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「    」

雨が降ると思う。

僕の全てを差し出すからキミとの夜に戻してほしいと・・・。


朝から降り続く雨が、道路を濡らし空を曇らせる。教室の中はじめじめとしていて、この時期にうんざりという感じでクラスの雰囲気もどこか静まり返っていた。

高校3年の6月、配られた一枚のプリント

“進路希望調査”

僕はその紙をいまだに出せずにいた。

永野強(ながのつよし)、進路希望まだ出てないのはお前だけだぞ。」

朝のホームルーム、教室の中で担任教師の声が響いた。

「明日までに出すように。出さなかったら指導室で面談だからな。」

そう言い残し教室をあとにする。

教師がいなくなり少しざわつきはじめた教室で雨が降り続く外を見つめていた。

前に出した時は白紙だったので、すでに面談は経験済みだ。この薄っぺらい紙1つでこの先の人生を決めれるほうが僕にはわからなかった。


高校はどこでもよかったのでバス一本でいける地元の学校を選んだ。

バス停から家までは歩いて5分ほど、朝から降り続けている雨で道には水溜まりがいくつもできていた。

雨粒が傘をつたいポタポタと落ちる。バスから降りてすぐの歩道橋。その歩道橋を見つめて立ち尽くす。

キミの最後を知らされた場所…。

中学2年の夏にキミと出会ってたったの10ヶ月の日々だった。

何もわからず、知らされず、後に残ったのは自分の無力さと何もできなかった後悔だけ。

あれから僕はこの歩道橋を渡れずにいた。

今日も回り道をしようと歩き出した時、突風が吹き付け傘を飛ばす。

風で吹き付ける雨が顔にあたり目を開けない。

ふと、何かのケハイを感じた、それと同時に頭に鈍く重たい衝撃が走り僕は倒れ意識を失った。

薄れていく意識の中、声が聞こえた気がした。

「…あなたを死なせたりしない。」


「…強。おーい、起きろ。強。」

誰かに呼ばれて目を覚ました。

まだはっきりしない意識の中、声が聞こえたほうに振りかえる。

「ゲームしながら寝落ちって、疲れすぎじゃね?」

聞き覚えのある声。ぼやけた目を凝らすとそこには島山駿(しまやまとし)が立っていた。

駿とは中学に入ってからの友達で隣の中学に通っていた。

僕が金曜日の夜だけ家を抜け出して遊びに来ていた地元のゲームセンターで知り合った。お互い好きなゲームが一緒で対戦しているうちに意気投合して以降、ずっと毎週のように遊んでいる。

なんでもはっきり言う行動派、僕とは真逆の性格だ。

「駿?なんでいるの?」

確か僕は歩道橋の前で倒れたはず。それに駿とも高校に入ってからはあまり会うことが少なくなっていた。

「なんでっていつもみたいにゲームしてるからに決まってるでしょ。」

あたりを見回して自分がゲームセンターにいることに気づいた。よくみると駿も今とは違って少し幼く見える。

「俺、いつからここに?」

整理がつかない頭で駿に聞くと。

「いつも通り、公園で待ち合わせしてリブロスに向かって、で、今ここで対戦してたらお前が寝落ちしてた。」

リブロスは中学時代に行っていたゲームセンターの名前。なんで、僕がリブロスに?それに駿も…。考えれば考えるわけがわからなくなる。僕は歩道橋のまえで倒れて気を失ったはずだ。それがなぜ目が覚めると中学時代のゲームセンターにいるんだ。ふと、自動ドアのほうを見て言葉を失った。そこに写っていたのは中学生の僕だった。

「…戻ってる。」

自分の姿に驚きながら駿に尋ねた。

「今は、何月、何年の何月?」

「今?7月たけど。えっと…ちょっと待って」

そう言ってガラケーを取り出して確認したあと

「今は2001年の7月24日。何なんか今日特別な日?」

「いや、特に…。ありがとう。」

信じられないが僕は4年前の中学2年に戻ってきていた。まるで何かに呼び戻されたように。

「なんか今日変だぞ。疲れてんならちょっと早いけど帰るか?」

「ん、あぁ、そうする。」

さすがに駿も僕の様子が変なことに気付き気を使ってくれたようだったので、家に帰ることにした。

「じゃあな、また来週。気をつけて。」

「駿も、今日はごめん。」

公園の前で駿に別れを告げ、家につくなり布団に飛び込み今日の出来事を整理する。

4年前、中学2年の7月…。

なぜ、過去に戻ったのか、まだ実感がないこの感覚に戸惑いながら少しずつ記憶を辿る。

カレンダーを見つめながらハッと思い出す。

中2の夏の始まり、この一週間後僕は初めてキミに出会う。


この一週間とりあえず中学に通い、普通に生活をしてみたが特に変わったことはなく、どうやら昔に戻ってきたのは間違いないようだった。

「お疲れ、今日は体調万全か?」

駿が公園のブランコに座りながら僕を見つけて話しかけてきた。

「先週はごめん、今日は大丈夫だから。」

自転車に乗りながら、本当は気持ちが焦っているのを隠すように平常心を装い返事を返す。

「じゃあ、いつも通り行きますか。」

ブランコから降りて自分の自転車のスタンドをあげて駿が先に走り出す。

そのあとを期待と不安を抱えながら追うように続いた。

リブロスにつくといつものゲームの前に向かい駿は向い側のプレイヤーと対戦し始めた。

僕は隣の椅子に座りながらただ時間が過ぎるのを待つように画面を見つめる。

「あぁ、くそっ!今日全然ダメ!調子悪すぎ。」

さっきから負けてばかりで少し苛立ったように頭をかきむしりながら駿は悔しそうに声をあげる。

「強はやんないの?」

こちらを見ながら画面を見つめる僕が気になり訪ねてきた。

「あぁ、もう少ししてからでいいや。」

上の空で返事をした。

「そっか、じゃあ、コーラ頼んでもいい?」

「もちろん、ゼロカロリーで良かったよな?」

「あっ、うん。そう、よくわかったな。」

前に頼まれたことがあるとは言えずにとりあえず適当に相づちを交わしお金を受けとる。

「俺、しばらくはここで対戦してるから急ぎじゃなくて大丈夫。」

「わかった。」

答えた時にはすでに僕は歩き出していた。とりあえず店の中の自販機で水を買う。

ゼロカロリーのコーラは店の中の自販機にはなく、外に買いに行くことになり。その時にうずくまっていたキミを見つけて声をかけた。

思い出しながら近づいてくる瞬間に鼓動と期待が高まる。自動ドアが開き熱帯夜の空気が体に絡み付く。

自販機は店を出て右の角に立っている。一歩ずつ足を進める。近づくにつれて声が聞こえる。

「優、大丈夫?ごめんね私がこんな場所に連れ出しちゃったから。」

「大丈夫。美樹のせいじゃないよ。心配しないで少し立ちくらみしただけ。」

「私、自転車とってくるから待ってて。」

キミの声。間違いなくこの先にキミがいる。自販機の前に来て立ち止まり最後に深呼吸した。昔に戻ってきて一週間、ずっと考えていたことをもう一度確認するように目を瞑り、次の一歩を踏み出した。

目を開きうずくまっているキミを見た瞬間、涙が溢れそうになるのを堪えキミの前まで歩く。

本当はすぐにでも名前を呼んで駆け寄って抱き締めたかった。

でも、まだキミは僕を知らない。知っているのは僕のほうだけ。この先の未来も。だから…。

キミの前に来て同じように声をかけた。

「大丈夫?これ、よかったら水。」

君が顔を上げて僕を見上げる。

「ありがとう。」

そう言って水を受けとるキミを見ながら僕は誓う。優、キミを死なせたりしない。


出会ってから毎週のようにリブロスで一緒に遊ぶようになった。と、いうのもあの後、優と一緒にいた友達と二人で僕にお礼を言いに来てくれたのが切っ掛けだった。

橘優(たちばなゆう)は大人しい性格だが明るく、ショートヘアで小柄な子で、幼なじみの木山美樹(きやまみき)と一緒にあの夜リブロスに来ていた。

駿は美樹ちゃんが気に入って初めて会った日からずっと彼女の話ばかりするようになった。

どうやら彼女の活発で明るい性格とポニーテールが自分のタイプだったらしい。

「なぁ、今日俺、美樹ちゃんに告白しようと思う。そのためのプランも考えてきた。」

真剣な顔をして突然、駿が話しかけてきた。

「うん。まぁ、頑張れ。」

「おぃ~なんだよそれ。俺マジなんだけど。」

真剣なのも結果がどうなるかわかっている僕からしたら安心しろとも言えずにただ相づちをうつくらいしかできない。

今日、駿は美樹ちゃんに告白し、付き合うことになる。それは僕と優も同じだ。ただ僕らはお互いに気持ちを伝えたわけではなく駿と美樹ちゃんに勧められていったほうが正しい。

あの時の彼女の気持ちを知りたい。

駿とは違う覚悟をもって僕も今日に挑もうとしていた。

「こんばんは。」

美樹ちゃんが僕らを見つけて挨拶をしてきた。

「おぉ、こんばんは。」

駿が嬉しそうに手を降りながら近づく。

僕は優を見ながら軽く会釈すると、それに気づいて笑顔を返してくれた。

駿が空を見ながら話し出した。

「ねぇ、二人とも今日、流星群見れるらしいよ。」

「知ってる、テレビでやってた。優ともさっき話してたんだよね。」

「うん。見れるかなって。」

幼なじみだけあって二人はいつも仲良さげに話している。

「俺、いい場所知ってるんだけど一緒に行かない?」

「ほんとに?優どうする?」

美樹ちゃんは乗り気だが優のことが心配なのか顔色を伺いながら訪ねる。

「美樹が行きたいならいいよ。私は大丈夫だから。」

優も美樹ちゃんに気をつかわないように笑顔で返事をしているようだった。

「じゃあ、決まり。美樹ちゃんは俺の後ろで優ちゃんは強のほうに乗って。」

「うん。」

二人が別れてそれぞれの自転車の後ろに乗る。今さらのごとく緊張してきた僕の後ろに優が乗りながら。

「よろしくお願いします。重かったらごめんね。」

「うん、大丈夫。」

もう少し気の聞いた返事ができないのかと自分で嫌になった。

駿が行こうとしているのは、隣町の神社だ。自転車なら30分ほどでつける場所で、少し住宅街からは離れた丘の上にあるため、明かりが少なく星が綺麗に見える。ただ徐々に上り坂がきつくなり着くまでにくたくたになったのを覚えていた。

前を行く二人は楽しそうに話ながらたまに後ろを振り返りながら僕らが着いてきているか確認する。

僕たち二人は特に会話することもなく、夜空と夏の生暖かい風を浴びながら走り続けていた。

僕はただ後ろに優がいるだけで十分すぎるくらいに幸せだった。

でも、この頃の彼女が何を感じどう思っていたのかはわからない。

未来を変える。その為に今を変えなければ。

「優ちゃん。危ないからちゃんと掴まってて。」

絞り出した言葉が虚しく感じた。

「うん。」

優が僕の腰に手を回し体を寄せる。

「ねぇ、夏の大三角形って知ってる?」

優が夜空を見上げながら聞いてきた。

「聞いたことだけはある。」

「大三角形のベガは織姫でアルタイルが彦星。七夕のお話の星。もし私が織姫ならどんなに離れていても想ってくれてる人がいるだけで幸せかも、一年に一回しか会えなくてもあなたは必ず私に会いに来てくれる。ロマンチックだと思わない?」

「たった1日のために残りの364日を耐えるのはつらいけどな。」

夜空を見つめて答える。

「強くんは女心がわかってないなぁ。耐えるんじゃなくて、準備するの。1日のために、あなたに私の一番きれいな姿を見せれるように。私はあなたを1日も忘れてないって伝えるために。」

「伝えるために…。」

僕が呟くと優が背中に寄りかかってきた。

「うぉー!」

突然の叫び声に前を見ると、駿が神社手前の坂道を必死の立ちこぎで上っていた。

「頑張れ!駿くん。もうちょっと。」

後ろに乗る美樹ちゃんが楽しそうに声援を送る。

それを見て僕は自転車を降りた。

「歩いたほうが早そうだし。優はそのまま座ってて。」

「私も歩くよ。」

優が気をつかって降りようとするのを見て。

「いいよ。駿みたいにカッコつけて登れない分、せめて座ってて。」

「うん。わかった。でも、駿くんてカッコつけてるの?」

「多分、美樹ちゃんにいいとこみせたいんじゃないかな。」

僕は自転車を押しながらゆっくりと坂を上り中ほどまで来たときに上から駿の声が響いた。

「お~い、早くこいよ。」

どうやらなんとか上りきったようで二人が手を降りながらまっている。

「よく漕いで上ったな。」

僕らも上り終えて神社に向かう石段を上がりながら横にいる駿に言うと。

「美樹ちゃんにいいとこみせないとな。」

石段を先に上がる美樹ちゃんと優を見ながら嬉しそうに話す駿を見ながら、中学生にとってただ自転車で坂を上るのがいいとこなのかと少し懐かしさとおかしさで笑ってしまいそうななった。

神社に着いたものの、さすがに夜だと真っ暗で不気味さが増していて肝だめしに近いものがあったがそんなことはお構い無しにハイテンションの駿が鞄からレジャーシートとおかしとジュースを取り出した。

「それじゃあ、流星群観賞始めよう。俺と美樹ちゃんはこっちで強と優ちゃんはこっちのもうひとつのレジャーシート使って。おかしとジュースも持ってって。」

鞄ごとワンセットを僕に渡して、駿は美樹ちゃんとともに神社の石畳にレジャーシートを広げ始めた。さすがに隣に陣取るのも悪いと思い、優をつれて神社の拝殿の階段にレジャーシートを敷いて座った。

空を見上げるとまるで黒いキャンパスに無数に散りばめられた、小さな光が浮き出すように輝いていた。

「きれい。こんなに星が見れる場所があったんだね。駿くんに感謝しなきゃ。」

二人で見上げる夜空は別世界のようで星が全てを包んでくれるような感じがした。

「優は、流れ星見れたら何をお願いするの?」

「ん~、秘密。でも願い事しなくてもこの夜空見れただけで幸せかな。」

星を見つめる優の目がキラキラと輝いていた。

「あっ、ほら!見て。流れ星。」

そう指さす空に流星群が舞い降りた。僕たちは時間を忘れて溢れては消えていく光のかけらを見続ける。

「そろそろ帰るか。」

駿が携帯の時計を見ながら僕らに呼び掛ける。

「うん、じゃあ、片付けるよ。」

「いいよ。俺が片付けるから強は優ちゃんと先に行ってて。」

駿が僕に目配せしながら誘導する。あぁ、そういうことかと思いながらその場を任せる。

優は楽しそうに石段を飛びはねるように少し先に降りながら。

「駿くんは美樹のことどう思ってるのかな?」

「あいつは出会ってからずっと美樹ちゃんのことばっかり話してるよ。」

「そっかぁ。美樹もね駿くんのこと好きなんだよ。だから二人が付き合ってくれたら私も嬉しいな。」

「駿は今日、覚悟きめてここに誘ったみたいだから。きっと今美樹ちゃんに告白してるんじゃないかな。」

「男らしいね。だからさっき、私たちはおじゃまだったんだ。」

まるで自分のことのように喜んで笑っている優を見て僕は戻る前のことを思いだしていた。

駿の告白は成功して、二人は付き合うようになる。そして、二人に促されるように僕たち二人も付き合うことになるのだが、お互いに気持ちを伝えたわけではなかった。

本当は優はどう思っていたのだろう。もしかしたら別に僕のことが好きではなかったのではないか。僕自信もちゃんと気持ちを伝えていない。変えるなら今この時ちゃんと優に気持ちを伝えなければ、僕の気持ちを。

「優…。」

「何?」

優が振り返り僕を見つめる。ここまできて気持ちを言葉にできない自分が情けなくなる。カッコなんかつけなくていいんだ、今の気持ちを伝えろと自分に言い聞かせながら優を見つめる。

「俺は強くないし駿みたいに男らしくないから君が苦しんだり悲しんだる時に、受け止めて守ってあげられないと思う。でも…、どんなときも君のそばにいるから。君がそばにいてほしいと思った時には必ず隣にいる。だから…俺は…俺は優が好きだ。愛してる…。俺と付き合ってください。」

驚いたのか呆れられたのか、何も言わないまま沈黙が続く。突然、優が微笑みながら僕の前に立つ。

「十分すぎるくらい男らしくて強いよ。こんな私に愛してるなんて言ってくれるんだから。」

僕の手を取りながら街灯に照らされて潤んで見える目で見つめる。

「私も強くんのことが好き。出会ったときからずっと。」

その言葉を聞いた瞬間、僕は彼女を抱きしめた。少しずつ目を覚ましはじめた朝が夜空から闇をすくう。彼女の死まであと10か月。


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