歩くことが出来なくなった。

 空気を介して簡単に伝染していくその病は、あっという間に重篤化して人の命を奪っていく。とても簡単に。あっさりと。

 わたしたちの生活は一変した。

 お陰で休校続きの新生活は、むやみやたらと疲れだけが溜まっていく。

 ネットで講義を観て聞いて、レポートを提出しろと言われてばっかりだし。

 しかも、「君達、PCで提出にするとどこかから引っ張ってきた文献のコピー&ペーストで終わらせるでしょ。ちゃんと原稿用紙使って、綺麗な文字で提出して」っていう教授までいて。超ムカつく。生徒を信用してなさすぎだ。

 大体、週に一度しか構内に入れない大学とか授業料返せって思う。

 廊下でそう呟いたら、すれ違った助教から「遠隔授業用の設備費は、君達の為に用意してるんですけどね。幾ら掛かったと思います?」とか嫌味を言われる始末だ。

 思い描いていた大学生活と違い過ぎて泣ける。

 未来予想図と違い過ぎる毎日。

 傍には誰もいなくなった。

 どんどん溜まっていくレポートと家事。


 でね。もう全部イヤになって、自分の部屋でモンスターを狩るあの有名なゲームを満喫していたところだった訳ですよ。そこまでは記憶にある。

 で。気が付いたら手の中にあったハズのコントローラーはないし、明るくて暖かな部屋の中でもなければ、なんなら屋外、それも山中、おっかないあの巨獣の目の前に立っていた訳ですよ。

 あれだね、ゲームと現実は違うよね。知ってたけど。

 知ってても違い過ぎて怖すぎた。

 思い出すだけで身体が震える。



「そうか。無いならこれ塗っておけ」

 ぽいっと小さな塗り薬の入った貝殻製の器を、私に向けて投げつけられた。

 そうか。携帯用の薬はラミネートチューブ入りでも、プラケース入りでも当然だけどないし、ゲームで見るような瓶入りでもないんだ。衝撃で割れたら泣けるもんね。

 そんな風に感心してみている間に、巨獣から獲れる素材はすべて取り出せたのか、その人はそのまま立ち去ろうとしていた。


 その後ろ姿と手のひらで受け取ったものをあたふたと見やって、さっき見た手が黒く汚れているように見えた理由が、泥だけではない本当の意味を知って卒倒しかけた。

 赤黒いそこに、上から滴る鮮やかな赤。

 そこは私が流した赤いものが溜まり、ぬるりと濡れていた。気が付けば、自分の額が痛い。ものすごく。

 小さくなりかけていた後ろ姿を、慌てて追いかけ必死で叫んだ。


「待って! 待った! 待ってくださいっ!!」

 振り返り、私が追いすがってくるのを待っていてくれたその人に追い縋った。

 いけない。慌て過ぎて血塗れ泥だらけの手で抱き着いちゃった。

 でも、ここに置いて行かれたら死ぬ。絶対に死ぬ。間違いなく死ぬ。

 私の必死さが伝わったのだろう、その人は話を聞いてくれることにしたらしい。


「何か用か?」


 とはいっても、立ち止まって話は聞いてくれるつもりはるみたいだけれども、返ってきたその冷たい声に、私は何をどう話し掛ければいいのか判らなくなって黙り込んでしまった。


 クヶケケケケケ


 聞きなれない鳥とも獣とも判らない何かの鳴き声が聞こえてビクついて、つい目の前にあった大きな身体にしがみついた。


「ひぃぃぃっ。タスケテクダサイっ。ナンデモシマスッ! オネガイ、タスケテェェ」


 わんわん泣いて。大泣きした私を泣き止ませることを諦めたのか、その人は私に向けて手を差し出してくれた。




新連載です。毎日21時更新です。よろしくお願いしますです~


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